第4話:闇からの接触




 ――某時刻、カジノにて――


「頼む、ユイリ……もう一回!あと一回だけ!!」

「駄目よ。貴方……賭け事には向いていないわ」


 沈んでしまっていた気分を払う為に、と始めたゲームであったのに、気が付けばユイリに貰ったチップが底をついてしまう程に熱中してしまっていた。


「でも、ユイリ。これだけ回しているんだ。確率的にはそろそろの揃う筈なんだよ……!さっきから少しずつ掠ってきているんだ、だから……!」

「それ……、先程も言っていたわよね?そう言って回し続けた結果、またチップを全て溶かしてしまったのでしょう?」


 僕が今やっているのはスロットゲーム『陸上物語』。現実世界におけるパチンコやパチスロのようなものらしく、物語性のあって登場人物の織り成すストーリー……、いってしまえば邪悪な竜がセーヌ姫を攫い、国が滅亡しそうな状況を1人の勇者、セロが立ち上がりお姫様と国を救う為に冒険していくものであった。


 こういったゲームは今まで手を出した事がなかった為、気晴らしにはいいかと思って始めたのだがなかなかどうして嵌ってしまい、現在セーヌ姫を救出すべく邪竜の洞窟に挑んでいる最中でチップがなくなってしまったという訳だ。


「だけど……!ほら、セーヌ姫も『勇者さま、あと少しです……!』なんて言っているじゃないか!多分……あと一回、あと一回で揃う。揃うはずなんだ!そしたら、せめて国は救えずともお姫様だけでも救出できる筈なんだ……っ!」


 僕の必死の訴えにも、彼女は……、


「……まさかとは思うけど、本気で思っている訳じゃないわよね?それは、貴方みたいな客をプレイし続けさせる為のリップサービスのようなものよ?それに、さっきだって言っていたじゃない。『ちょうど竜の洞窟に辿りついたんだ、もう一回まわせれば攻略出来る筈だ!』なんて……。仕方なくもう一回させてあげて、結果はこれでしょ?」


 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。確かに、そんな事を言っていたような気もする。


「ほら……、もう行くわよ。継続確認の時間も無くなってしまったようだし……」

「えっ!?あぁ――っ!?」


 ユイリに言われて、スロット画面を確認してみると、確かにゲームオーバーの文字が……!そ、そんな……ここまで来たのに……!


 僕は彼女に促されながら、泣く泣くその席から離れる羽目になってしまった……。






「はぁ……、あと少しだったのに……」

「まだ言っているの……?ほら、もっとシャキっとして……。もう、まるで子守をしてる気分よ、全く……」


 そんな事言ったって……。こういうのって途中で中断させられた時が一番心残りになるんじゃないか……。そうブツブツ文句を言いながら、ユイリと一緒にカジノ内を歩く。


「でも……、本当に色々あるなぁ……」


 さっき自分が嵌っていた魔法屋の魔力筐体によるスロットゲームの他にも、面白そうなものは沢山ある。自分の世界にもあったようなルーレットゲームに、競馬の競走馬のかわりに魔獣を使役させた魔獣レース、同じく魔獣同士を戦わせて勝敗を予想する格闘場に、本人が体を張って挑戦できる実物大の双六ゲーム……。他にも魔力を矢に変えて的に当てていくダーツゲームのようなものや、ビンゴゲーム、宝くじ等……。姫当てゲームなんてものもあったっけ……。


(ただ……、トランプを使ったゲームは無いみたいだな……)


 元の世界ではポーカーやブラックジャックといったカジノの定番というべきゲームは無かったように感じられる。もしかしたら、トランプ自体が無いのかもしれないけれど……。それでもこの世界のカジノも負けず劣らず面白そうなゲームは沢山あった。中にはかなりの魔力がないとプレイできないゲームなんかもあって中々奥深い……。


(自分の世界でも、確かIRカジノ法案が通って、近く建設されるって話だったけど……)


