Line 2 魔術師の相棒

魔術師―――――――それは、己の内なる魔力をエネルギーに変換して、術を行使する者を指す。旧き時代ときに起きた大戦で、多くの魔術師や魔女が死に絶えたという話は、夢物語のような真実だとテイマーは語る。

「まぁ…電子の精霊は、他の妖精や人外の者に比べると、比較的新しい種族だからね。そういった魔術師のしがらみとは、ほとんど無縁だろうが…」

魔術師について神妙な面持ちで語るテイマーだったが、この台詞ことばを皮切りに、元の明るい表情へと戻り始める。

そして、彼の視線がライブリーの方へ向いていた。

『ところで…朝夫は、グレムリンくらいだったら、どんな存在か知っているわよね?』

「機械に悪戯をする妖精…だよね?」

『そう』

すると、話しても大丈夫な雰囲気と悟ったライブリーが口を開く。

僕は、一応知っている存在である事を彼女に告げた。

『コンピューターネットワークが物質世界アッシャーに誕生した際に生まれた意識集合体が、グレムリンとの奇跡的な結合を果たしたの。その後に生まれたのが、私達“電子の精霊”なのよ。そんでもって、私らを認識できる事に加えて具現化できる存在も、かなり限られているのよね?』

「あぁ、そうだね」

ライブリーは、口を動かしながら父の方を横目で見る。

すると、父は彼女の台詞ことばに対して、同調の意を示していた。

「わたしの家系は、魔術で特別に秀でた分野はない一族なのだがね…。おそらく、生物寄りの存在と相性が良いのかもしれない」

「講師をする理由も、そこにあると…?」

「その通りだね」

呟くように語る父に対して僕が問いかけると、彼はすぐに答えを出してくれた。

 このテイマーとかいう男は、少し胡散臭い雰囲気かんじがするが…。父さんが、こんな大それた嘘をつくはずないし…

僕は、内心で疑心は少し残るものの、彼らの話が真実である。あるはずだと、信じてみようとこの時に思い始める。


「ところで…学校って事は、教師免許持ってないとまずいのでは?あと、大まかにどういう内容教えるとかの、フォロー体制はなっているのか??」

僕は、今現在疑問に感じている事を、テイマーや父さんに向かってぶつける。

因みに、父は大学時代に教職課程の単位を取得しているため、なろうと思えば教師になる事は可能だ。おそらく、そこも講師を受ける事ができる理由の一つなのだろう。

「具体的な教え方は、ちゃんと後日指導するよ。そんで、君が魔術師学校で教えてもらう内容というのが、パソコンの使い方やネットワークの仕組みを学ぶ“情報リテラシー”だね」

テイマーがそう告げた途端、僕はとても嫌そうな表情かおをする。

 何だか、現職と似たような分野のような…

僕は、内心でそう考えていた。というのも、今の情報システム部での仕事は、正直好きでやっている訳ではない。仕事をする上で必要と思い、プログラミングや文書作成ソフト等の使い方等は学生時代に勉強をしてきている。しかし、そういった勉強をし始めたのも、元を辿ればライブリーの存在が中学時代よりあったため、自然と情報機器に接する機会が多かったからだ。要は、好きでやっている仕事ではないため、他人に教えるという事に対しては、かなりの抵抗感があるというのが現状だ。

僕が一瞬見せた表情から雰囲気を察してくれたと思ったが、この碧眼の魔術師は引き下がってくれなかったのである。

「魔術という特殊な術を学ぶ学び舎故に、教える側も必ずしも教職免許を持っていなくてはいけないという事はないんだ。現に、今現在教鞭に立つ者達の中には、教師でない者もいるからね。免許云々よりも、“魔術が使える素養がある”といった素質の方が必要不可欠だ。それと…」

テイマーは、仕切りをなくして流れ込む濁流のような勢いで話を続ける。

「君が生徒達に教える事で電子の精霊を扱える人間ものが増えれば、ライブリーとしてもありがたいのではないかな?」

彼は、ライブリーを指さしながら述べた。

『まぁ、確かに…。私らは、コンピューターネットワークにうようよしているデータが食べ物みたいなものだし…。それを得る機会をくれる人間が増えるなら、同胞達みんなも喜ぶし、一石二鳥かもね!』

