Line 34 テイマーに起きた奇跡

「テイマー…」

「悪いが、少しの間息を止めていてくれ」

「えっ…!?」

味方の名前を呼ぼうとした僕だったが、テイマーがそれをすぐに遮ってしまう。

しかし、彼が息を止めるよう指示した理由はすぐに判明する。

 白い霧…いや、煙か…?

すぐに右手で口を塞ぎながら息を止めた僕は、黙ったまま周囲を観察した。

テイマーから魔力が発せられているのを感じ取ったため、おそらくは魔術を行使していたのだろう。部屋中に立ち込めている白い煙からも、僅かに魔力を感じる。ハオスの部下達が倒れているのを見たところ、“これ”が原因で気絶ないし眠らされたのだろう。そして、テイマーが右手を前に突き出すと、その白い煙が開けっ放しになっている扉の方へと移動していく。そこから待つこと30秒ほどが経過し、ようやく口に当てていた手を離す事ができたのである。

「無事だろうとは思っていたけど、どうやってここに…?」

「…あぁ。すぐに教えてやりたい所なんだが、まずは…」

僕が食い気味に問いかけると、テイマーは口を動かしながら視線を横に向けた。

「ぐっ!!」

「!!」

聞き覚えのある声が響いたため、後ろへ振り返ると―――――――――――――そこには全身が黒のスーツを身に着け、口元を布か何かで隠した見知らぬ男性がいつの間にか現れ、背後からハオスを拘束していた。

「“教会”の犬どもが…!!それより…」

一瞬にして両腕を縛られてしまったハオスの表情は、歪んでいた。

しかし気力は尽きていないようで、僕らより少し離れた場所にいるテイマーに対して思いっきり睨み付ける。

「それに、お前…確か、リーブロン魔術師学校の教師せんこうだったな!?何故、生きてここにいる!!?」

ハオスは、今にも相手を殺しそうなくらいの形相でテイマーに対して言い放つ。

その表情かおを見たテイマーは、その場でフッと嗤う。

「アカシックレコードを望む組織の頂点とやらでどんな魔術師やつかと思えば…案外、小物なんだな」

テイマーは、少し意地悪そうな笑みを浮かべながら述べる。

 何だか、今のテイマーの表情…。まるで悪役みたいだ…

僕はこの時、テイマーとハオス。どちらが悪者なのか解らないような気分になっていた。


「…望木朝夫さんと、父親の道雄さんですネ?」

「えっ…!!?あ、はい…」

テイマーらのやりとりを聞いていると、いつの間にか僕と父が座る椅子の間にまた別の男性が現れていたのである。

片言ではあるが日本語を話すその男性に対し、僕は挙動不審になっていた。

「我々は、“教会”に属する者。故に、敵ではないデス。ここだと腰を落ち着ける事もできないと思いますのデ、ひとまずお父上を地上まで運んでも宜しいカ?」

「あ、はぁ…」

口を動かしながらも、その男性はテキパキとやるべき事をやっていた。

僕が返事をする頃には、父の右腕にはめられていた手錠が外れていたのである。

 “教会”の存在ことはテイマーから聞いて存在は知っていたけど…。実際に所属している人間は初めて見たな…

僕は、父の左腕を自身の肩に乗せて運び出そうとするその男性の行動を見守りながら、そんな事を考えていた。

後でテイマーから聞く事になるが、今この場にいる口元を布で隠している人達は、教会における人ならざる者や悪行を行った魔術師等の追跡や捕縛を担当する戦闘員のような存在ものであり、日本でいうところのSATに似たものらしい。


「詳しい事は、後で話すとして…」

僕らのやりとりを見守っていたテイマーは、一呼吸置いてから口を開く。

「ハオス…。本名は俺の預かり知れぬ事だから言わないが、魔術による他者の洗脳及び教唆犯と…諸々の罪によって、行くべき所へ放り込まれる事になりそうだ」

「くっ…!!」

テイマーの台詞ことばを聞いたハオスは、膝をついたまま俯いてしまった。

こうしてこれまでの事件の黒幕であるハオスとその部下達は、“教会”の者達によって全員が拘束される事となる。



部屋及び建物の外へ出ると、心地よい風が吹いていた。

『どうやら、あいつらが張っていた“結界”も解除されたようね』

「ライブリー!」

気が付くと、僕のMウォッチからライブリーの声が響く。

彼女の声を聞いた事で、僕達は無事に物質界こちらへ戻ってくる事ができたのを実感する。

「ライブリー、イーズはもしかして父さんの所に…?」

 僕は、ライブリーに視線を落としながら問いかける。

すると彼女は、黙ったまま首を縦に頷く。

『事態の説明を教会連中から促されそうだし、道雄を安心させるためにも道雄のスマートフォンでイーズは待機しているわ』

ライブリーは、イーズが僕のすぐ近くにいない理由をすぐに教えてくれた。


「朝夫!」

「テイマー!」

僕がライブリーと話をしていると、教会の人間達と話していたテイマーがこちらへ駆け寄ってくる。

「本来なら教会の日本支部に行って、事情聴取を執り行うんだが…。精神を解き放つ魔術の疲労が溜まっているだろうから、一度リーブロン魔術師学校に戻っていいというお達しを貰って来たよ」

