第27話

 真昼は、布団を片づけて、ベッドに腰かける。


「君は、朝ご飯はもう食べたの?」真昼は訊いた。


「うん、食べたよ」月夜は答える。


「美味しかった?」


「うん、美味しかった」


「本当かなあ。なんか、君って、僕の質問に素直に答えてくれるから、ときどき、本当かどうか、疑わしくなることがあるんだよ」


「素直に答えているのが分かっているのなら、疑わしい、というのは、おかしいと思う」


「うん、まあ、そうだね」


「今日は、どうして私を呼んだの?」


 月夜は、気になったから、素直にその質問を口にした。


「ああ、うん……」真昼は言葉を濁す。「ちょっと、訊きたいことがあって……」


「何?」


「僕に、勉強を教えてくれないかな?」


「私が?」


「そうだよ」


「どうして?」


「うーん、僕の知能レベルでは、とても解決できそうにないから、かな」


「具体的に、どういうことを教えればいいの?」


「数学の問題の、解き方について」


「学校で、教えてもらわなかったの?」


「いや、教えてもらったよ」真昼は言った。「それでも、理解できないところが、何ヶ所かある。だから、君に教えてもらったら、もう少し理解できるかな、と思って」


「解決方法は、沢山あるから、私に頼らなくても、できると思うよ」


「それは、君は、僕に教えたくない、ということ?」


「ううん。どうして?」


「なんか、申し訳ないことしたかな、と思って」


「健全なお願いだから、申し訳なくはないと思うけど……」


「ああ、いや、それならいいんだよ」月夜が俯いてしまったから、真昼は慌てて取り繕った。「まあ、君の言っていることは正しいけど、僕は……、そう、君に教えてもらいたいんだ」


「どうして?」


「だって、君がいいから」


「教える内容が同じでも、私がいい、ということ?」


「うん、そうだよ」


「じゃあ、教える内容が何であっても、教えるのが私だったら、貴方には利益が齎される、ということだね」


「そうそう。そんな感じ。一緒にいると、楽しいからね」


「うん、私も楽しいよ」


「あ、そう? じゃあ、なおさらいいね」


「でも、人に何かを教えるのは、想像以上にエネルギーを消費して、疲れるから、あまり、得意ではないし、できるなら、やりたくない、とも思う」


「それは誰だって同じだよ。まあ、そこをなんとか、お願いしたいんだ」


「でも、君と一緒にいると楽しいから、プラスマイナスゼロになって、大丈夫」


「大丈夫、というのは、どういう意味?」


「疲れるのと、楽しいのが、中和されて、ゼロになる、という意味」


「分かった」


「もう、勉強するの?」


「いや、まずはご飯を食べてから」そう言って、真昼はベッドから立ち上がる。「今日は両親がいないから、自分で作らないと……。ま、けっこう、そういうことは多いんだけどね」


「うん」


「あ、君に作ってもらえない?」


「いいよ」


「え、本当に?」冗談のつもりだったから、真昼は驚いた。「それは、本当に、作ってくれる、という意味?」


「えっと、ほかにどんな意味があるの?」


「いや、ないけど」


「何が食べたいの?」


「えっとね、オムライス、かな」


「材料は、この家にあるものを、使っていいの?」


「もちろん。まさか、君に、買ってこいなんて、言うはずないじゃないか」


「そっか」


 二人揃って部屋を出て、階段を降りてリビングに向かった。キッチンはリビングの先にある。リビングには、月夜の家と同じように、大きなテーブルが置かれていて、椅子は合計で四脚あった。四脚ということは、家族も四人なのかもしれない。月夜は、真昼家の家族構成について、詳しいことは知らなかった。両親がいるのだから、三人以上であることは確実だが、それ以上は何もいえない。ペットを飼っているか否か、ということについても、彼女は何も知らなかった。


 月夜はキッチンに入って、冷蔵庫の扉を開ける。後ろから真昼がやって来て、彼の母親がいつも使っているエプロンを、彼女に手渡した。


 月夜はそれを身につける。


「うん、なかなか似合っているね、それ」真昼は言った。


「そう?」


「うん……。君は家庭的な柄じゃないけど、でも、やっぱり、エプロンを付けている女の子って、魅力的だよね」


「それは、エプロンが、魅力的だからだと思う」


「いやいや、そんなことはないよ。そんなの、あまりに酷いじゃないか」


「うーん、そうかな……」


「まあ、じゃあ、頼むよ。僕は、その間に、勉強しているから」


「うん、分かった」


 真昼はキッチンから出ていく。といっても、自室に戻るわけではないらしい。リビングのテーブルに教材を広げて、そこで勉強するつもりらしかった。聞いたところによると、彼は、多くの場合、あまり自室で過ごさないらしい。両親がいないことが大半だから、狭い自室よりも、リビングの方が開放的で落ち着く、とのことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る