Line 9 修練所にて
すごい音だな…
僕は、その部屋へ入った直後に響いてきた音を聞いて驚く。
光三郎から事前に説明を受けていた、最後の棚卸を実施する場所が修練所である。この施設はリーブロン魔術師学校の管理棟と教室棟にそれぞれが存在し、魔術師の護衛を行う
「…今は集中している事だし、あと2・3発撃ち終えたのを見計らって話しかけようか」
「…そうっすね」
状況を把握した光三郎が、僕に告げる。
修練所の一室には射撃場があり、この時間は一人の人物が練習していた。自分がこの魔術師学校で講師をするきっかけを作った男性教師・テイマーだ。
耳に防音用のイヤーマフをはめて真剣な表情を浮かべながら、部屋の奥に取り付けられている的へと狙いを定めている。
当たり方は…結構できる方なのかもな…
僕は、テイマーの視線の先にある的を遠目で見つめながら思った。
彼が使用している的は人影を模した
光三郎が修練所の備品室の鍵を開けてようとしている中、僕は彼の動きに釘付けになっていた。
「ラスボーン先生!」
「!!」
数分後、テイマーが弾を撃ち終えてイヤーマフを外したのを見計らって、光三郎が彼に声をかける。
テイマーは突然声をかけられたせいか、少しだけ眉間にしわを寄せた表情を浮かべていた。しかし、光三郎と僕がその場にいた事で何用かを察知し、いつもの明るい表情に戻る。
「
「おかげさまで…。貴方より声が小さくて気楽だし、話しかけやすい
いつもの満面な笑みで話しかけてきたテイマーに対し、光三郎は少し突っかかるような物言いをしていた。
しかしそれは、仲が良いが故のおふざけのようなものらしい。
「お察しの通り、修練所の備品室にある
「それは、ご丁寧に」
一見するとサバサバした会話に見えるが、お互い悪気もなく自然に会話しているのだろうと、僕はこの時感じていた。
その後、僕と光三郎は備品室にある物の棚卸を実施した。
テイマーが使用している銃弾は備品の中でも消耗品のため、棚卸の対象外となっている。ただし、弾を装填する拳銃は対象のため、部屋に保管されている銃に取り付けられたQRコードのタグを丁寧に読み込む。
これが、本物の拳銃…
僕は、片手で持てるとはいえ、本物である銃の重さを味わいながら棚卸用のスマートフォンを操る。
僕は、手を動かしながらテイマーの事を考えていた。
思えば、魔術師としてのテイマーをちゃんと見た事がない。彼が
本来は知らなくても仕事をする上では問題ないだろうが、やはり父・道雄の友人だからだろうか。他にどういった仕事をこなしているのか、という素朴な疑問を持ち始めていたのである。
「…ラスボーン先生の事、気になるかい?」
「
すると、同じく棚卸用のスマートフォンを操る光三郎が、僕に声をかけてくる。
「お察しの通り、ラスボーン先生は魔術師の護衛や外部での仕事…。特に、人の世界では浮き彫りにならない案件を取り扱ったりもしているよ」
「浮き彫りにならない…?」
光三郎が語る中、僕は少し意味深な
「僕はただの技術員なので、詳しくは知らないし、知っていたとしても守秘義務があるから言えないけど…。このリーブロン魔術師学校の教師の中で、一部の人間はそういった“外部での仕事”を請け負うらしい。この学校は、普通の人間には公にできない事件や事故を調査する警察みたいな役割も一部担っているからね。加えて、かつての大戦で戦える魔術師が減っている事もあって、
「それを担っているのが、テイマーだけ…っすか?」
光三郎の説明の中、僕が途中で質問を投げかける。
すると、彼は首を横に振ってから答えた。
「僕が知る限りだと、
彼は、備品に目を向けながら答えた。
視線をこちらに向けないのは、単に棚卸をしながらの会話だからなんだろうけど…。ひとまず、嘘はついてなさそうだな…
僕はこの時、何故か相手を疑うような考えを持っていたのである。
その理由は、何故か自分でも解らなかったのであった。
「さて、終了―…」
僕らが棚卸をし始めてから数十分後――――――――――鍛錬を終了したと思われるテイマーが、備品室に入ってくる。
「ちょうど良かった、ラスボーン先生。こちらで片づけておくので、その拳銃を渡してもらってもいいですか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
光三郎に気が付いたテイマーは、弾が空っぽになった拳銃を彼に手渡した。
その理由は当然、彼が使用していた拳銃も棚卸の対象物だからだ。
「さて、これで今日の棚卸分は終了だね」
「じゃあ、照合をここでやっちゃいますね」
光三郎が最後の備品にあるQRコードを読み込んだ後、僕にスマートフォンを手渡す。