僕らにそう告げたテイマーは、何やら手慣れたような話し方をしている。

「…テイマーって、教会に所属する魔術師だったのか?」

「いや、それは少し違うな。まぁ、教会連中に顔がきくという事で、連中と手を組む機会がなかったと言ったら嘘にはなるだろうけどな」

飄々とした態度でテイマーは話すが、僕はそれがかえって自身を安心させていた事に気が付く。

 まぁ、ハオスの口調が嫌味っぽそうだっただけで、普通の人間はそんな不快になるような話し方はしないよな…

僕は内心で、自己解決的な事を考えていたのである。

「そうだ、テイマー。この場所まで、どうやって来れたんだ?教会の奴らと一緒に来たんだろうけど、先程ハオスも驚いていたし…」

僕は、顎に指を当てながら話す。

半分は本当に疑問に思っている事であり、もう半分は“答えの確認”をしたいと考えての台詞ことばだった。するとテイマーは、“裏道”への入口付近にある軽自動車を指さしてから口を開く。

「じゃあ、俺が運転するので帰りながらその話をするとしようぜ」

「あ、あぁ…解った」

僕が彼の提案に応じると、テイマーは手にしていた軽自動車の方へ歩き出す。

その後、運転席側のドアに指を軽く触れる事で開錠するのであった。

 スマートキー、初めて見たな…

僕はそんな事を考えながら、テイマーの運転して来た軽自動車に乗り込む事となる。



朝夫を車に乗せた俺――—————テイマーは、運転席に座ってエンジンをかける。

「この軽自動車はレンタカーなので、レンタカー屋に寄って返却してから戻るぞ」

「了解」

朝夫は、シートベルトをしめながら俺の台詞ことばに応答する。

本来ならば朝夫達が使用していた“裏道”を使えば学校の入口がある東京・新宿へはあっという間に到着する事ができる。しかし、レンタカー屋が新宿近辺でない事に加え、敵のアジトにたどり着くまでに起きた出来事を話すという事もあり、“裏道”を使わずに一般道を通って戻る事になった。

 まぁ、当然一般道だけではかなり遅くなるので、高速道路の使用は不可欠だな…

『ETCカードが挿入されていません』

俺が考え事をしていると、カーナビゲーションからETCカードが挿入されていない事を告げられる。

「…よし、出発するか」

財布の中に入れていたETCカードを挿入した俺は、カーナビゲーションを操作して目的地を設定し終えた後に、朝夫や自分に向けてそう述べた。

ハオスの根城アジトが山の中だったという事もあり、多少の獣道を通り抜けた後に朝夫にこれまでの事を話し始める事となる。



時は遡り、朝夫が自室にいないのではないかと気が付いた後―――――———

「ラスボーン先生、合鍵を持ってきました!!」

廊下から、宿泊棟の教師部屋用の合鍵を持ったマヌエルが走ってくる。

彼から合鍵を受け取った俺は、朝夫の部屋の扉を開錠した。

「朝夫…!!」

鍵を開けて中に入った俺は、周りからみたらかなり必死そうな表情かおをしていただろう。

部屋が真っ暗だったため、すぐに部屋の照明をつけるスイッチを押した。

明るくなった部屋には、机の上に朝夫が使用しているノートパソコンが置かれている。彼の自室には初めて入った事になるが、割と生活感を感じさせない殺風景な部屋だった。予想通り、朝夫の姿はない。

 パソコンが、起動したまま…?

俺は、机の上にあるパソコンがまだ主電源が入っている状態である事に気が付く。

液晶画面は電源が入っていないかの如く真っ暗だったが、電源のランプがついている事から、“スリープ状態”という奴だろうと俺は推測する。

不思議に思った俺は、恐る恐るノートパソコンのタッチパッドを触れた。

「なっ…!?」

タッチパッドに触れる事で液晶画面が明るくなるが、俺は目を丸くして驚く。

俺のに入ってきたのは、ある動画の一時停止されていた画面だ。

その一時停止した画面には、一つの魔法陣が描かれている。

 くそっ…こいつは、もしかして…!!

液晶画面が明るくなるのと同時に、俺の右手に軽い電流のような感覚が伝わって来た。

その現象を目の当たりにした俺は、この魔法陣が何を意味するのかを唐突に理解する。

「ラスボーン先生、どうかしましたか!?」

「!!来るな…!!!」

扉の方からマヌエルが顔を出してきたため、俺は思わず叫ぶ。

叫ぶのと同時に、ノートパソコンは熱を帯び、赤い光を放っていた。その魔法陣の正体は、魔力を持つ者が視認する事で初めて発動する、遅延式の魔術を発動するものだ。魔法陣を構成する詳細は違うだろうが、過去に外部での仕事において似たような魔法陣を見かけた事があったのである。

 くそ…間に合わない…!!

