5話 自己紹介

 ♤


 我がクラスは計37名の1年3組。俺の席は中央の列廊下側、一番後ろの席。当然、最初の座席は名簿番号順なので、目の前には砂流。死ねばいいのに。


 背後に死ね死ねオーラを送っていると、教室の引き戸が勢いよくガラガラっと開いて、一人の男性が入ってきた。


 担任だろう。しかし若い先生だ。


 青いネクタイに紺色のスーツ。寝癖を申し訳程度に整えたボサボサ髪。気怠そうな表情。覇気のない、今時のサラリーマンのようなこの男性が俺らの担任らしい。


「えー、俺はこの1年3組の担任になった星草ほしぐさです。一年間よろしくー。じゃ早速連絡ねー。まず、このあとすぐに入学式あって、んで終わったら配布物を配ります。あーと、そのあとはやることないから自己紹介でもするか……。そんなわけだから、なんか各々考えとけよー。俺の自己紹介もそこでするわ」


 なんか、思った以上にテキトーな人だ。いやまぁ、ガッチガチの体育教師が担任よりかは一億倍マシだけど、でもこのタイプの人は不安になる。


 でも別に関係ないだろう。俺もテキトーに適当な自己紹介考えよう。


「んじゃお前らー。廊下に二列で並べー」


 お前らて……。男子生徒に君付けで、女子生徒にはさん付けで呼んだら「性差別だ」と騒ぐ近年、お前らて……。


 ♡


 入学式は校長先生のありがたーく、クソどうでもいい話をあくびを噛み殺しながら聞き流し、生徒会長の緊張しきった話も聞き流し、現地解散で体育館からわらわらと教室に戻った。


「んじゃ自己紹介なー。まず俺、星草稲穂ほしぐさいなほ。えー、担当科目は現代文と美術。あと今年でー、26だと思う。あんまり厳しく取り締まる気はないけど、常識ある行動頼むぜー。以上」


 担任の星草先生が自己紹介すると、


「んじゃ一番からいくぞー。えーっと青木くん」


名簿と睨めっこしながら名前を呼ぶ。


 青木。犬川。岩田。大谷…………。


 そこから段々と私に近づいてきて、いよいよ私の番。ここでポカせば高校生活が水の泡。


 緊張する。


 少し低めの男性トーンを意識して。


「はじめまして。砂流夜麻です。農中から来ました。趣味はバスケです。あぁでも、あまり上手ではないんですけどね。これから今年一年よろしくお願いします」


 最後に爽やかな笑顔を見せる。


 ふっ、決まった。自己紹介がスムーズに出来るかどうかでこの後が変わると言っても過言ではない。ポイントは「話しかけやすいタイプ」だと思わせること。笑顔でハキハキと喋ること。


 これを抑えていれば自然と友達はできる。そうすれば男は近寄ってきてそして…………ぐふふ。


 おっと危ない、理性、理性。


「ねぇ、あの人イケメンじゃない?」

「わかる。めっちゃカッコいいよね」

「彼女とかいないのかなぁ」


 端っこの方にいる女子数人がヒソヒソと話しているが丸聞こえだ。


 すまないねぇ私は女であって、あなたたち脳内お花畑に興味はないんだ。



 ♤


 心底嫌だが、砂流の後に自己紹介することになる。当然気は乗らないけど。


 はぁ、と一呼吸置いてから、女声を意識して言い放つ。ミスれば高校で変態のレッテルを貼られ兼ねない。


 緊張しつつも口を開く。


「はじめまして。武田后谷です。農中から来ました。あまりこっちに詳しくないので、教えてくれるとありがたいです。よろしくお願いします」


 最後に柔らかい笑顔を見せる。


 ふっ、決まった。自己紹介がスムーズに出来るかどうかでこの後が変わると言っても過言ではない。ポイントは「話しかけやすいタイプ」だと思わせること。笑顔を絶やさずゆっくりと喋ること。


 これを抑えていれば自然と友達はできる。そうすれば女は近寄ってきてそして…………ぐふふ。


 おっと危ない。理性、理性。


「なぁ、あの子可愛くない?」

「わかる。めっちゃ美人」

「彼氏とかいるんじゃね?」


 端っこの方にいる男子数人がコソコソと話しているが丸聞こえだ。


 すまないねぇ俺は男であって、お前らお猿さんに興味はないんだ。



 ♡


 失敗しないものだなぁ。どうせなら噛んでしまえば、可愛い可愛いとモテはやされて、かなり人気になるだろうに。主に男子に。


 そうしたら私の野望は前進するんだけどなぁ。でも、武田でBLするのはなぁ。普通にキモいなぁ。


 それにしても。


 近くに美少年がいる。あの変態野郎ではなく、斜め前の結構近くに、イケメンがいる。


 スラっと伸びた手足。引き締まった体。少し眠たそうな垂れ目をしていて、今でもウトウトしている。細い目だが愛くるいく、顔立ちもひどく整ってる。


 あいつ(現在乙女中)などには似ても似つかないような、圧倒的な差がある美少年がいる。雲泥の差。いわゆる「月とすっぽん」。


 この自己紹介終わったら声かけてみよう。


 などと考えてると、ちょうどその男子に自己紹介が回ってきた。


「あ、僕か」と言ってムクっと立ち上がる。


「えー、『つがく りゅうと』です。都市の都に娯楽の楽で『都楽』。龍は……、何も思い浮かばないんで別に覚えなくていいです。あーっと、…………特に何もないんで、以上です」


 自己紹介終わり。


「…………」


 誰しもが思ったであろう。


「えっ、短」と。


 もっと何かあるだろう、と。趣味や特技を話せば友達作りに役立つはずなのに、それすら言わないなんて。


 しかし私は内心こう思っていた。


 ドンピシャキタコレ!なにこの天使!マジ尊い!お持ち帰りしていいですか!?


 一見受けになるが、いざと言うときは自分から攻めに転じる、「俺だって、やるときは……やるし……」って感じの!やだ妄想はかどっちゃう。


 心の中で出たヨダレを拭う。


 おっといけない。生理、生理。


「……なんか寒気する…………」


 着席と同時に何かを感じ取って都楽くんはブルブルっと身震いした。少しキョロキョロとして犯人を探すも、ほぼ真後ろにいる私には気付かない。


 しかし真後ろの男は気づいたらしく、シャーペンでつつかれ、


「おいテメェ。なに罪無い高校生にいかがわしい目線向けてんじゃねぇよぶっ殺すぞ」


と殺人予告をされる。


「は?何言ってるか意味わかんない」

「誤魔化すならよだれ拭いてからにしろ」

「いっけね」


 心のよだれは吹いたんだけどな。制服の袖で口元を拭う。


「………………?」


 都楽は少し訝しげに私ら二人を見るだけで、特に何も言わず、またうとうとと居眠りを始めた。


「…………アリね」


 こうして、我が砂流BL試験に合格した都楽君は、めでたく自己紹介後に声をかけられた。


 私の心など露知らずの彼は「友達にならない?」というストレートな要求に「いーよー」とゆるーく返すのだった。


 こうして、私の野望が一歩前進した。ぐふふ。


 その一部始終を見ていた武田は、


「そんな脳みそで大丈夫か?」


 大丈夫じゃない。だが問題ない。


 武田の独り言はどこ吹く風、誰にも届かずに空に散っていく。

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