第4話 二人目②

 辻居 將人の夢を離れた私は元の空間に戻り、早速視聴モードに入る。

 さてさて、これからは私のお楽しみの時間だ。

 残り半年の人生だけど、精々私を楽しませなさいな。


 接続が断たれた辻居 將人は目を覚まし、むくりと身を起こす。

 馬鹿丸出しの顔で寝巻のズボンに手を突っ込んでボリボリと腹を掻きながら洗面台へ。

 顔を洗って朝食を取り、学校へ――は行かずに別の場所へと向かう。


 どうもこのクソガキは他人と同じ事をするのがダサいと思っているらしく、とにかく周囲に合わせない。

 そして何物にも染まらない自分はカッケーとか考えて悦に浸っている憐れな生き物だ。

 ちなみに黒は何物にも染まらない俺に相応しい色らしい。


 学校には気が向いたら向かうといった形だ。

 登校時間はバラバラで、早い時は二限目。 遅い時は昼過ぎと言った所だろう。

 ちなみに本人に自覚はないが、口うるさい教師がいる授業を意図的に避けているので曜日によって行く時間が決まっていたりする。


 さて、このクソガキはどうやって普段時間を潰しているのかと言うと――

 辻居 將人は特に気にもせずに通学路とは別の道に入り、ある場所へと向かう。

 そこは人のいない寂れた神社だ。 社務所も祭事や元旦以外には人を置かず清掃も月に数度しか行わないので、余り人が寄り付かない。


 辻居 將人は社務所の裏手に入る。

 奥まった場所にあるので更に人目に付かない。 こんな場所でこいつは何をやっているのか?

 

 ……早速始めたか。


 いきなり腕立て伏せを始めた。

 要は筋肉トレーニングだ。 腕立て、腹筋、スクワット等をしばらく続ける。

 後は神社の敷地内を走りまわったりと色々やっていた。


 何故こんな事をやっているのかと言うと勉強なんてくだらないらしく、体を鍛えていた方がよっぽど自分の為になるといった考えの下、鍛えているようだ。

 当然ながら最初からそうだったわけではない。 こいつはキレるとすぐに手が出るので、友達がいないのだ。 舎弟とか言って同級生や下級生を従えようとしていたが、悉く失敗。

 

 次々と逃げられてあっという間に学校で孤立。 誰もが関わりを避ける、鼻つまみ者となった。

 

 ……まぁ、自分の言葉にはいはい頷くイエスマンになる事を強要して逆らえば暴力、気に入らなくても暴力と典型的なガキ大将だ。

 

 ただ今時、そんな奴が罷り通る訳もなく。

 一人が被害を親や教師に訴えると他も自分も自分もとそれに倣って即報告。

 報復が怖くて黙っていた子供達も数が揃えば怖くないと、ここぞとばかりにお前は最低だと面罵。


 結果、辻居 將人は派手に暴れて、学校に行き辛くなったと言うのが真相だ。

 本人はあいつ等は俺と合わなかったやはり何物にも染まらない俺を理解できる奴は居ないと今に至る。

 どうでもいいけど、その「何物にも染まらない」ってフレーズ好きなのかしら?


 一つ覚えみたいに結構な頻度で思考に上がって来るところを見ると、格好いいと思っているようだ。

 客観視すれば友達がいない言い訳にしか見えないのよねぇ。

 筋トレに落ち着いたのにも当然ながら理由がある。 金もない友達もいない下手にうろつくと補導されると選択肢を奪われ続けた結果らしいのだけど、私からすれば素直に学校行けよとしか。


 ちなみに金はカツアゲして調達しようとしたが、悪い意味で有名なので実行すれば即座に親に報告が行くのでできなくなり、その辺をうろついて何度も補導されたので、こちらも出来なくなり、最終的に行先が神社しかなくなったのだ。


 ……意地張って馬っ鹿ねぇ。


 私からはそんな感想しか出てこないが、本人は自分の正当性を疑わない。

 要は何物にも染まらない辻居 將人は周りに合わせるなんてダサい真似はできないので、こうして筋トレに勤しんでいると言う訳だ。

 

 そんな調子で数日が経過。 正直、最初の二日で見ていて退屈になったので、そろそろ異世界行かねーかなーなんて考えていると状況に動きがあった。

 その日も辻居 將人は腕立て伏せをしていると、いきなり魔法陣らしきものが発生。


 召喚だから妥当な展開ね。

 次の瞬間、辻居 將人の姿が消失。 こうして異世界へと転移する事となった。

 

 


 移動すると場所は巨大な召喚陣が設置された巨大祭壇。

 周囲には疲労困憊といった状態の術者が座り込んでおり、囲むように武装した全身鎧が複数。

 後はこの場をセッティングした権力者たちね。


 高価そうな衣装に身を包んだ者が数名。

 辻居 將人は腕立て伏せの状態で事態が呑み込めずに硬直。

 流石に驚いているようだ。 権力者らしき者達――中でも一番偉そうな中年男が高圧的な口調で事情を説明する。


 言葉が通じるのは召喚する際の効果に意思疎通を可能とする物が含まれていたからだろう。

 事情は分かり易い内容の物で、ここは異世界でお前を召喚したと。

 目的は戦力が必要だったから。 相手は隣国だそうだ。


 つまりは戦争するから戦力が欲しいので異世界人を呼び出しましたと。

 その際の補足で異世界人は強力な力を持っているのでそれが必要なのだと説明する。

 ちなみにその認識には若干の誤りがあったりする。


 呼び出される存在は何かしら特殊能力や才能が持っている場合が多いが、単純にそう言った才能や能力を持っている奴が呼ばれ易いので必然的に何かしらの力や才能を秘めている事が多い。