ライブリーは、右手の指を顎にあてながら答えていた。

「…ひとまず、教職免許がなくても大丈夫なのはわかった。でも、僕みたいに愛想のかけらのない奴が教師なんて…務まる気がしない…」

「朝夫…」

僕は、俯きながら自身の右手で左腕を掴んでいた。

その表情を見た父が、何かを察したのか―――――――――――目を細めていたのである。

「朝夫…。父さんは事故に遭う前、テイマーによる案内の下、件の学校を一度視察したんだ。まぁ、大体見た雰囲気ではあるが…。わたしが見た限り、“おかしな事をする人間”はいなそうに感じた。それに、セキュリティー面もしっかりしていると聞いているから…きっと“大丈夫”だよ」

「…っ…!!」

父は、僕に対して諭すような口調で話す。

テイマーは、父が述べた意味深な台詞ことばの真意が解らずに首を傾げていたが、僕はすぐに気付いた。この時、瞬きを数回した僕の心情は強く脈打っていたのをよく覚えている。同時に、過去に起きた出来事の断片が脳裏に一瞬だけ浮かぶ。

身体に少しだけ鳥肌が立ったが、おそらく気が付いたのは、側にいたライブリーだけだろう。その後、僕達の間で少しだけ沈黙が走る。

「なら、父さんの傷が完治するまでなら…」

僕は、少し低い声でそう告げる。

内心では複雑な想いを感じつつも、僕は、魔術師学校で父の代わりに講師を務める事に同意する事となる。



「おぉ…。ここに来るのは、2年ぶりくらいかな…?」

「あんた…。ここに、一度来た事があるんだ…」

その後、父と別れた僕は、テイマーと一緒に実家へたどり着いていた。

今の台詞ことばは、部屋の鍵を開けて中に入って来た時のものである。

僕の母親は、幼い頃に亡くなっている。そのため、父と二人暮らしになってからはこれまで住んでいた一戸建て住宅を引き払って、この賃貸住宅で暮らしていた。

大学入学をきっかけに僕が上京したため、父はこの集合住宅でしばらく独り暮らしをしていたという事になる。

「父さんのパソコン…あった!」

僕は居間に入ると、指定された場所からすぐに探し物を見つけ出した。

入院中に必要な物は、既に小父さんが父の元へ届けてくれたため、僕が病院に再び戻って何かを届ける必要はない。一方で、父からは「しばらく使えないので、持っていってくれ」と言われた物があり、それを取りに行くために実家へ立ち寄ったのである。

「お父さんのパソコンは、見つけたかんじかな?」

「あぁ、すぐに見つけた」

「じゃあ、そろそろリビングにあがっても大丈夫かい?」

「…あぁ」

すると、玄関の方からテイマーの大きな声が響く。

僕は、探し物をすぐに見つけたので入っても大丈夫だと彼に促した。というのも、父の友人とはいえ、テイマーをまだ完全に信用した訳ではない。そのため、父の大事な物――――――電子の精霊が宿るパソコンの在り処を知られないように、玄関で一度待機させていたのだ。

「見つけるまで、玄関で待機してくれ」と言われた際、彼は一瞬だけを細めたが、すぐに納得してくれた。おそらく、割と話のわかるやつなのかもしれない。

「じゃあ、ひとまずお昼ご飯を食べてから、作業をしようか!」

テイマーは、そう告げながら来る途中で買ったファーストフードの袋を僕に見せびらかす。

「いや、作業を終わらせてからの方が…」

僕がその先を告げようとした途端、腹の虫が鳴り始めたのである。

それを耳にしたテイマーは数回瞬きをし、僕は恥ずかしくて頬が真っ赤に染まった。

「………やっぱり、食べてから作業をしよう」

数秒ほど沈黙が続いた後――――――僕は、耳まで真っ赤に染まった状態で、呟くように述べる。

それを見たテイマーが大笑いをしたのは、言うまでもない。


「…さて。お腹いっぱいになったし、やる事をやったら帰るか」

お昼ご飯を食べた後、満腹になった僕は、その場で呟く。

『イーズに会うのは、久しぶりかも!』

「…そうなのかい?」

ライブリーが、楽しそうな笑みを浮かべながら、その場で呟く。

その台詞ことばに反応したのは、テイマーだった。

「電子の精霊は、コンピューターネットワーク上を自由に移動できる存在なんだろ?それだったら、パソコンとかなくても交流できると思うが…」

『そうね。無論、情報機器がなくても交流は可能よ。ただ、“機械の中にいると気持ちよく休める”というのを知ると、暇な時は電子機器の中が気に入って、会う機会も減るってものよ』