俺は急いで朝夫の部屋を出ようと動き出すが、魔術の規模からして直撃は間に合わないだろうという確信はあった。その魔法陣の威力は、部屋一つ分くらいは破壊できる爆発を引き起こす。

パソコンに仕掛けられていた魔法陣はおそらく、朝夫が第三者の指示によって表示させたものだろう。どういった効果があるかは、教えられていないと考えるのが妥当だ。しかしこの時、俺にはそういった分析をする余裕がなかったのである。


朝夫の部屋から、爆発音が響き渡る。

その振動は他の部屋にも伝わり、生徒や教師達が部屋の外から一度出て何が起きたのかとざわめき合っていた。

爆心地の近くにいた俺は本来、即死は免れたとしても五体不満足になり得るくらいの大けがをするはずだった。しかし、当の俺は怪我という怪我は全くなく、敢えていうならば爆風で地面に転げ落ちた拍子に身体の一部分を床にぶつけた程度だったのである。

 あれは一体…何だったんだ…!?

俺はこの時、自身に何が起きたのかが理解できなかった。

ただ、爆風を全身に浴びる直前に一瞬だけ、覚えのある魔力と感じた事のない魔力を感じ取っていたのである。



「そうして何とか助かった俺は、顔見知りである教会のお偉いさんに連絡を取ってモン 佳庆ジャルチンと接触し、やつの手引きを経てハオスの根城アジトに乗り込んだ…という訳だ」

一般道での赤信号で一時停止をした辺りで、これまでの説明を俺は終わらせていた。

「そう…か。よかった…」

「朝夫…?」

気が付くと、助手席に座る朝夫が安堵の声音で大きく息を吐いていた。

運転中なのでまじまじと見る事はできないが、朝夫の表情は驚きもせずむしろかなり落ち着いていたのが不思議だった。

「えっと、何だか恥ずかしい気もするが、その爆発の直前に起きた出来事なんだが…」

朝夫は、恥ずかしいのか少し頬を赤らめながら話し出す。

 …これ、最近の若い女が見たら「可愛い」とか思う表情のような気がする…

俺は不意に、そんな事を考えていた。

朝夫は日本人の男性やろうの中でも、どちらかというと女性っぽい顔立ちをしている。俺はノーマルだが、“そうでない男”からすると惚れてしまうのではないかと思えるくらい、中性的な風貌をしていると考えた事があった。

そんな俺の考え事をよそにして、朝夫は自身の部屋で起きた出来事の真相について語る。なんとアカシックレコードへ出向いていた朝夫は、気まぐれな神の計らいにてアカシックレコードを実際に操作し、“部屋そこで死ぬはずだった俺の運命”を変えたのだという。

アカシックレコードが“個人の運命を変える事ができる”という伝承は聞いた事があったが、その神の如き所業を朝夫はやり遂げたようだ。

それを聞いた途端、流石の俺も言葉を失った。

「神から“運命を変えてみてほしい”と言われて見せられたリストに、テイマーの名前が載っていた際は、心底驚いたさ。ただ、近くにハオスもいたから…奴にバレないように作業するのには、かなりの神経を使ったな…」

朝夫は、今さっきやったばかりのような口調で話す。

後で知る事になるが、アカシックレコードが存在する空間では、俺らの暮らす物質界アッシャーと同じ時間が流れている訳ではないため、こういった芸当が可能になるらしい。また、朝夫がホープリート一族の末裔である事もこの時初めて聞かされたのである。

「何はともあれ、お疲れ様だな朝夫」

「あぁ…あんたもな…」

俺は口を動かしながら、一瞬だけ横目で朝夫の方を見る。

自分の台詞ことばに応えた朝夫の表情は、今までで一度も見た事がないくらい穏やかな笑みを浮かべていた。

「…さて、そろそろ高速道路に入る。翌日は忙しくなるだろうし、何より疲れただろう。レンタカー屋に到着するまで、寝ていてもいいぞ」

「……」

俺は朝夫にひと眠りするよう促したが――――――――――――――――口にするよりも前に、朝夫は黒いを閉じて眠りに入っていた。

余程疲れていたのだろう。


『説明ありがとう。朝夫、来てもらえて嬉しかったんだと思うわ』

「そうか」

気が付くと、朝夫の腕にはめたMウォッチから、電子の精霊・ライブリーの声が響いていた。

『私からも、礼を言うわ。本来だったら、運転中の貴方の話し相手をしてあげたい所なんだけど…。私も今回、結構疲れたので…少し寝てもいいかしら?』

「勿論さ!…って、電子の精霊も人間のように眠るのか?」

彼女は、明るい表情を浮かべながら俺に話しかけてくる。

一方で俺は、彼女達電子の精霊が睡眠を取るのかと疑問に感じていた。

『もちろん、寝ない精霊もいるわ。私とイーズは、寝る方ね』

「成程…了解」

ライブリーの返答を聞いた俺は、クスッと一瞬笑う。

それを垣間見た彼女は、眠りにつき始めたのかMウォッチの液晶画面がすぐに暗くなってしまい、その後言葉を発する事はなかった。

 さて、安全運転で戻らなくてはなー…

被害者であり重要な人物でもある二人が寝て少し安心した俺は、独り運転に集中し始めるのであった。

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