 もし元の世界に戻れたとしても、カジノは行かない方がいいかもしれないな……。社会人の立場でこれは、中毒性がありすぎる……。


「……まぁ、この世界でも同じ事かもしれないけど……」

「さっきから何をぶつぶつ言ってるのよ。まだ、先程のスロットの事を引きずってるの?」


 僕の独り言に反応したユイリが、そう話しかけてくる。


「いや、もう考えないようにしてる。終わっちゃったものは仕方ないし……」

「じゃあ、何を考えてたのよ?」


 何を考えてるって、そりゃあ……、


「いや、色々種類があるから今日一日で回りきれるかなぁ……って思ってさ」

「貴方ねぇ……、回りきれる訳ないでしょ。今日はもう宿に戻るわよ。もう結構遅い時間なんだし……」


 そんな事を言い出すユイリに、


「えっ!?もう、帰るの!?まだ、スロットゲームしかやってないよ!?」

「仕方ないでしょ、そのスロットだけで時間使っちゃったんだから……!もう火鳥の刻をまわっているのよ……、貴方、本当に休む気あるの?」


 火鳥の刻って……、たしか元の世界で言う22時くらい、だったかな……?


 ファーレルの世界では1日が12時間で区切られているらしい。時刻を表すのはどうも幻獣、もしくは魔獣によって表されているようで、それぞれ旧鼠、雲牛、窮奇、脱兎、龍王、白蛇、天馬、未神、朱厭、火鳥、魔犬、封豕……。


 言ってしまえば自分の世界にあった干支のようなもので、それを壱から十弐まで補っている。ただ、こちらだと時間の概念が若干異なり、自分の世界の1分がこの世界だと100秒、1時間が100分で換算される為、元の世界の1日と比べると、幾分か長い計算となる……。おまけに1年という区分も僕の知っている365日と異なるようで、中々に覚えずらい……。


 それに、こうして時間の感覚が違うとこちらから元の世界に戻れたとしても、浦島太郎状態になっていないか不安でもある……。そこは魔法で、上手く時間軸を調整出来るのかもしれないけれど……。


(ただ……、まだ元の世界に戻れると決まった訳じゃないんだよな……)


 王女様も、責任を持って研究し、確立させるって言っていたけれど、疑う訳ではないけれど、それでもまだ、その方法は無いのに等しい状態だ。


 こうしている内にも、向こうの時間も経っていっている……。その事も出来るだけ考えないようにはしているけれど、どうしても気になってしまう。向こうの世界で家族は、両親は大丈夫なのだろうかと……。


「……コウ?」

「あ……ゴメン。そうだね、そろそろ戻ろうか。これ以上ユイリに迷惑かける訳にも行かないしね……」

「……そう思うのだったら、もう少し早く決断して欲しかったわ……。じゃあ、戻りましょうか」


 後ろ髪を引かれるような思いもあるけど、ここはユイリの言うとおり、そろそろ戻るべきと判断し、彼女に従ってカジノの出口に向かおうとしたその時……、


「おや、これはまた……、兄さん、随分と金の匂いがするんやないか?」

「!?何時の間に……っ」


 近くでそんな声がして、振り返ると目の前に背が低く、明らかに人ではない風貌の小さな男が自分の前に立っていた。


「……下がって、コウ。彼は……裏の世界の住人……、『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』よっ!」


 ダーク……ワーカー……?初めて聞く単語だけど……、ユイリは裏の世界の住人と言っていた。それを元に考えると、暴力団みたいなものなのかな……?その割にはあまり怖くはないけれど……。


「王国のお偉さんがガードに勤めるゆう事は……、その兄さんはかなりの重要人物ちゅう事かいな?今んとこ、そないな情報は入っとらんかった思おけどな……」


 何処か独特な喋り方をする男に、ユイリは僕を後ろに隠しながら応対する。


「……これ以上、彼に絡むというのなら……、私が対応するわよ?」

「怖い怖い……、金の匂いがしたから好奇心で話しかけただけやのになぁ……。まぁ折角やし……、お近付きの証にこれだけ渡しておさらばしますわ」


 そう言って彼は、何かカードのような物を自分に差し出してきた。条件反射で受け取ってしまった僕を見て、横からユイリが口をはさむ。


「コウ……!受け取らないでっ!」

「ああ、つい、何時もの癖で……!何コレ!?受け取っちゃマズイものなの!?」

「ソイツは、招待状ですわ。……今日もそこに書かれとう場所である催しモンをやっとるから……、気が向いたら来てみなはれ……。それを見せればフリーパスで入れるによって……」