QRコードをスキャンした後はパソコンにそのデータを読み込んで照合する作業があるが、これは最初に光三郎がやっていた事を、僕も教えてもらい交互に実施していた業務だ。
「なぁ、二人共。今日の業務は、
すると、ロッカーに預けていた貴重品を取って戻ってきていたテイマーが、僕らに提案する。
因みに、この修練所で鍛錬を行う際、備品を借りて鍛錬をしている間、貴重品は指定のロッカーに預けなくてはいけない決まりとなっている。これは、拳銃のように重要な備品を外に持ち出される事を防ぐ意味合いがあり、逆に備品を返却しないと財布や携帯電話が手元に戻らないようになっているようだ。
この日は僕や光三郎がいたために、彼がテイマーの使った拳銃を片づけてくれたが、備品室も元々は無人の部屋で、そういった物の貸し借りも機械を通じて行っているという仕組みだ。
「僕は別にいいけど、望木先生は?」
「俺もまぁ、少しだけなら…」
テイマーの提案に同意した光三郎は、僕に話を振る。
自分も「あまり長くなりすぎなければ大丈夫か」と考え、同意した。
「じゃあ、念のため…」
「…この音…?」
僕らの同意を得た後、テイマーは右手の親指と人差し指をこすって弾けるような音が響いた。
ただし、この時僕が反応したのは指を鳴らした時の音ではなく、鳴らした後に聴こえた音波の音みたいな
「これは、盗聴防止用の魔術って所かな。朝夫は、“この音”が聞こえるみたいだな…」
僕の反応を見たテイマーは、何故か満足そうな笑みを浮かべていた。
その後、僕ら3人の男達は、備品室にある小さな丸椅子にそれぞれ腰掛けていた。
「さて、下松さんから聞いたと思うが…。俺は、リーブロン魔術師学校では言語学の教師をやる傍ら、外部から来る仕事も請け負っている」
「魔術師の護衛…とかか。それだけ、あんたら魔術師は狙われやすい…?」
テイマーから話を振られ、僕は首を縦に頷いてから話し出す。
すると、彼はフッと嗤いながら話を続ける。
「一応、君も魔術師の一人なんだけどな、朝夫君。まぁ、魔術師が他で敵を作る事が多く、狙われやすい…というのは、あながち嘘ではないと思うよ」
彼の
『朝夫は疲れているだろうし、手短にね』
『だな。盗聴防止の魔術をわざわざかけた上に、俺ら電子の精霊にも話を聞かせようとしている辺り、何か考えあっての事だろう?』
すると、ずっと黙っていたライブリーやイーズがそれぞれ口を挟んでくる。
テイマーは、彼らが宿る機械を一瞥してから、再び話し出す。
「お前ら、アカシックレコードは知っているか?」
「え…?」
この時、僕の心臓が一瞬だけ強く脈打った。
それは、いつもは穏やかで元気いっぱいの表情を見せるテイマーが、この時はかなり真剣な
「元始からのすべての事象、想念、感情が記録されているという世界記憶の概念で、宇宙誕生以来のすべての存在について、あらゆる情報がたくわえられているという記録層…って云われている代物だというくらいは知っているかな」
僕らの間で沈黙が一瞬流れた後、テイマーに対して答えたのが光三郎だった。
「僕は、初耳かな…」
光三郎が言い切ったのを見計らい、僕もテイマーからの質問に答えた。
『まぁ、私達もそのくらいまでなら…』
この時、イーズは腕を組んで考え事をしていたため、代わりにライブリーが答えていた。
イーズが一言も発しなかったところを見ると、おそらくはライブリーと同じ度合いなのだろう。
「でも、何でまたそんな話を…?」
一呼吸を置いた後、僕はテイマーに再び問いかける。
すると、今度はテイマーが腕を組みながら答える。
「…今の所、その外部の仕事をしているさ中で知った話さ。今後どういう
「成程…」
テイマーの説明を聞いて、僕や光三郎は納得していた。
…僕は光三郎の反応よりも、ライブリーやイーズの反応を見ていたような気がするのは…気のせいかな?
僕はこの時、テイマーの表情からそんな事を考えていたのである。
その後、短時間の談話を終えてテイマーと別れた後、僕と光三郎は書物資料保管棟へ戻った。棚卸に使用していたスマートフォンを返却し、僕も光三郎と別れて宿泊棟へ戻る事となる。
テイマーも光三郎も、別れ際に「アカシックレコードの事は他ではあまり話をしないようにしよう」と言い出したのは、話に出ていた「不愉快に感じる奴がいる」事に起因しているのだろうか?
僕は、職員証で自室の扉のロックを解除しながら考え込んでいた。
「……何だったんだろうな…」
自室に入った後、僕は不意に独り言を呟く。
この時、スマートフォンやパソコンに宿る電子の精霊達はすぐに返答できたであろう。ただ、この時は誰一人として僕の呟きに答える事はなかったのである。
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