オタクとギャル。応援役の俺。

やで。

オタクと主人公のスタート地点

第1話 オタクは典型的なギャルに恋をする。

 今日は月曜日で、今日からまた5日間学校が始まる。部活動に入っていない俺はこの土日で先週の5日間の疲れを癒し、そしてまたこの平日を生き抜くのだ。


 高校生活も1年経て慣れた。初めての高校生活は慣れないことばかり。

 とまでは言わないが、中学の頃と違い自分の行動に責任とその自覚が伸し掛る。足枷のように感じていたその重圧も、慣れれば屁でもない。

 感覚が麻痺したのかもしれない。だからその感覚が麻痺せぬよう上の立場の者はなるべく「初心を忘れるな」と皆口を揃えて言うのだろう。


 もう一学期も終わろうとする頃には、寝惚け頭で校内を歩いても教室を間違えることもなく辿り着く。見慣れた景色と廊下に掛けられている教室のプレートをちらりと見て、教室の戸をなるべく音が立たぬように静かに開けた。


 多少ガラガラっと音が鳴った。しかし誰も俺の方を見ない。少し寂しいと感じる。嘘、物凄く寂しいです。


 誰も俺のことを見向きもしないのは、俺が特別背が高いわけでも、イケメンな訳でも、面白い奴な訳でもなく、至って普通で、まるでギャルゲで主人公のサポートをしてそうな普通さを兼ね備えているからだと理由をつける。


 しかし、少し頭が悪いし交流関係が広い訳でもない俺はそのサポートキャラとして失格かもしれないな。


 そんな目立たない地味な俺に誰も構うことはない。

 折角朝から少しセットしたこの七三分けの真面目ちゃんスタイルも、これじゃあまるで意味が無い。


 人に見られるからしっかりしなきゃ!なんて自意識過剰でしかないのかも。しかしボサボサだったら不清潔と思われる。なら結局は今のままが丁度いいのかもしれない。


 おはよーっと朝から挨拶が教室で行き交う。当然俺は挨拶をする相手等居ない。いやそれは嘘。挨拶する相手くらいいる。沢山いる。なんならおはようだの、おすだの、うすだのと言う声は恐らく俺に向けられたものと言えよう。…強がりましたすみません。


 

 昨日見ていたお笑いの一部分を思い出しながら歩いきながら後ろから2列目の窓側の席から2番目の座席に着席。


 なんか見られてた気がする。もしかして、表情隠しきれずにニタニタしてただろうか。なんで自分がニタニタしてたりラノベ読んでる時に限って目つけられるんだろーね。不思議だね。あれかな?やはり自意識過剰なのかな。……見られてたとするなら凄い恥ずかしいな。


 ちらりと横目である席を確認。俺の事を馬鹿にしているであろう奴らの席ではない。断じてない。ないったらない。

 俺の左隣の窓側に沿った席はまだ空席。カバンも机の横に掛けられておらずまだ来ていないようだった。


 俺は仕方なく今日の授業の教材をロッカーから用意することで時間を潰すことにする。


 そうこうしているうちにどうやら俺の唯一の友達が教室に入ってくる。少し小太りで、背がほんの少し高い。そして普通の眼鏡をかけたその容姿は例えるなら典型的オタク。しかし汗かきでも声が豚声な訳でも、キモイオタクでもない。まともな人間だ。少し太っているだけで、中身は凄く良い奴だ。


 女性のみなさーん!ここに「見た目なんて所詮3日で飽きるよ。私は中身が大切だと思うな」なんて綺麗事を吐き捨てるような私良い奴アピールをするみなさーん!ここに中身が素敵な人がいますよー!


 心の中では騒がしい俺の面倒臭い性格はたった今大騒ぎのどんちゃん騒ぎ。

 俺は急いで自席に戻る。


 その左隣の席に座るオタク君を見る。

 そのオタク君も同じく俺の方を見る。


「……」


「……」


 友達が相手でも挨拶できなかったー!

