洒落た少女
東杏
雨が降り始めたらしい
私は居ぬ。
やはり我慢できなくて、何かが変わることを期待して屋上まで来た。ここにはもう何度も来ている。それでも今まで靴を脱いだ事はなかった。
「もうやめちゃお。」
努力する事がバカらしく思えたのはつい最近だ。それまでだって必死に生きてきた。そう必死だ。私は必死なのだ。
「必要な死という事なのだろう!!」
あえて明るく振る舞ってみて、冷たい鉄柱に手をかける。ひんやりとした感覚がやけに生々しく感じられた。
「今から飛び降ります。みんな見ててください。」
そんなことを口走りながら、笑ってしまう。私を見る人なんていないんだったと。私は居ない存在らしい。
ワンワン
犬の声がして振り返る。こんな所に犬なんていたかと思いながらも、そこに犬が居ると思って振り返る。
「わんわん〜!」
鳴き真似をしていると、確かな感触が私の脚に触れた。暖かくふさふさとしたものが私の脚の周りをうろうろしている。
「え!?なにこれ…!!」
その何かは犬の鳴き声のようなものを発していて、とにかく私は見えない犬だと認識した。認識したところで納得はしない。そんなものは存在しない。居るはずがない。居ないはずだ。
「君は私とおんなじだね…。」
そう言って、ふさふさを撫でる。”犬”で”居ぬ”とかダジャレかよと心の中でツッコミをしながら、そして私ははっと気がつく。
数日前のことだった。雨の降る日、自転車で走行していて、その日は大事な予定があった。”あった”というのは過去形で、その日のうちに大事ではない予定となった。
「なんでよ。あんなに私を好きって言ってたのに。」
アニメのような話だった。突然転校してきた顔立ちの整った女の子はすぐに人気者になった。天使のような笑みを持ち、誰にでも優しく接する。目移りなんてしないはずない。ずっと一緒にいようなんて嘘っぱちだ。涙は自然と流れてきて、虚無感とともに道路を走る。
キーッ
急ブレーキでタイヤが水と摩擦を起こし耳をつく音を出す。捨て犬の段ボールだ。
「可哀想に…。」
アパートに一人暮らしをしている私には飼うことができない。一緒にいようと約束されて、飼われて、ずっと一緒だったはずが突然こんな空の下に捨てられる。
「私とおんなじだね…。」
水に濡れ、既に何日も食べていないのか痩せた体は骨を浮かべて、余計に目立ち、今にも動かなくなりそうな瞳は暗く沈んでいた。犬の額に落ちたのは、雨水か、はたまた私の涙か、それともこの犬の涙か。
くぅ〜ん
小さく鳴いて冷たい体が動かなくなったことに気がついた。撫でている感触が一気に変わる。
「ごめんね。何もしてあげられなくって。」
犬の遺体を抱えて、私はその犬を家で布に包んだ。そのまま公園の隅の地面に深めの穴を掘り、埋葬する。
「犬だって信じたかったよね…。」
そう声をかけて、そのまま私は立ち去った。
「もしかして君はあの時の!?私に懐いちゃったのかな…?」
犬は私の脚の周りでまた吠える。あの時とは触り心地も違う上に、声の張りも違う。気づくはずもなかっただろう。
「君とおんなじところに行くからね。私も。」
そう言って、犬を撫できると、そのまま屋上の柵を越える。後は、足を一歩踏み出すだけだ。そう思った時、私の体は後ろにぐいっと引っ張られた。
「君は私を止めるの…?」
犬が足を噛んで引っ張っている感触があった。唸るような声をあげて、必死に私を柵の内側に戻そうとしている。
「私を楽にさせてよ…。」
あの時流れた涙とは違う涙が流れた。あったかい涙だ。雨が降り始めたらしい。
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