第4話 義父の親友

 自宅に戻り夕食を済ませ、コーヒーを飲みながら知人について尋ねてみる。

「そういえばホテルで僕と一緒にいた太田さんが知人に似ているって」

「太田さん?て、言うの・‥。ここには由美達がいる。私の部屋に行きましょう」

「それなら僕の部屋に。階が上だし由美達は今風呂に入っているから聞こえないでしょう」

健一の部屋なら完全防音で隠しカメラも盗聴器も無い。窓も完全断熱で外からサーモグラフィーで覗いても見えないようにしてある。

「秀一さんの親友だった人よ」

「親友だった?どういう事ですか?」

「私が秀一さんと結婚して由美が生まれた時にお祝いに来てくれて、一度しか会っていないから名前も覚えていないけど、もう亡くなっている方に似ていたなと思ったの」

「亡くなった?」

「秀一さんの同期でね、優秀な方だったらしいわ。将来はあいつの下で働く事になるだろうって、秀一さんに言わせるほどにね。実際優秀だったわ。FBIに研修に行ってCIAと協同である組織を壊滅させたって聞いたわ。でも、太田という名では無かった気がするけど・‥。お祝いに来てくれた後、すぐにアメリカに戻って研修中に行方不明になったの。」

「行方不明なのと、亡くなるのとは違いますが」

「組織を壊滅させたメンバー全員行方不明になったの。そしてその何人かの他殺体が発見されてね、他のメンバーも生きている可能性が低いって公表されたわ」

「FBIとCIAのメンバーがですか?」

「ええ、アメリカ上層部でも当時は相当問題視された様よ」

「そうですよね、FBIもCIAもかなりレベルの高い訓練をしている事は周知ですからね。そんなメンバー全員が・‥」

「壊滅させた組織の残党が、隠し資金でトップレベルの暗殺者達に依頼したのでは無いかと憶測されたわね。事実かどうかは不明なままよ」

「そんなニュース、知りませんよ」

「そんな事、トップシークレットにされるのは当然よ。アメリカではもちろん、日本でも上層部のほんの一部の者しか知らないはずよ。秀一さんの親友だったから秀一さんには知らされたみたいだけれど」

「お義母さんはどうしてその事を知ったのですか?秀一お義父さんから聞いた訳はないですよね」

「秀一さんも警察組織の一員よ。私にだって話さなかった」

「では何故」

「暗殺者の存在の可能性よ。日本の警察組織もその存在を否定できなかった。だからその対抗策を考えなければと言う事になったの。その対抗策設立委員会メンバーのサポートを私がすることになってね、資料をまとめる機会があったの。内密に進められたプロジェクトだからサポート役は限られた者しかいなかったから、多くの雑用は私がしなければならなかった」

「その時に知ったのですね」

「・‥。秀一さんもそのメンバーの一人だったわ」

「まさかそれが原因で」

「それはわからない。でも、その後そのプロジェクトメンバーは解散した。私もそれきりでそのプロジェクトがどうなったか、どうなっているかは知らないわ」

「そんな事、僕に話して良いんですか?」

「本当なら絶対にダメよね。でも、あのホテルであなたが彼に似た人と会っていたのを見たら、何故かあなたには話しておいた方が良いような気がして。ごめんなさい。忘れて」

女性にして警視庁の幹部次席まで行った人だ。

何かを感じ取ったのだろう。

「わざわざ確認する為にあの席まで来たと言う事は、それほど似ていたと言う事ですね」

黙ったまま少し頷く百合子。

突然ドアが開き健太が裸のまま入ってきた。

「お風呂出たぞ。次は百合子さんか父か」

「おやまあ、そんな格好で。風邪引くわよ。こっちいらっしゃい」

百合子が健太を抱っこして健一の部屋から出て行く。

一瞬振り向き、健一に微笑みかける。

その事が多くを語っていた様に健一には感じた。

太田の反応と百合子の話。繋がっているように健一には思える。

(組織の事が少し判った気がする。僕の想像通りならもう一度太田に会わなければ。それも早い内に)

残ったコーヒーを一気に流し込み、階下に降りる。

風呂上がりの由美が濡れたままの髪をバスタオルで拭きながら

「お母さんと何話してたの?」

と、健一に尋ねるがそんな由美に見とれて

(風呂上がりの由美さん、なんか良い。いつもと雰囲気が違う。キュートだ、いや、セクシーだ。いや、両方だ)

「ちょっと、聞こえてるの。健一さん」

「あ、ああ。聞こえているよ。ちょっと由美さんに見とれていた」

顔を赤らめ、少し照れたように

「もう、そんな事言って。はぐらかされないわよ」

「そんなつもりは無いよ。後でちゃんと話す。それより今は」

そう言って由美を抱き寄せキスをする。

健太が由美の足に抱きついてくる。

「俺も」

「はいはい。健太にもぎゅっしてあげる」

そう言って健太をハグする由美。

あきれたような顔をして健一を百合子が見ている。

「はは、健太には敵わないな」

照れ笑いで頭をかきながら自分の部屋に戻ろうとする健一に

「私は自分の部屋で入浴いたします。健一さん、お次どうぞ」

冷たそうに言い放つようだが、優しさに満ちている事は健一達には判っている。

「は、はい。そうさせて頂きます」

素直に風呂場に行く。

「着替えとパジャマ、出してあるから」

「ありがと。じゃ」

よくある日常の風景がそこにはあった。

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