5歳の娘が未来予知できるようになりました

持崎湯葉

プロローグ①

「おとーさんみてっ、トロロみたい!」


 乱暴に揺れるバスの車内に、無邪気な声が響く。

 うたた寝していた龍幸は、宙に浮いた意識をはたき落されるように目を覚ます。


「ゆわ、バスの中では、しー」


「でもだれもいないよ」


 見渡せば、駅から同時に乗った客は1人もいない。

 車内に舞うホコリは春陽に反射し、スノードームのような煌めきを演出していた。


「運転手さんがいるでしょ?」


「あ、そっか」


 2人して、運転席からわずかに覗く後頭部に注目。

 すると座席から腕が伸び、ひらひらと小さなアピールが飛んできた。

 ゆわは興奮し、何度も手を振り返していた。


「それで、トロロって?」


「あそこっ、トロロみたい!」


 ゆわが指差す車窓の向こうには、天然林があるだけ。

 力強く天を目指す緑の木々、その奥からは永遠に続きそうな闇がこちらを覗く。

 美しさと怖さを併せ持つその風景に、ゆわは心を躍らせているようだ。


 だが、なぜトロロ?


「あっ。ゆわ、トトロじゃない?」


「あれ、ゆわいまなんてった?」


「トロロ。トロロは白いネバネバのやつだよ」


 ゆわは恥ずかしがるでも開き直るでもなく、ひたすら爆笑する。

「トロロって、ネバネバのおいしいやつだしぃ!」と楽しそうに足をバタつかせた。


 生まれながらビルやマンションに囲まれ育ったゆわにとって、視界いっぱいの青空も、青々とした森林も、今その目に映るすべて、まさに映画のような景色だ。


 大人の当たり前は、子どもにとってもそうとは限らない。


 これからゆわはこの地で、山ほどある初めてを経験していくのだ。

 眉間に力が入る龍幸をよそに、ゆわは流れ行く田園風景に肩を弾ませていた。

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