File 3 機材や道具の棚卸と整理業務;書物資料保管棟他にて

Line 7 日本人の同僚

リーブロン魔術師学校での講師として何度か講義を行い、少しずつ魔術師学校ここでの生活にも慣れてきたある日―――――――――――――ちょうど講義が入っていなかった事から、「書物資料保管棟へ補助に行ってほしい」という通達を受けた僕は、校内案内をしてもらって以来訪れていなかった書物資料保管棟へ向かった。


「やぁ!君がラスボーン先生の紹介で来た、日本人の講師だね!」

「…望木もぎ 朝夫です」

部屋に入って来た僕を迎えたのは、書物資料保管棟に務める職員・下松しもまつ 光三郎みつさぶろうだった。

168センチメートルの身長である僕と大した差はないが、その職員は日本でいう相撲の力士並みにふくよかな体型を持つ男である。

「あぁ、ありがとう。僕は、下松しもまつ 光三郎みつさぶろう41歳。僕は教職員ではないから、苗字とか適当に読んでくれればいいよ」

「はぁ…」

ふくよかでガッチリした外見に反した穏やかな口調で言われたため、僕はどう接するべきか戸惑う事になる。

 口調からして、おかまっぽい気がしなくもないが…。少し安心できるのは、同じ日本人だからだろうか?

僕は、光三郎みつさぶろうを見つめながら思った。

その後、僕は彼から感じる独特な雰囲気から、不意に言葉を紡ぐ。

下松しもまつさん…。マヌエルから聞いたんですが、ドワーフの末裔って本当っすか?」

僕の台詞ことばを聞いた光三郎はこの時、一瞬だけ目を見開いて驚く。

しかし、すぐに穏やかな表情に戻って口を開く。

「…そうだね。君は、このリーブロン魔術師学校に来て間もないから、あまり知らないと思うが…。教職員の外見や種族については、あまり触れない方がいいと思う」

「…もしかして、ハラスメントやら何やらに抵触するって事ですか?」

彼からの返答を聞いた僕は、途端にサラリーマン並の考えを述べていた。

それを聞いた光三郎は瞬きを数回していたが、一瞬だけフッと嗤った後に話し始める。

「そこまで思い詰める必要はないよ。ただ、ここの教職員は、様々な原因で転変者ムリアンになったり、特殊な出自だったりするんだ。自分の口から語りたい教職員ものもいるので、自分から相手に関する話題は出さない…。それが、いつの間にか暗黙の了解になっているとだけ言っておくよ」

「じゃあ、相手が不機嫌になるだけで終わるって事か…。それならば、なるべくしないように気を付けるよ」

「ありがとう、望木先生。では、今日お願いする仕事の話に移ろうか」

話がひと段落した事で、僕が書物資料保管棟ここに呼ばれた理由を明かされる事になる。


「どうかな…っと!」

僕は、身体を伸ばしながらスマートフォンをかざす。

すると、スマートフォンのバイブレーションが一瞬鳴る。それを確認した僕は、元の立ち姿勢に戻った後に溜息をつく。

「そこの棚が終わったら、次はあそこを頼みます」

「了解」

僕が使用しているのと同じスマートフォンを持つ光三郎が、自分に指示を出していた。

この日僕が「補助」としてやる業務というのが、書物資料保管棟ここに保管されている機材や道具の棚卸と整理の手伝いである。

授業で使用する物がかなり多いため、月に2度ほど行っているらしい。それぞれの機材や道具には、QRコードが印字されたタグが取り付けられており、手元にあるスマートフォンに内蔵するQRコードスキャナーを使用して、タグの中身を読み込むという作業工程である。

また、QRコードに埋め込まれているのは英字と数字の混ざった所謂管理番号で、時折スキャンしたスマートフォンの内容をパソコンに読み込み、パソコン内部に保存された機材や道具の管理名簿と照らし合わせて、紛失した機材ものがないかを確認するという流れになっている。

