テレトピア

 ネットを介して成果物を提出し、室長から承認と一緒に奇妙な文章が届いた。ダラダラと長々しくつづくレポート風の文言の末尾に『テレワーク推進計画』と『リモートワーク推進計画』のどちらとするのがよいか、と書かれていた。


「どっちでもいい、じゃないんだろうなぁ……」


 印刷してしまった企画書めいた謎レポートを筒状に丸め、おれはマイクに口を寄せた。


「ど、ミサキさんはそれ、なにしてんですか?」

「なにって、見ての通りの工作ッスよ」


 ミサキさんは発泡スチロールの塊をニクロム線カッターで切っていた。いつものニットだとモコモコの毛にスチロールが絡むそうで、今日は黒いTシャツ一枚だ。

 ただ、その柄が、

 白抜きの文字列と、黄色い四角に黒抜きの文字列。

 知ってる人は知ってるネットで有名なとあるサイトのロゴをパロったデザインである。

 いちおう意味を知ってるのか聞いてみた。恥ずかしくないの? と言外にいうつもりで。

 しかし、ミサキさんは。


『パンクっぽくて良くないッスか?』


 と、カラカラ笑って流してしまった。どうも恥ずかしいと思うポイントが、おれとは違うらしい。あるいは、おれが恥ずかしいと思ってくれるだろうと見越して着ているのかもしれない。つまりはある種のプレイ。いや、単に家の中だからなにを着ててもいいのだが。


「よっし! できたー、ッス!」

「お?」


 元気な声に顔をあげると、ミサキさんがパッドを叩きオーケストラのファンファーレめいた音色を鳴らした。おれも購入した(させられた)MPX8ではなく、メインで使っているという白いパッドだ。サンプラーというらしい。


「で、なにができたんですか?」

「レス・ポール! のボディ!」

「えーっと……ギター、ですよね?」

「そうッス! ギブソンのレス・ポール・デラックス・ゴールドトップ!」


 言って、ミサキさんは発泡スチロールの塊を誇らしげに突き出した。スチロールの塊は右上端の欠けた瓢箪ひょうたんのような形をしていて、言われてみればギターのボディに見えなくもない。ただ、


「ネック、短くないッスか? っていうか――」

「途中からない? いいんデス! これで!」

「えーと……なんでです?」

「こいつはー……舞台上で床に叩きつけてへし折るためのギターだからデス!」

「……な、なんのために……っ!?」


 ふっふーん、とドヤり気味に鼻を鳴らし、ミサキさんは言った。


「ちょーっと動画を見まして、あ、これいい、やりたい! ってなりまして」

「えっと……ギター折りを?」

「デスデス! でも、本物のギターでやるのはもったいないじゃないですか」

「まぁ、壊すために買うなんてねぇ……」

「なんで、何度でも叩き折れる魔法のレス・ポールを作ろう、って思ったッスよ!」

「ダメとは言いませんけど……なんだってそんな……」


 たしかに昔のアーティストはライブの度に何かしらぶっ壊しているイメージがあるが。


「制作過程を動画で撮っておいて、配信のネタにしようかなーって」

「――え?」


 ちょっと待て。

 配信のネタ?

 ミサキさんのやってた配信って投げ銭を狙ってやってたセクシー路線のやつでは……?

 え?


「再開するんですか!?」

「――ひぇっ!?」


 ミサキさんはおれの大声に目を瞬いた。


「えっと……だってほら、こんな状況ですし、自分らだってクビ切られるかも……」

「いやでも、だからってそんな、えっちな配信で――」

「――は?」

「えっ?」


 重苦しい単音に、おれは間抜けな一音で返した。

 

