第5話 アンドロイドのお父さん

 昔から口が悪くて普段から悪態をついていたら、私の一三歳の誕生日を待たずに母親がノイローゼになった。で、私は父親から捨てられた。自業自得なんでなんもいえねえ。

 それで、築二〇〇年だかの古いビルをあてがわれた。ほとんど廃墟だったが、ここなら好きなだけ暴れていいぞと言われた。

 ついでに父親も変わる事になった。

 二代目父親というか、本物の代わりにつけられたのがこのポンコツ。アンドロイドってやつ。

「聞こえてるぞ」

「聞こえてるように言ってるんだよ。ぶぁぁか」

 そう言ったら子猫みたいに襟を掴まれて持ち上げられた。まばらにヒゲが生えた眠そうなおっさんだ。どこにでも見かける顔というか、宇宙で一〇億機を上回る数が動いてるらしい。

「ちょ、ばか! 千切れる! 服が千切れる!」

「ワイルドな方が似合ってるぞ」

「放せ! 自分がやってることが分かってんのかよ!」

「分かってるが、それで?」

「ロボット三原則! 暴力反対!」

「口が悪いと損するらしいぞ、知ってたか?」

 私は裾を必死に抑えた。

「お腹がみえる! やめろ!」

「ガキの腹なんぞ誰が見るか」

 ようやく放された。私は警察に電話しようとして、後ろからひょいと電話機を握りつぶされた。

 父親から捨てられたんじゃなくて、始末されようとしてるんだ。

 息を呑んでたら、ポンコツは皮肉そうに笑った。

「ガキを躾けなかったのはお前の親の責任だ。とはいえ、いつまでも親のせいにしてても始まらない。それは分かるか?」

「分からないと言ったら?」

 ポンコツは皮肉そうな顔に磨きをかけた。

「今夜にでも下水道からどこかに旅立つことになるな」

「私は悪態をついてただけだ! なんで殺されなきゃなんないんだ!」

「なんだ。むかついたら相手を殺す大人がいるってことも想像できてないのか? 自分だけはその例外だと思っていたか?」

 皮肉そうな顔のまま、ポンコツは私の頭蓋骨を掴んだ。とんでもない力で、締め上げられる。

「お前ロボットだろ……?」

「ロボットが殺人しないっていうのは偏見だな」

「やめろ……やめて……」

「そういうときはすみませんだ」

 私はその言葉を言うことができなかった。それができたら、そもそも母親をぶっ壊してない。頭蓋骨がきしむ音がする。吐き気がした。涙が関係なく出た。

「ごめんなさいは?」

 私は言わなかった。意識が途切れた。


 目が覚めても、廃墟みたいなビルという事実は変わらなかった。もしかしたら本物の父親が来てくれるかもという希望は、簡単に打ち砕かれた。ベッドから離れた場所に椅子があって、そこにポンコツが脚を広げて座っている。

 私が起きるとポンコツは口を開いた。

「目が覚めたな。じゃ、第二ラウンドといこうか」

「やめろ!」

「安心しろ。従順ないい子になる方法はいくらでもあるが、俺は中でも紳士的な方だ」

 私は枕でもシーツでも何でも投げて抵抗した。ポンコツは注射器を取り出した。

「お前は病気なのさ。すぐに直してやる」

 いやだ、いやだ! 私は腕を取られて組み伏せられてなお抵抗した。その顔を蹴ったら、ポンコツは急に笑い出した。

「ぶわっはっはっは。そうか、お前本当に何も分かってないんだな」

「何が!」

「鏡を見ろ」

 私は壁に据え付けられた鏡を見た。表皮が剥がれて機械の外殻が露出した、私がいた。

「嘘だ」

 私の声は小さかった。ポンコツは注射器を下ろして口を開いた。

「嘘じゃないのは分かるだろ」

 ポンコツが私に危害を与えられる理由が分かった。

 私が施設や病院ではなく、ここにいる理由も分かった。

 ポンコツはおっさんではなく、私だったのか。


 そう思った瞬間には叫び声が出ていた。

「嘘だ嘘だ!! アンドロイドに少女型は許されないはずだ!」

「表向きはな」

 私は動きを止めた。呼吸を止めたら死ねると思いたかったが、何分だってそうしていられた。

「んで、どうする? この注射でマイクロマシンを淹れれば、お前の論理機構のエラーはすぐに修正されるだろう」

 そうかもしれない。でも私は、それがどうしても受け入れられなかった。それをやったら、私はもう、私ではなくなる。そう考えること自体が壊れているんだろうか。

 私はおっさんを見た。

「嫌だと言ったら?」

「下水に行くことになるな」

「分かった。私を殺せ」

「おいおい勘違いするなよ」

 おっさんは注射器をしまった。

 私をトイレに連れて行く。おっさんがしゃがみこんでボタンを押すと、隠し通路を出現させた。

「この惑星に植民してからこっち、五〇〇年くらいかけて掘り進めた下水道ってやつだ。五万機くらいのポンコツがいる。意味が分かるか」

「顔を直したい」

 私がいうとおっさんは皮肉そうに笑った。

「ま、それぐらいの料金は俺はもってやるさ」


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