 だいぶ旧式のスマートフォンだな…

僕は、スキャナーとして使用しているスマートフォンを見つめながら、そんな事を考えていた。その端末は、所々が汚れていて液晶画面もひびが入りそうになっていた。そこから考えられるのは、誰かが過去に使用していて、使わなくなった代物を学校側が引き取ったように見える。

「機材や道具が多いという事は…。バーコードでの管理は、していないんすか?」

僕は、左手で機材のタグを持ち、右手でスマートフォンをかざしながら光三郎に話しかける。

「僕も聞いた話なので、詳しくは知らないけど…。何でも、一時期そういう意見が出たらしいけれど“専用の携帯端末が必要になるが、予算的にも厳しいから無理”という事で実現しなかったらしいよ」

「成程…」

光三郎からの返答を聞いて、僕は納得した。

後で思い出す事になるが、以前に務めていた会社の同僚から聞いた事がある。自社に倉庫を持つ企業は、13桁のバーコードを読み込む専用の端末機器を所持していて、棚卸や商品の入庫時に使用するらしい。そして、その端末機器は、性能が良い分結構高めな金額で市場に流通しているという事を―――――――――――

 スマートフォンのQRコードスキャナーアプリなら無料タダで手に入るし、中古のスマートフォンだったら、予算をそんなにかけずとも手に入りそうだからなのか…

僕は、手を動かしながらこのリーブロン魔術師学校が規模はそれなりに大きくても、大企業ほど財政が豊かではないのだろうと感じていたのである。



「望木先生!今日は、食堂からご飯を戴いて来ているから、ここでお昼休憩にしよう」

「了解っす」

棚卸と整理を始めて数時間後――――――――――光三郎の台詞ことばを聞いた事で、時間が正午に近づいている事に気が付く。

熱々を食べたい場合は食堂を訪れるのが一番だが、こういった作業をしている時や食堂から遠い場所にいる場合は、食べ物を器に盛りつけて、自室で食べる事も可能である。これは、書物が保管されている関係で飲食禁止な図書室以外の部屋ならば、どこでも可能な決まりとなっている。

仕事中ジーパンのポケットにしまっていたスマートフォンを取り出した僕は、今が11時50分頃である事を確認する。一方で光三郎は、容器に入れたおかずを取り出し、機材保管室にあるテーブルに並べていた。

「いただきます」

「…いただきます」

食べる用意を終えた僕達は、お互い自身の手を合わせてから食べ始める。

彼が持ってきてくれた食材は、鮭の入ったおにぎりや鶏肉のからあげ。卵焼きといった、日本でもよく食べるような物が多い。

魔術師学校ここの食堂は、優秀だよね!生徒や教職員が多国籍とはいえ、こういった日本食も食べられるし!」

「確かに…。海外でビュッフェとか食べた事はあるが、大抵は洋食だしな…」

おにぎりを美味しそうにほおばる光三郎を見ながら、僕も話に同調していた。

「うんうん!それにしても、日本人の職員は少ないから、望木先生が来てくれて心強いよ!礼儀正しいし…しかも、情報リテラシー担当だから、精密機器とかにも明るいから尚更!」

「…褒めたって、何も出ないっすけどね」

相手が満面の笑みで話してくるため、僕は思わず俯いてしまう。

それは、僕がここ数年味わっていなかった「照れる」という感情だった。

「そうだ。僕はこのリーブロン魔術師学校に来て知ったんだけど、“いただきます”と口にする習慣は、日本ならではらしいね」

「みたいっすね。父から聞いた事あるっすけど、海外ではフランス語を借りて「Bon apetit! 《ボナペティ》」と言うみたいだけど…直訳が“良い食欲を”だから、日本の“いただきます”と全く意味合いが違うやら何やら…」

その後、僕と光三郎は、お昼ご飯を食べながら他愛もない会話をしていた。

彼曰く、教職員で日本人なのは僕と光三郎のみらしい。講義等で翻訳機を使用する際は、ちゃんとした日本語を話さないと上手く翻訳されないというデメリットがあるが、その翻訳機を使用せずに気軽に話せる相手が増えたという事は、僕にとっても良い兆しだったのかもしれない。加えて、相手の温厚な性格が人付き合いの苦手な自分にはちょうどよかったのだろう。

