第7話 花は桜木 酒は肥後(「大衆酒蔵 水戸黄門」さんの天下泰平)

ひとまず、若鳥の唐揚げを二切れつまみ食いしてからウィスキーソーダを作る。

今日はいよいよ芥子蓮根が登場する。

穴という穴に芥子を詰め込まれ、さらに衣で包まれたこの逸品はここ熊本の名物である。

一切れ摘まめば鼻を刺激が貫き、裂かれる繊維の子気味いい音が口腔に響き、胃の中を満たす。

普段、煮物の端で縮こまっている蓮根が堂々とその真価を顕し、堂々たる甘みと触感が脳内を支配する。

そして、肥後の重みを噛み締めれば、私の心は止まらなくなる。


ウィスキーソーダが進むにつれ、今宵のことが頭上で朧に浮かび上がってくる。


解放された店内には二人の男。

注文をした後、この度の趣旨を老父に説いて許可を求めたところ、私は自らの過ちに赤面した。

大将は青年であり、その見定めを誤ったのである。

確かに、その腕前を見れば確かであったのを常識の殻を以て決めつけていたのである。

そして、男性の笑みを思い返せば、私の心は止まらなくなる。


つくねと鶏皮を串という戒めから解き放つ。

この大いなる働きを唐揚げを以て報いる。

孤独であれば串はそのまま口にするのが道理であるが、それでは単なる晩御飯と変わらない。

串を外せばこそ、私は世間の輪の中に在り、社会という空間に在ることができる。

決して、付け合わせの辛味噌をつけやすくするためだけに外したのではない。

皮は存分に脂をその身に抱え、私に安楽の素を与える。

つくねは味噌と連携して旨味の永楽を齎す。

その縁の下を支えるキャベツと玉葱は甘みを以て反攻に転ずる。

そして、それらの命を食めば、私の心は止まらなくなる。


これまでに摘まんだ唐揚げを偲びつつ、残りに襲い掛かる。

小さく切り分けられながらも肉としての主張は止めず、むしろ大挙してジョッキを空けさせようとする。

胡麻の香りが鼻につけば、それだけで爽やかな江戸の気風を思い起こさせる。

そして、それを平らげれば、私の心は止まらなくなる。


その暴走を止めるは日本の誇る白い米。

噛めば噛むほど甘みが強く、研げば研ぐほど酒になる。

その黄金の花の名残にひれ伏し、私は今宵の晩酌に別れを告げた。

後に残るは高笑い。その爽快に胸が躍った。



【店舗情報】

「大衆酒蔵 水戸黄門」

〒860-0803 熊本市中央区新市街3-2 夕立ビル1F

電話番号:096-325-8947

営業時間:17:00〜翌3:00(日曜定休)

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