第7話【 異世界のトリセツ その二 】

「SYMっていうのはさ、簡単にいうとトーヤたちの世界でいう携帯電話みたいなものだよ。小型で耳に掛けることができる便利なツールで、電話やメールはもちろん、特定のボタンを押せば左目の前にホログラムの映像が映って色んな情報を得られるんだ。それこそ、セントラル中央特区の情報——まぁ、主に最新のセイバーランクや懸賞金の額、各ランクの任務概要とか。あとはターミナルのアークの出航記録を見ることが出来たりとかさ。それよりも特筆すべきはね—―って、聞いてる?」


 コンは頬をふくらませ不服そうに言った。


「聞いてるよ。ただ、慣れない言葉ばかりで脳みそが処理すんのを諦めてんだ。清流のごとく、右から左へ流れていってる」


「それ、聞いてるって言わないんだよ」


 その容姿も相まって、不貞腐れるコンは子供そのものだ。地球で出会ったグラマラスな美人はどこへやら。しかし思い返してみれば、中身や言動は今とほとんど変わりはないように思える。むしろ狂気が削がれているような気がする。


 桃也たちは王都へと続く林道を歩いている。まるで散歩でもしているかのように、一人軽快なリズムで歩みを進める赤毛の少女(未だ名前不明)と、恐る恐る辺りを見回しながらそれに続くキッド。桃也は見失わないよう、そして会話(独り言)を聞かれないよう、二人の後ろを適度な距離を保ち歩く。


「SYMの凄いところわね、翻訳機能なんだよ。ほら、宇宙とか異世界とかだといろんな言語があるでしょ? でもSYMを身に着けてれば、全部母国語で聞くことができるの。さらに凄いのは、SYMを身に着けてない相手にも話す言葉はきちんと通じるところなんだ。話した言葉が、同時翻訳で相手の脳に寸分の遅れもなく現地の言葉で届くんだよ。すごいでしょ? あと、マイクロSYMっていう体内に埋め込むタイプがあるんだけど、すんっっごく高いからそうそうお目にかかれないんだよね」


 コンは話すのをやめない。間違えて桃也を連れてきたことに、多少なりと後ろめたさを感じているのだろうか? 少しでも有益な情報を提供しておかないと、桃也の身の安全は保障できないといっていい状況だ。


「SYMってのがスゲー便利で必要不可欠だってことはよくわかった。そこで質問なんだが、SYMを装備してない俺がなんで連中と会話出来てんだ?」


 人のナリをした宇宙人と奇跡的に会話が出来ていたとしても、ワニやタコとまともに会話できるとは到底思えない。


「いい質問ですネ!」

 レスポンスが嬉しかったのか、コンは声を弾ませる。

「さすがはソージの息子ってとこかな。やっぱり、親子揃ってサラブレッドなんだよ」


「は?」


「トーヤはさ、SYMに頼らなくてもいい特異体質なんだ。いわば、選ばれし者なんだよ」


「俺のデコにロトの紋章でも刻まれてるってか? アホらしい」


「だーかーら、トーヤはSYMなんか無くたって脳内で翻訳が可能だし、相手の言語に合わせて言葉を発せられるんだよ。トーヤが意識するしないに関わらずね」


「つーことはアレか? 俺は日本語しか喋ってないつもりでも、はたから見りゃめちゃくちゃ多言語を操る天才にみえるってわけか?」


「そゆこと。だいぶ飲み込めるようになってきたじゃん」


(これだけデタラメなことが起こり続けてたら、疑う方が骨が折れるわ……)


「なぁ、コン。お前いったい何モンだ?」


「ボク? ボクはスカウトマンでありナビゲーターであり精霊だよ」


「どれか一つにしてくんねーか、頭がおかしくなりそうだ」


「そうだなぁ、周りはのことを〝エレメンター導きし精霊〟って呼んでるね。まぁ、異世界をサポートしてくれる心優しき精霊として認識しといてよ」


「優しい、ねぇ……俺の身体をバラバラにしようとしたクセに……」


「あはっ、やっぱり騙された?」


「——あ?」


「ボクの演技、なかなかだったでしょ? でも、あの感じだとソージには見抜かれちゃってたなぁ」


 桃也は自身が騙されていたこと、件の強襲が演技であったことに驚きを隠せない。

 