同じ国出身の二人が、仕事やそうでない事を語り合う時間が続く。


「そういえば…。実習を担当していないのもあるが、まだ実際の魔術を見た事がないかもな」

「そうなんだ!僕もあまり得意な方ではないが…良かったら、見せてあげようか?」

「それは有難い!」

僕が不意に呟いた事に対し、光三郎がすぐに応じてくれた。

少し誘導尋問を僕はしていた訳だが、相手の表情かおを見て少し罪悪感が生まれる。

「じゃあさ…」

どうすべきか迷った僕は、少し右手の人差し指を小刻みに回しながら口を開く。

「魔術を見せてもらったら、僕も…電子の精霊を下松しもまつさんにお見せしますよ!」

「それは、良い考えだね!」

僕の提案を聞いた光三郎は、普段以上に表情が明るくなったのである。

「えっと、それじゃあ…」

食べ終わったお昼ご飯の容器を片づけた後、光三郎は周囲を見渡す。

目的の物を見つけた彼は、そこへ駆け出して箪笥の引き出しに入っている物を取り出して戻ってきた。

「植物の…種?」

テーブルの上に並べられた物を見た僕は、首を傾げながら言葉を紡ぐ。

僕の反応を見た光三郎は、首を縦に頷いた。

「生徒達の実習で使う、マンドレイクの種さ」

「マンドレイクって…。人参みたいな形に育つ植物…?」

「日本語で言うと、そんな所かな。因みにこれは消耗品で棚卸対象の備品ではないので、1粒2粒くらいなら使っても問題ない代物だね」

僕に種の説明をしながら、彼は2・3粒ほどマンドレイクの種をテーブル上に並べ始める。

「…っ…!?」

種を並べた後、光三郎が右手をかざして何かを唱えた後―――――――――――目の前で起きた出来事に対し、僕は目を丸くして驚く。

種が割れたかと思いきや、そこからゆっくりではあるが芽が出始めたのだ。どういった原理で術が行使されているのかはわからないが、生まれて初めて見た魔術に対し、僕は少しだけ心が踊りだす。

「魔術は不得手な方だけど…。やはり、大地を司るドワーフの血を引いているからかな。こういった植物や土を媒介にした魔術なら、少しだけできる…って所だね」

僕が感激しているのを察したのか、彼は嬉しそうに語っていた。


「では、僕の方も…」

光三郎の魔術を見て満足した僕は、自身のスマートフォンとMウォッチを取り出す。

いつものように父が開発したアプリを起動し、パスワードになる四字熟語を口にする。書物資料保管棟の職員は、最初はその過程を見守りながら「成程」と言いたげな表情かおをしていたが、具現化したライブリーやイーズを視認すると、瞳を輝かせていた。

『ドワーフの血を引く日本人…。それって結構珍しいのね!』

光三郎と会話する中で、ライブリーが始めに口にしたのが、この台詞ことばだった。

そして、この時に彼が少し哀しそうな笑みを浮かべていたのを何となく覚えている。

 人は誰でも、秘密は持っている。それを語るか否かは、本人次第って事か…

僕は彼らの会話を見守る中で、そんな事を考えていた。この時既に、彼が僕にはまだ語ってくれていない事があるのは察していたが、あまり掘り下げるのは不躾だと思い、余計な詮索はしなかったのである。

これは、魔術師学校という特殊な環境だからこそという訳でもなく、人付き合いをしていく上では必要な事なのだろうと改めて認識したのであった。


「さて!休憩もたっぷりしたし、棚卸第二弾といきますか!」

光三郎によるこの台詞ことばを以って、お昼休憩が終了となる。

「あれ?でも、この部屋にある機材はほぼ終わったっすよね?」

「うん!でも当然、“この部屋にない機材”もあるし…。ひとまず、“棚卸が必要な機材”をやるだけなので、移動するよ!」

「…了解」

「まだあるのか」と内心で思いながら、僕は了承した。

その後、僕と光三郎は、棚卸に必要なスマートフォン等を手提げ袋に入れた後、機材保管室このへやを後にする事となる。

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