File 6 外部から受けた依頼;書物資料保管棟他?

Line 18 依頼者との面会

「失礼します」

「おっ…来たようだな!」

管理棟にある応接室の扉を開けると、そこにはテイマーの姿があった。

僕にとっての彼は、同僚であり父の旧友でもある気心知れた存在であるが、今この場には彼以外の人物がもう一人いたのである。

「はじめましテ」

ソファーに座るテイマーの向かいには、見知らぬ男性が座っていた。

その人物は僕に気が付くと、軽く会釈をしたのである。

 片言だけど、日本語を話している。という事は…

僕は、テイマーの隣に座ろうと動く中、目の前にいる人物の事を考えていた。

外見は、黒髪と黒い瞳を持つアジア系の男性だ。しかし、片言の日本語に妙な訛りがあるため、韓国・台湾・中国籍の人間だろうという考えが僕の脳裏をよぎる。


「それでは、本題へと入りまショウ」

お互いに自己紹介を終えた後、“依頼人”である彼―――――――――――モン 佳庆ジャルチンが依頼内容の話題を切り出す。

彼は中国にある出版社に勤めているサラリーマンで、リーブロン魔術師学校に訪れたのは魔術師学校うちが時折外部から依頼を受けて仕事する“外勤”の元となる依頼をするためのようだ。

「写本を作るための、内容確認…?」

話の最初の方を聞いた僕は、思わぬ依頼内容に対して首を傾げる。

依頼人かれが勤める出版社のように、普通の人間が読む書物以外に魔術師が読む本を出版する出版社ところは少なくはない。近年では、旧い時代より現存する原本が綻びを見せている等の理由で、写本を出版する例が最近増えているんだ」

「成程…」

すると、僕の隣に座るテイマーが解説してくれた。

「…ただ、一昨年ぐらいからモンさんの出版社ところでは原本の内容確認をする魔術師を雇うようになったんじゃなかったですかね?」

同時にテイマーは、向かいに座る佳庆ジャルチンに問いかける。

すると、依頼人は苦笑いを浮かべながら口を開く。

「お恥ずかしい話ですが、その雇っている2名の魔術師が最近、体調不良でしばらく休みを取る事になりまして…」

「それで、魔術師学校こちら魔術師ものを頼ろうと?」

佳庆ジャルチンに対して僕が問いかけると、彼は首を縦に頷いた。

「因みに、わたしに依頼を持ちかけるのは解りますけど、彼を同席させた理由は何ですか?」

頃合いを見計らったのか、テイマーが佳庆ジャルチンに食い入るように尋ねる。

 …テイマーの奴、普段は自分の事を“俺”って言っているけど…。流石に、商談中ビジネスシーンでは使わないか…

僕は、彼の発言を聞いてそんな事を考えていた。

一方、依頼人の佳庆ジャルチンは、「その質問を待っていた」と言いたそうな表情かおをしながら、足元に置いていた小型のジュラルミンケースを取り出す。

「…わたしは、魔術師の界隈に知り合いが複数おりましてね。電子の精霊を操る事ができる人間がリーブロン魔術師学校に入ったと人づてで聞きましてネ。その方ならば、内容確認作業にもってこいの逸材だと考えた次第デス」

そう告げる佳庆ジャルチンは、話ながらジュラルミンケースを開け始める。

小型の鍵がないと開けられない仕組みのジュラルミンケースは、テレビドラマ等で見た事がある物に比べるとかなり小さいケースだった。それもそのはず、彼が開けたケースの中には1冊の本だけがそのケースに入っていたからこそ、小さめのジュラルミンケースで事足りたのだろう。

「……拝見していいですか?」

「もちろんデス」

ケースに入った本を目の当たりにしたテイマーは、佳庆ジャルチンに断りを入れる。

当然、依頼人かれがこれを拒むことはない。佳庆ジャルチンの返答を聞いたのとほぼ同時に、テイマーはジャケットの胸ポケットに入れていた灰色の手袋を取り出して、両手にはめる。

後で本人から理由を聞く事になるが、魔術師が読む本等は触れただけでも本の魔力にあてられる可能性や、その強力な魔力に弾かれて手を軽く怪我するという事もあるらしい。そのため、魔術師が魔力のある本に触れる時は鉄の糸で編まれた手袋をはめるのが暗黙の了解となっている。

本を手に取ったテイマーは、表紙を一目見てすぐに本の中を数ページほどめくる。僕は、そんな彼の行動を隣で見守っていた。

 “著者 ペドロ・ホープリート”…か。どこの国の人間なんだろう…?

