第12話 衝突する想い、駆け巡る叫び

「えー…、ぼ!僕と高梨君も!そのッ!夏の遊びに行──」


「あー?アカリお前、こんなヤツらまで誘ったのかよ?えぇおい?」


 オタク君の答えを最後まで聞くその瞬間、聞いた事があるが、誰とも判別がつかない声が放課後の教室に響いた。


 ギャルグループが輪を作るように座る前に並び立つ俺とオタク君の反対側から姿を突然現したその男は、波風なみかぜくん。

 前髪を荒々しく横へ後ろへと流しているのが男前に見える理由だろう。

 詳しくは知らないが、いつもイケてるグループの輪の中にいる男、というイメージだ。いつも学校終わりに友達とバスケでもしてそうなもんだが、少なくとも今日は違うらしい。


「いや何?突然文句?いいでしょ別に。なに、ダメなん?」


「あ?いやダメとか言ってねーよ。ただ居るだけで気分が悪くなるぜ。どうせ来たところでおもしくねーだろ?こいつら」


 いやいや言外に否定してるどころか思いっきり言葉で俺達のこと否定してんじゃあねーか。超ダメなんじゃあねえーか。

 俺達の代わりに南が波風くんと話す。


 悔しい気持ちと言い返せない気持ちが混在して、嫌な気分が自分を襲う。この場から逃げ出したいと切実に思う。

 オタク君も同じなのか、彼の発言に言い返すことは出来ず、自尊心はボロボロだ。


「うーん、まぁ確かにそうかもしれないけど…」


 いやそうかもしれないのかよ。悲しいよ。もっと反論してくれよ。じゃないとガチで泣いちまうぞおい。


「大体、さっきまでの話が聞こえてたからよ〜?聞いてたんだけど、アカリお前まじでこいつらのどっちか、好きなんじゃね?」


「は、はぁぁぁ!?い、いや盗み聞きしてんのもキモイけどさぁ!話聞いてたんならわかるでしょ!?違うから!まじ!」


 波風の発言に激しく感情が動かされたようで、勢いよく椅子から立ち上がる。

 怒りで顔が歪む南と、ニヤニヤと悪い顔を浮かべる波風の目線がバチバチと場を暗くする。


 そこまで全力で否定すると、返って本気まじに思われるんじゃないか。

 そう思いながら南と波風のやり取りをただ何もアクションを起こすことなく見過ごす俺とオタク君。


「あ、あかり?あんた落ち着きなって?」


「そ、そうだよ。そんなに怒るのもアカリらしくないって、普段はもっと軽く受け流すじゃんか。な?落ち着け?」


 勢いよく立ち上がった南に驚いた友達ズは、反応が遅れたものの、すぐに南をなだめることに専念する。


 クラスの中心たるグループで言い争いが起こっているからか、クラスに残っていた生徒達は何事だと俺たちの様子を伺い、廊下を通して響く怒声に反応した輩も、遠くから此方を覗き見ている。


「おいかける?どしたん、何何?喧嘩?」


「あ?…大和やまとか。…いやな?南がよ、今度の夏休みのパーティーでそこの2人を誘ったみたいで、だから正気か?って言ってやってんだよ」


 この騒ぎを聞き付けてか、大和と呼ばれた波風 翔なみかぜ かけるの友達と思わしき男と他に2人の男が廊下からズカズカと介入してくる。

 ちなみに、そこの2人とは言わずもがな俺とオタク君のことだ。


「へー?この2人を…、ふーん?ぷぷっ。家にひきこもってそうな奴らだなー?」


「だろー?だからまじやめとけって話!」


 楽しそうに、ニヤニヤと不快感を与える顔をする大和という男に、俺とオタク君は一瞥された後、バカにされた。


「なぁ、アカリ。お前が彼氏つくんねーのって、まさか──」


「あんたほんといい加減に!!」


「波風くん!!!」


 南が大声を荒らげると同時に、俺が突然声を張り上げた。

 誰も俺が声を大にして名前を呼ぶだなんて思ってもなかったのか、皆がびっくりして俺の顔を丸い目で見る。


 ずっと言われっぱなしも嫌なので、少しは言い返そうと、やっとの思いで口が動いたからか少し声が滑稽こっけいにも上ずる。


 本当は言い争いだとか、反感を買うような真似はしたくはない。

 それでも、俺はオタク君を応援すると誓った。サポートの役割を果たすどころか、邪魔されているのならば、壁を取っ払うことぐらいはして見せないと駄目だろう。

 中途半端に手を出して、諦めるのは、もうゴメンだから。


「…波風くん、確かに俺と、早尾はやおは、おもしろくも無いかもしれないけど、それでも、気分を悪くするなんて、ことは無いと思う。あと、流石に言い過ぎだと…、思う」


 震える手、震える足。普段のように、いつも通りにと言い聞かせるように考えても上手くいかなくて、自分の体じゃないみたいにガタガタ震える。


 俺の様子は当然、彼らにも伝わっているようでニヤッと悪い顔をしながら俺に言葉を投げつける。


「…はぁ?何お前。声、震えてんじゃん。それどころか足とか体全部。ははっ!だっせーな!大体、南に誘われたからってお前ら勘違いすんじゃねぇーぞ?南は皆に優しんだよ。お前らが特別なんじゃねー!」


 波風が俺に説教じみたことを言われたことで余計に苛立ったのか、本気で怒鳴ってくる。思わず怯んでしまいそうな圧力に屈してしまいそうになるけれど、それでも無様な姿を晒しながらでも抗う。


 彼の勢いに負けないように言い返そうと息を吸い込んだ時、隣のオタク君も同じく息を沢山肺に吸い込んでいた。


「僕は!!…確かに、勘違いしてるかもしれないし…、僕が特別扱いされてる訳でもないって、わかってるつもりだよ…。…でもさっ!夢くらい見ていいだろう?手を伸ばしても、それは悪いことじゃないだろう!」


「僕は!!南さんが好きです!だから!折角のお誘いを無下にはしません!是非行かせて欲しいです!」



 オタク君の精一杯の叫びが校内を駆け巡る。一切の迷いも震えも感じられない、前だけを見たその台詞は心にずっしりとのしかかった。


 最初に見た、頼りなくも震えた、怖気付いた姿は片鱗の欠片もなく、ただ凛々しくカッコイイ早尾はやお たく の姿だけが輝く。

 俺の時と違って、男を感じさせる彼の一喝に、誰も強く出てくる者は居なかった


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