「だって、配信でお金を稼ごうって……」

「……だからって、なんでえっちなの限定なんッスか?」

「……違うんですか?」

「違いマスよ! 当たり前じゃないッスか!」


 ミサキさんは発泡スチロールでできたギブソン・レス・ポールを立てて言った。


「こういうコスプレグッズ作ったりとか! DTMを配ったりとか! そういうのデス!」

「……え、あ、え?」

「なんデス?」

「それ、コスプレグッズなの?」

「ほかになんだっていうんデスか。まさか本当に弦を張って引けとかって?」

「え、いや……そういうわけじゃないけど……てか、本当にエッチなのじゃないの?」

「エッチなのじゃ広告とかつかないじゃないッスか!」


 ミサキさんはほんのり頬を染めて叫ぶように言った。

 情けないことに、おれはほっと胸を撫で下ろした。


「……てか、自分のえっちな格好とか、需要ないッスよ」

「はっ?」


 ふてくされたような声に、おれは本意気で返した。


「いやいやいや、それはないでしょう。てか、昨日とかもおれのことからかって――」

「まぁ、そうなんスケド……でも、正直、自分でもびっくりしてるっていうか」

「びっくりって、なにに?」


 ミサキさんは上目気味のジト目になって、こちらを指差した。


「……おれ?」

「デス」


 コックン、と、深ーく頷いて、呟くようにつづけた。


「ものすっごい食いついてくるし、鼻息あらくするし、あと……」

「あと?」

「……そーやって、いぢめてくるし」

「……別に、いぢめてるわけじゃ……ない……し?」


 昨日のも含めて、ある種のプレイだと、おれは考えていた。けれど、いざ指摘されてみると、同意を取ったことなど一度もないのだ。楽しんでいたと勝手に思い込んでいたが、ミサキさんにしてみれば仕方なく付き合ってくれていただけもしれず、だとしたら――、


「や、そんな真剣に悩まれちゃうと自分も困るッスけど」

「えぁっ!?」


 おれは思わず声を大にした。


「マジで勘弁してくださいよ……ちょっと焦ったじゃないッスか……」

「んー……や、少しくらい焦ってくれたほうが嬉しいッスけどね」

「……今度はそれ、どういう意味ですか?」

「だってほら、自分、まだ一度も好きって言ってもらってないデスし」

「――ん?」


 おれはモニターを見つめた。

 胸元に発泡スチロールのギターを抱えて、ミサキさんが体をゆらゆらさせている。待っているということ。なにを。なにをって。


「好きですけど」

「ゔぇっ!?」


 ミサキさんは発泡スチロールのレス・ポールをポコンと投げ出し、モニターにかぶりついた。


「ちょ! いま! そんなサラッと言います!?」

「だって好きですし」

「好きですしじゃなく! もうちょっとこう、もうちょっとなんか……!」

「なんですか?」

「なんか……えぇ……?」


 ミサキさんは拗ねたように頬を膨らませてテーブルに頬杖をついた。


「ちょっとくらい焦ってほしかったといいマスか、困ってほしかったといいマスか……」

「好き嫌いって話だったら、おれ入社したときから好きでしたし」

「ゔぇっ!?」

「いやだって、ものっそい美人ですし。まず顔で一発ですよ」

「え? えぇー……? 自分、そんなの言われたことないッスよ……?」


 ミサキさんは顔を手で扇ぎつつ、カメラを覗き込んだ。いつも以上にアップなミサキさんにおれは苦笑する。


「そりゃ、だって、ミサキさんの第一声がパンチ利いてましたからね」

「……へ?」

「忘れました? ほら、自己紹介のとき、室長がさ……」

「なんかありましったけ……?」

「マジで覚えてないんですか?」


 こっちとしては忘れたくても忘れられない話だ。

 みんなに紹介するとかなんとかで、室長はミサキさんを指して、こちらの美人さんが……、と紹介しようとしたのだ。

 もちろん、秒の間もなくチベットスナギツネすら目を逸らす眼光が、室長を射抜いた。


「第一声からセクハラですか? って、ビビるくらい冷たい声で」

「……そうでしたっけ……?」

「ですよ。つか、そのときにちょっと好きになったっていうか……」

「えっ? ……M的な話ッスか?」

「じゃなくて」


 おれは苦笑した。


「カッケーって思って。おれ学生気分のまんまでしたけど、なんか社会人おるーって」

「……単に社会人デビュー決めようと気負いすぎてただけッスよ」

「会社だと尖りまくりですもんね」

「……そッスか?」

「もうバッキバキですよ」

「……そうかなぁ?」


 ミサキさんは髪の毛をくしゃくしゃしながら、モニターに表示される自分の顔を見ていた。

 

「家だとふにゃふにゃッスけどね」

「ふにゃふにゃ?」

「そのギャップが……と思ったんですけど、違うかもしんないですね」

「ほう」

「単純に、ミサキさんって人が好きなのかも」

「あ、かもで逃げた」


 鋭い指摘を放って、ミサキさんはカラカラ笑った。

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