 と心の叫びを心の中でだけ叫ぶ。教室で叫んだら恐らく俺は明日からキチガイのレッテルを貼られ、ガイジと呼ばれ、馬鹿にされ、罵倒の嵐で俺はもれなく引き篭る。これで引き篭りのニートの完成だ。3分どころか1分も要らないクッキングだ。


 しかしその無言の目線の中には、これまで幾度となくやり取りされ、築き上げたであろう絆が、ある…。あるよね?ほんとにあるよね?絆。…多分ある。


 あまりにも沈黙の時間が長すぎて不安になる俺を他所にオタク君は喋りかけてくる。


「タカナ氏タカナ氏」


 タカナ氏。とは俺の事だ。高梨 が俺の苗字でそれをタカナ氏とオタク君は呼ぶ。オタク君の名は早尾はやおたくと言う。


 オタク君が俺の事を名前で呼んだ時、当初は困惑した。特に氏の部分。典型的過ぎてもう安心した。そのおかげで俺も気安く話しかけることが出来る。


 …さっきの挨拶の時の沈黙が降りた時間は忘れて欲しい。

 ちなみに俺が何故オタク君を名前で呼ばずオタク君と呼ぶのかはまた後日にしよう。


 てっきり返事することを忘れていた俺は訝しげな顔をされる前に急いで返事する。


「ん?なんだ?何か新しいアニメでも始まるのか?」


「あぁ、違う違う。いやそれもあるんだけどね」


「いやそれもあるのかよ。で、なに?もしかして宿題してない?ほら貸してやる」


「あぁ、ありがとう。って違う!!そうじゃないよ、もっと大事なことなの!」


 俺の冗談にしっかりと乗ってくれるオタク君は少し大袈裟に体全体を使って否定してみせる。あぁ、そんな動いたらお前ただでさえ体でかいんだからなんか見てて暑ぐるしくなるぞ。