 私の認識だと単純に魂のエネルギー量が多いか、辻居 將人のように移動する因果を刻まれた存在が大半だ。


 中年男はどうやらこの国の王らしく、高圧的ではあるが頭はそれなりに回るようで、辻居 將人にお前は選ばれた存在だと告げる。

 ついでにこれはお前にしかできない、お前だから出来るのだと付け加えて持ち上げた。


 何物にも染まらない辻居 將人は王の言葉に何かしらの刺激を受けたのか目を輝かせる。

 希少とかユニークといったフレーズは大いにあのクソガキの承認欲求を満たしたらしいわね。

 後はもう流されるままね。

 

 あ、例の武器も貰ってたわ。

 宝剣パイライトと宝剣ターフェアイト。 この世界は宝鉱ほうこうという鉱石を加工して武器とする。 この宝鉱――所謂、魔力結晶体は種類によって内蔵魔力を放出する際に特性を付与する事が出来る。


 具体的には切れ味が上がったり振っただけで魔法に似た現象を引き起こしたりだ。

 貰った後の辻居 將人はそれはそれは楽しそうだったわ。

 事前に引き当てた強化も効いているので、大抵の相手は腕力と剣の性能に物を言わせて捻じ伏せて行く。


 実際、大した物だったわ。 腕力関係は全部引き当てていた上、宝剣の能力で強化されているので人間ぐらいなら簡単に叩き潰せたからだ。

 精神強化のお陰で殺人の際の罪悪感や不快感も最低限に抑えられているので、気持ちよく力を振るっていたわね。


 恐らくこの瞬間が辻居 將人の人生の絶頂なのかもしれないわ。

 一ヶ月、二ヶ月と経過した所で、異変が起こった。

 全身に倦怠感。 疲労が抜け難くなる等の症状が現れる。


 まだ戦闘に支障をきたさないレベルだったので請われるまま持ち上げられるまま力を振るって戦場から戦場へ。

 ただ、三ヶ月を過ぎるとそうもいかない。 戦闘に支障が出始めるだけではなく、行動にまで支障が出て来たのだ。

 

 病気と考えた辻居 將人は魔法での治療を依頼、大枚をはたいて高度な治療を受けたが症状は一向に改善しない。 当然よね。 寿命が尽きかけているのだから治療のしようがない。

 四ヶ月過ぎるともう日常生活に支障が出始めた。


 するとどうなるか?

 こうなると日頃の行いが物を言う訳で、使い物にならないと知られた後の対応は実に分かり易かった。

 

 ――使えないなら要らないのでその辺に捨てろ、だ。


 辻居 將人はゴミのようにその辺の山奥に捨てられた。 

 当然ながら同情する者は居ない。 あのクソガキは自分勝手の極みの様な性格をしている。 そして、戦力として機能している間はかなりの権力を与えられていたのだ。

 

 部下に対してどのように振舞っていたのかは言うまでもないわね。

 気に入らなければ殴る所かポンポン殺していたので、当初は恐れられていたが動けなくなれば恐れは憎しみへと転ずる。

 

 俺にこんな事をしてタダで済むと思っているかとか言っていたが、日常生活すら満足に遅れないガキの恫喝なんて効果がある訳はない。

 兵士達は宝剣を取り上げ、何もない森の真ん中に辻居 將人を放り捨て、あらん限りの罵詈雑言を浴びせると唾どころか小便を引っかけて去って行った。


 ……あーあー。


 流石の私もそんな感想しか出てこなかった。

 本当に流れ星のようにあっという間の出来事だったわね。 それとも蝋燭の最期の輝き? 

 召喚されてからゴミのように投棄されるまで四ヶ月と半分。

 

 一応、寿命は少し残っているけど、この様子だと数日で死ぬわね。

 ま、もう見る所なさそうだけど、女神として最後まで見届けてあげるわ。

 私って優しいわねー。


 辻居 將人は自分を捨てた者達にあらん限りの憎悪を吐き散らかしていたが、次第に憎む元気もなくなったのか空腹と苦痛を訴え始め――最後には寂しい寂しいとめそめそしだした。

 ちなみにこの近辺は野生動物すら殆どいないので、とどめを刺してくれる存在も居ない。


 環境は生命力を奪い、静寂は精神力を奪った。

 流石にここまで追い込まれると精神強化でもどうにもならなかったらしい。

 

 徐々に心と体が弱って行き――


 「お父さん……お母さん、助けて……」

 

 ――やがて死を迎えた。


 うーん。 半年も保たなかったかー。 こういうタイプは生き汚いイメージがあったから、限界まで頑張るかとも思ったけど無理だったようね。

 何物にも染まらなかった結果、誰にも見向きもされなくなるのは皮肉が利いててちょっと滑稽だったわ。


 花火のように咲いて散ったわね。 最初の間は楽しんでたみたいだしいいんじゃない?

 感想としてはそんな物ね。


 対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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