僕は、テイマーが手にしている本の著者名を見ながら考え事をしていた。

最も、本のタイトルも中の本文も英語で書かれているため、英文字を見て読んでみただけであり、その発音が合っているかは定かではない。

「これは、もしかして…」

「…?」

本の中身を確認するテイマーが、不意に呟く。

しかし、その声が小さくて僕は聞き取る事ができなかったのである。


テイマーが中身を確認し事務的な手続きを済ませた後、依頼人のモン 佳庆ジャルチンは応接室を後にする。

「…では、事務的な書類はこちらで預かりますね」

「あぁ、頼むよ」

依頼人が去った後、書類関係を取りに来たマヌエルに対し、テイマーが声をかける。

マヌエルは、応接室の机に置かれた書類をひとまとめにし、クリアファイルに収めた。

「その赤い紙って…」

彼が書類を片づけた際、僕は1枚だけ赤い紙でできている書類が目に入る。

「あぁ、望木先生はこの書類を見るのは初めてでしたね!」

僕の声に気が付いたマヌエルは、クリアファイルに収めた中にある書類から赤い紙を取り出す。

「俺らリーブロン魔術師学校の教職員が外部の依頼を受けた際、必ず依頼人クライアントに署名してもらう“誓約書”さ」

すると、ソファーに座っていたテイマーが僕に教えてくれた。

「魔力を発する“誓約書”って事か…?」

テイマーの台詞ことばに対し、僕はこの目で視て感じた事を口にする。

それを聞いた二人は瞬きを数回して固まっていたが、すぐに表情が柔らかくなった。

「そうですね。良い機会だから、説明しておきましょう」

“立ち話も何だから”とは口にしなかったが、その場で立っていたマヌエルは、応接室の壁際にあるパイプ椅子を1つ出してきてそこに座り始める。

「この赤い書類は、署名した依頼人ものが仮に契約を反故にした場合、体の一部を切断する魔術が込められた書類だよ」

「ぶ…物騒な代物っすね」

マヌエルがそう告げると、僕は思わず冷や汗をかいていた。

「依頼を受ける側としては、それでも生ぬるいものだぞ?外部から受ける依頼というのは、魔術師おれらが身の危険を迫られる可能性がある案件ってのも少なからずあるからな」

「えぇ。魔術師学校こちらがわが命がけで仕事をこなしても、報酬がなしなんて事があれば、我々が大損になりますしね」

僕が呟いた後、テイマーやマヌエルが続けて話す。

一方で、テイマーは話ながら件の本に視線を落とす。

「…さて。俺はこの後、講義があるので一旦戻るが…朝夫」

「一度戻って、本の中身を確認してくれ…って事だな?」

「そういうこと。わかっているな!」

テイマーは、この後は自身が担当する科目の講義があるため、一度教室棟へ行く事となる。

僕が持つМウォッチの時計は午前9時40分くらいを指しているが、情報リテラシーの講義は午後からに当たる。そこから踏まえると、僕が依頼された本を持っているのが妥当だろう。

「では、望木先生。これを」

「これは、先程の…」

応接室を去る前、マヌエルが僕にビニールに入った灰色の手袋を手渡す。

「望木先生は今回、外部の依頼を受けるのは初めてですしね。該当者には必ず、お渡ししている備品ものですので」

「ありがとうございます」

手袋を受け取った僕は、彼に礼を述べる。

そうして僕に会釈をしたマヌエルは、背を向けて歩き出すのであった。

 さて、僕も移動するか…

灰色の手袋をはめた僕は、件の本をジェラルミンケースにしまい、応接室を後にする事となる。



僕らがそれぞれの持ち場へ移動していた頃――――――――――――――――

リーブロン魔術師学校の“入口”がある東京・新宿の街を、今回の依頼人であるモン 佳庆ジャルチンが歩いていた。

彼の耳には、Bluetooth機能のついたワイヤレスイヤホンがはめられている。左手にはスマートフォンを握り、街中を移動しながら通話をしていた。

「あぁ、例の本を連中に預けてきたよ」

佳庆ジャルチンは、流暢な広東語で電話の相手と話す。

広東語は、広州のみならず香港やマカオの他、欧米やオセアニアの華系社会でも主要な言語となっている。そのため、必ずしも中国本土の人間と話しているとは限らないだろう。

一通り話した後、彼はスマートフォンを操作して通話を終了させた。

佳庆ジャルチンの周囲では、多くの人間が道を行き交う。場所が日本なので日本人が多いのは当然だが、その中には当然、彼と同じ中国系の人間やヨーロッパ諸国の人間も存在する。

「さて、お手並み拝見…といこうか」

佳庆ジャルチンは、その場でポツリと独りごとを呟く。

不敵な笑みを浮かべた彼はその後、新宿の街中を歩いていくのであった。

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