 そう言って朝から少し軽口を叩き合っていると自然と口角が上がり、学校も悪くないな。と感じる。


「てかこれタカナ氏も宿題終わってないではまいか」と呆れた様子で課題のプリントを俺の机に丁寧に置く。


 その一つ一つの仕草や口調が暖かく俺を包み込んでくれるようだった。そんな彼に俺は安心感を得ている。


「実は、信頼なるタカナ氏に折り入って聞いて欲しい話があるんだが……」


 と真面目な表情で真っ直ぐ俺を捉えるオタク君。冗談を言える空気じゃあないなと俺も真面目に話を聞く姿勢に入る。



 先程まで教室がガヤガヤとやかましいと感じていたのは嘘だったのか、今では俺と彼しかこの空間に居ないように感じる。むしろ俺と彼以外居なかったのかもしれない。


 彼の無駄に形の整った唇が一つ、また一つ言葉を発した。

 彼のその言葉を一言も聞き逃すまいと耳を傾ける。



 高校生活に入って1番仲を深めることが出来た友達が初めてこんな表情で話す内容はきっと大事なことなんだと察する。



「…実は、すっ!すすすすきな人が…、でできた……なり…」


 期待と不安で胸が高鳴るのを押さえ込んで、耳で聞いた内容をしっかりと脳内で反復させる。

 自分の想いを、言葉を口に出した事は未だに無かったのか、気持ちを再確認した様子だ。


 彼の告白は俺に向けたものでなないし、そうであったとしても誰得展開で何も嬉しくはない。

 彼が誰かに恋に落ちるなど全くと言って想像がつかないでいた俺は、置いてけぼりだった。

 集中して聞こうと思っていたことすら忘れて意識が別の場所へ向く。目の前で必死に話すオタク君の姿は捉えているようで、捉えてはいない。




「──だから南さんの事気になっていて……。ははっ、ってことなんだ。ははっ。無理だよね?僕なんかに。わかってるさ。ははっ。」


 さっきまでの空気は何処へやら。強ばった表情筋を今ではもう緩めていて下手くそな笑みで俺を見る。


 集中して聞いていたはずだった。いつの間にか意識が別の次元にスリップしていたような感覚に陥る。


 もう一度オタク君の方を見た。その笑みは自虐を含めた表情で、そんな彼の心情を理解するのに時間は要らなかった。

 自分に、彼の悩みを、告白を、戯言などと吐き捨てることなど出来るはずもなく、俺はお決まりとも言える台詞を吐く。


「いやいや!いける!諦めなければいける!挑戦する前から諦めるなって。俺も応援してやる!」


 テンプレとも言えるその台詞を吐きながらも俺は、もっと上手く言えよと自分を責めながら彼に自信を付けたくて必死に声をかける。


 そんな俺の普段とは違う様子を感じたのか彼は目を丸にして俺を見る。



 少し恥ずかしくなった俺は、目をそっと横に流して、「オタク君とギャルが付き合うって流れ。今ではもう主流だろ?いけるって…。」と、自分ですら聞こえるか聞こえないかの、励ましとも言えないものを呟く。


 それは願いの1種のようなものだった。


 俺の気持ちは通じたのかオタク君はいつもの調子に戻っていた。


「ふはは!そうでござるな!タカナ氏、我も頑張って女子を振り向かせてみせるでござるよ!」


 高々と腕を上げるオタク君。いつも通りの様子に俺も変な力がやっと抜けていく。


 誰も俺らの会話内容なんか興味が無いようで、突っ込んでくる気配はまるで無かった。

 気がつけば周りの喧騒やら話し声などがまた聞こえてきて、俺は少し姿勢を崩す。


 そして今話の主役である1人の学生を脳裏に浮かべた。


 他クラスのみならず、学年を超えて有名なギャル。その名はみなみ 朱里あかり


 平均的な身長と金髪巨乳で、澄み切った空のような色をした瞳が特徴的。いつも成績最下位で、口癖は「きも…」と「うざっ」の典型的なまでのド派手ギャルグループに属したやつだ。


 まだ学校には来ていない事が彼女の座席を見ればわかる。遅刻だろうか?遅刻だな。確定だ。遅刻魔だしなうん。


 あまり彼女のことは知らない俺でもここまでの情報を持ち得る程の有名人だ。良い意味でも悪い意味でも、だが。


 そんな俺達には太刀打ちが出来そうにない相手を目標に、まるでギャルゲー感覚なんじゃねぇの?目を覚ませ馬鹿、と言ってやりたいレベルの相手に彼は挑むという。まるで夢物語だ。理想だ。叶わない。

 馬鹿馬鹿しい。やめておけ。


 そんな気持ちは、彼の顔を見ると自然と頭の中から消えていった。

 俺は代わりに別の事を思った。


 俺はこの馬鹿正直で、真っ直ぐなオタク君を、この無謀とも言える恋を、応援することにする。

 そして、彼に最後に一言、応援をしてやろうと俺は息を吸った。


「ふっ、バカが。まぁ、頑張れよ」


 吐いた息と一緒に俺の口から出た言葉は、彼を応援していると言っていいのか判別できないラインで、でも俺にはそれが精一杯の応援だった。


 ただオタク君はそんな俺に、おう!といきよいよく返事すると、どうやらいつの間にかホームルームのチャイムがなっていた様で、俺は教卓の前に立つ担任の方に顔を向ける。


 オタク君ももういつもの調子に戻ったようで皆と同じく担任の方を向いている。その担任はと言えば、朝から老人から苦情があったやなんやとまるで俺にすればどうでもいい話を事務的に淡々としていた。多分職員会議でこの話をするよう各自言われているのだろう。


 俺は適当にその話を聞いているフリをしながらも、左隣の席をちらりと覗き見る。


 オタク君の目は、いつもよりキラキラと純粋な少年のような目をしているように見えた。そんな生き生きとした彼の姿に喜びを覚える。

 同時に俺は、オタク君がどこか遠くに行ってしまうような気がして寂しい。


 でも俺は全力を持って彼を応援する。心の底から、本心で彼の為を持って応援しようと心に誓った俺は、早速今日からギャル娘の南の事を詳しく探ってみようと決意した。


 気がついたらホームルームも終わっていて、1時限目が始まっていた。

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