テイマーの疑問に対し、ライブリーが目の前を飛びながら答えていた。

因みに、ライブリーは具現化すると飛ぶ事が可能だ。先祖にあたるグレムリンは飛ばない妖精のため、何故彼女が飛べるのかはまだよく判明わかってない。

そして、これから会う電子の精霊・イーズも、彼女と同じように飛ぶ事ができる精霊ものだ。

父から教わったパソコンのパスワードを元に機材を立ち上げ、病院でも使用したアプリケーションを立ち上げる。因みに僕は、メモを取るのはデジタル派なので、スマートフォンのメモ用アプリケーションを使用する事が多い。今回は、父からパスワードの記載されたメールを転送してもらったが、もし紙のメモで教えてもらっていたら、スマートフォンに記録して保存していただろう。

当然ながら、僕のスマートフォンには覗き見防止のフィルムが液晶画面に貼られているため、横から覗き込まれても父のパスワードがばれる心配はない。

晴耕雨読せいこううどく

僕は、パソコンの液晶の前で四字熟語を読み上げる。

病院でも似たような事をしたが、この四字熟語は毎回同じ単語を読み上げる訳ではない。それこそ、パスワードが第三者に知られてはまずいため、ネットバンキングでよく使われるワンタイムパスワードと同様に、アプリケーションを使用する度に鍵となる四字熟語ことばが毎回変わるという仕様になっている。

『朝夫じゃねぇか!久しぶりだな~』

四字熟語を読み上げてから数秒後、僕らの目の前には、黒髪短髪で色黒い肌を持つ白い長そでTシャツに、少しちぎれたジーンズを履く電子の精霊が具現化していた。

『…って、あれ?道雄の奴がいねぇなー…』

黒髪で金色の瞳を持つ精霊―――――――――イーズは、周囲を見渡す。

その台詞ことばを聞いた僕は、自身の唇を噛みしめる。数秒後、僕は閉じていた唇を開いて話し始める。

「父さんからの伝言で、“交通事故でしばらく動けないから、僕の手助けをしてやってほしい”との事なんだ」

『マジか!!』

僕の台詞ことばを聞いたイーズは、目を見開いて驚く。

ライブリーと同様、父が若い頃から一緒だったというイーズは、父の性格もよく知っている精霊やつなので、戸惑いは相当だろう。

その後、僕は父がスマートフォンで自身のパソコン用メールアドレスに送ったメール本文を見せ、詳細をイーズに報せた。また、所々不明な点は、僕やテイマーが代わりに答える。これによって、イーズがどういった経緯で自分が僕の補助をする事になるのかを知る事ができた。

『俺も最近知った話だけど、日本でも2020年とやらにプログラミングが必修化されるんだろ?そりゃあ、人間の中で溶け込んで暮らす魔術師だって、そういった新しい知識は必要だろうよ!』

僕が魔術師学校の教鞭に立つ事に対しては、すぐに納得していた。

 むしろ、難しく考えているのって、僕だけか…?

イーズの話を聞きながら、僕はそんな事を考えていた。

「…では、道雄の相方にも会えたし、東京戻ろうかね!」

『おっしゃ、久しぶりの東京!』

『イーズもいるから、帰りは退屈しなくて済みそう♪』

話がまとまった後、テイマーの台詞ことばを皮切りに、僕らは出かける仕度を始める。

「…朝夫君」

「…何?」

ライブリーやイーズが楽しそうに話す中、テイマーが僕の名を呼ぶ。

「教職員として通う上で必要書類の準備や、諸々…。実家ここでやるよりは、帰りの新幹線の中で話を進めるという事でどうかな?」

「…確かに、その方が合理的っすね」

この時は、彼の提案がちょうど良いと感じたのか、僕も同調の意を示す。

その後、準備を終えた僕達は、東京にある自宅へと帰還するのであった。



「何だか、新しい学校へ転校した時の感覚に似ているな」

地下へ続く魔術師学校の入口を歩きながら、僕はフッと嗤う。

『そっか…。朝夫は一度だけ、転校した経験があるんだもんね?』

その呟きに答えたのは、Mウォッチに宿るライブリーだった。

『あれからイーズの協力もあって、“教える準備諸々”は、ちゃんと終えたわ。なので、君は安心して教壇に立ってね』

「あぁ…。ありがとう、ライブリー」

僕は、相方の頼もしい台詞ことばを聞いて、素直に礼を述べた。

歩きながら語る僕達の視界は、真っ暗な通り道の奥にある明るい場所が見え始める。

 さて…ひとまずは、やれる事をやろうかね…

僕は、肩の力を少し抜きながら、その明るい場所へと足を進めるのであった。


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