4−3

「良い度胸だ」

 不意に、薫が楽しげに笑った。くくっと口元を押さえて三日月のように細められた目で加那を見る。

「白虎のお姫様も聞きたいか? 自分が統べる被人の最期を」

「――ええ」

 加那は頷いた。

(満さんは自分で心を決めた。私もそれに答えたい)

 薫が眉をやや寄せて、目を伏せる。

「――被人の死は突然だ。大概は死期を悟ると、何の前触れもなく忽然と一族の前から消える。そして二度と現れなくなり、しばらくすると居衣からその名前が消える。そうして当主は、その被人の死を知るんだ」

「死を誰かの前で確認された例はないんですか?」

 満が前のめりに聞き、薫が頷いた。

「普通の状態ではないな。ただ、昭和の初期の朱雀の当主が書き残している。一族に忠実だった被人が、死を前に当主に告白しているんだ。『このままでは、行かなければならない』と」

「行かなければならない?」

 加那と満はお互いの顔を見合わせた。

「そうだ。場所は明かさなかったが、その翌日に彼は姿を消した。どうも、被人が集まり死を迎える場所があるらしい」

 声は開け放たれた部屋の中でしんと響いた。

 加那は考え口にする。

「普通の、自然死ではないってことは……それ以外の場合では、死に際を誰かに看取られた被人がいたっていうことですか?」

 薫は頷く。

「狂った被人の話を誰かから聞いたか?」

 不意に薫は二人へと尋ねた。二人は黙って首を振る。

「主人を失い何十年と彷徨った被人は、自我を失い、獣姿で暴れまわる。止めなければ周囲を破壊し、自己を──破壊する。自身の爪や牙で、己を傷つけるんだ。俺たちはそれを狂うと呼んでいる」

「自分を……」

 加那は知らず知らずに自身の腕を抱いた。

 満を見ると、真剣な眼差しで薫を見つめている。

「そうだ。そして、死を迎える。──唐突だ。自身で裂き、ボロボロになった身体が……一瞬で崩れ、動物の骨がその場に残る。おそらく、あれが被人の死に様なんだろう」

 二人は息を飲んだ。

「俺は一度だけ、それを見たことがある。俺は若い頃、猫の被人の狂う姿を見たことがある……ひどいものだった。誰も止められない。あっという間に自身の喉を切り裂いた」

「そんな骨だけしか残らないなんて……」

 ぐらっと満の身体が揺れた。

「満さん!?」

 加那が手を伸ばすと、満はどうにか片手で身体を支え首を振る。大丈夫です、と一瞬身体を震わせると、薫へと視線を戻したその顔は蒼白だった。畳へと手を着き、どうにか声を出す。

「──このことはこちらにいる被人の皆さんは、すでに知っているのですか?」

「いいや、俺と篠乃と佑だけだ。聞いて気分の良い話でもないだろう」

「じゃあ、なんで僕には?」

「聞きたがったのはお前さんたちだ。俺たち三人は、被人と当主、補佐役の役割やシステムについて長いこと研究している」

「たった三人のみで?」

 確認する加那に、静かに薫が首を振った。

「……白虎の、神功の婆さんも協力者だ。いや、だったか」

「依子さんが!?」

 飛び出してきた名前に、満が反応した。

「ああ。良い人だったよ。初めて会って以来、もう顔を見ることもなかったが……ついでに昔語りでも聞くか?」

「はい、勿論。あ、加那さんが良ければ……」

「私も聞きたい」

 加那は自身の胸がドキドキと高鳴っていくのが分かった。不安ではない。

(私……興奮しているんだ)

 そんな加那を薫が静かに見つめていた。

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