「〝いくら変身能力に長けてても、中身が子供だから迫力がない〟って、いつもソージに言われてたんだけど。まぁ、トーヤが騙されてくれたならいいや」


「……あのなぁ、マジで怖かったんだぞ!」


 理解不能な出来事が立て続けに起こり、さらには命の危険にさらされた桃也にとっては魂の訴えだった。

 ゴメンゴメンと軽く謝るコンは、いたずらに舌を出してみせる。この感じが桃也の調子を狂わせる。深刻な状況下に置かれた桃也と、ピクニック気分のコンでは温度差があり過ぎるのだ。


 それからの道中、桃也はこの世界に関するエトセトラを訊ねた。

 SYMは前述の通りで、救世主セイバーとは数多ある異世界を巨悪から救う者たちの名称である。彼らはランク付けされており、1~9までのランク者が〝シングル〟10~99までが〝ダブル〟100~999までを〝トリプル〟と呼ぶ。それ以降は〝無印〟と呼ばれ、主に桃也らルーキーたちがこれに当てはまる。1~999のランク者は〝ナンバーズ〟と呼ばれ、体の一部に数字が刻まれている(普段は見えず浮かび上がってくる仕様であり、桃也が船内で見た赤毛の少女の手の甲の数字がそれにあたる)。

 肝心のランクは、任務の難易度とそれによって支払われる懸賞金によって決まる。任務の難易度は、S~Eまでに分かれており船頭と呼ばれる高ランクの救世主が引率するケースが多い。E級の任務ならトリプルの船頭と無印たち、A級の任務ならばシングルの船頭とダブルたち、といった具合に。

 宇宙から異世界へ。彼らはターミナルから渡航船アークに乗り、各々が目指す異世界へと旅立つ。ある者は正義のために、ある者は金や名誉のために。そしてある者は望まぬ使命のために……。


「ターミナルの他にも、さっきも言ったセントラル中央特区ってのがあるんだけど、簡単に言うと救世主たちが住む都市のことなんだ。まぁ、それについては無事任務を終えてから説明するね。死んじゃったら意味ないし」


(おいおい、さらっと恐ろしいことを言うなよ……)


 コンの他人事のような発言に、桃也はゲンナリしながら歩みを進める。


「さっき、スカウトマンって言ったよな? なんで親父だったんだ?」


「それはソージの力がそれだけ強大なものだったからだよ。言ったでしょ? 親子揃ってサラブレット、選ばれし者なんだよ。一目見た瞬間に決めたね。絶対に彼をスカウトしようって」


「なんじゃそりゃ、程度の低いお見合い番組かよ。だいたい、スカウトじゃなくて拉致だかんな?」


「失礼だなぁ、ちゃんと借金は肩代わりしてあげたんだよ。契約内容をちゃんと読まなかったソージが悪いんだもんね」


 それは大いにある。知人の借金の保証人になる能天気な父親を容易に想像でき、桃也はそれ以上何も言えなかった。


「——で、なんでこんなモノ被せた?」


 思い出したかのようにパンツを差し出し、青筋を立てながら桃也が問う。


「まったくトーヤは欲しがるねぇ。言っとくけど、異世界モノに細かいことは禁物だよ」


「あん?」


「あまりグダグダ長いこと説明文が続くと、読者だって飽きちゃうでしょ?」


「読者だぁ?」


「大事なのは展開と驚き。——ほら、モンスターのお出ましだよ」


 桃也たちの行く先、赤毛の少女とキッドの前に、地球ではまずお目にかかれない化け物が道を塞いでいた。

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