 その言葉とともに、彼は姿を消した……。いや、本当に居なくなってしまった……。


「……妙なのに絡まれちゃったわね……、全く……。さぁ、戻るわよ……って、コウ……?」

「ユイリ……、これは、参加しただけで処罰の対象とかになっちゃうかな……?」


 宿に戻ろうと促すユイリに、僕は訊いてみる……。それは、どうやらオークションの招待状のようだった。彼が裏の世界の住人という事なら……、これは違法オークションという事になるのか。恐らくは非合法な物を扱っているのだろう。参加するだけで犯罪行為っていう事なら首を挟みたくはないけれど、そうでないのなら見てみたい気もする。


「……別に参加したり……、もしくは購入したりしても処罰の対象なんかにはならないわ。……逆になってしまうのなら、この国の多くの貴族が対象になってしまうから、色々な意味で運営がままならなくなってしまうだろうし……。それに、これはあの闇商人の事だから正規のものだと思うしね……」

「……これってつまり闇オークション、って事だよね?それが正規とかってあるの?」


 闇オークション=違法、っていう訳ではないという事か……。それはちょっと意外だったけど……、


「闇商人というのは……、『裏社会の職郡ダーク・ワーカー』……簡単に言うと闇の職業って事だけど、その中でも上位に位置するものなの。彼らは交流を禁止されている種族との取引や非合法な物を扱うけれど、商人としての顔も持っている……。特に彼はこの界隈ではかなり有名な人物なのよ。それに……色々な貴族や権力者とのコネクションも持っているから、とてもじゃないけど彼を取り締まるなんて出来ないのが現状ね」


 勿論、非正規に行われている違法オークションや、犯罪を犯しているという証拠でもあれば、騎士団を指し向ける事も出来るでしょうけど、とユイリは続ける。


「そうなんだ……。やっぱり、どこの世界に行っても必要悪というのはあるんだね……」


 彼女の説明に僕はひとりで納得していると、少し真剣みを帯びた様子でユイリから尋ねられる。


「……一応訊いておくけど……、どうして行きたいの?そんな、明らかに怪しいお店なんかに行って、もし何かがあったとしても、正直安全は保障できないわよ?」


 釘をさす様にそう告げるユイリ。……確かにユイリは案内役の侍女として、僕に付いて貰っている身だ。


 だけど、さっきの闇商人の言葉といい、僕の考えが正しければ彼女は多分貴族か何かの出身で、あの王様の信頼を勝ち得ている人物であると思う。だから、彼女は侍女の顔を持ちながら、僕の護衛……、少し悪い言い方をすると監視するという任務も帯びているのではないだろうかと推察していた。


「……正直に言えば、僕はまだこの世界の事を何もわかっていない……。今日、突然この世界に呼ばれて、訳もわからないままに世界の危機を救うよう懇願されて……。そして君の案内の下、この世界の説明を受けながら実際に暮らしている町の人々の様子や賑わい……、元の世界にはなかった魔法屋や教会、このカジノを見てきた訳だけど……、人々も活気があって、豊かで……、魔法というものがこの世界に上手く溶け込んでいて、何処を見ても素晴らしいものだと思う。だから、違う面も見てみたいと思ったんだ。僕のところでもそうだったけど、世の中は決して綺麗事だけではまわっていなかったから……。良い所とそうでない所を両面観て、はじめてこの世界の事が理解できる、そう思ったから……」


 彼女からの真剣な問いかけに、僕はユイリの目を見てしっかりそう答えると、彼女はひとつ溜息をつき、


「……わかったわよ。本当、いろんな事に首を突っ込む勇者様ね……」

「ごめん……。一度気になると細かい所まで気になってしまうのは僕の悪い癖で……」


 何処かで聞いた事がある台詞をこれみよがしに言うと、さらに呆れたように、


「何を言ってるんだか……。じゃあ、さっさと移動しましょ。そのオークション……、もう始まってしまっているみたいだし……」

「えっと……、本当だ、それなら早く行こう」


 明らかに行きたくなさそうな様子だけど、それでも僕に付き合ってくれるという彼女に感謝すると、招待状に書かれている店に向かうのだった……。

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