2−10

 大ガラスは二羽は広大な朱雀の庭園上空をぐるりと旋回し、庭に降り立った。

 そこに待っていたのは朱雀の補佐役、佑だった。

「桜! 蘭! お前たちは」

 渡り廊下から庭に向かい佑が怒鳴る。

 庭の池を囲む巨石の上に立ち、カラスは、姿形がそっくりの少女と少年に変体する。

 二人とも黒のブレザーに、それぞれスカートと半ズボンを履いていた。

 少女、桜が不平そうに声を上げた。

「何よ。ちょっと挨拶に行っただけじゃない」

 少年、蘭がへっと舌を出す。

「綾達の告げ口かよ。年寄りはやることが陰険だね」

 佑が手のひらを上に二人を手招く。

「そういうことを言ってるんじゃない。彼女の心象を悪くしてどうする。こちらは協力を煽がなければならないというのに」

 こっちへ来い、という佑の声にも二人は動じない。月光が二人の姿を照らした。

 二人は小学高学年くらいの年頃だった。

 そして、同じ顔。二人は双子だった。

 桜はストレートの髪をいじり、スカートを直していた。

 蘭はボブの髪を耳にかけ、目線を他所へとやる。

 桜はふふんと笑った。

「その協力が気に食わないのよ。朱雀は朱雀でやっていけるわ。そう言っている被人が他にも居ることを知らないわけではないでしょ」

「僕もそう思うね。結果的に、白虎の協力を仰げれば、ここの、朱雀の被人の数が減ることになるんだろ?」

「それの何が悪い」

 佑は二人を呼ぶことを諦めて、腕組をした。

「居衣に登録される被人が多ければ多いほど、篠乃様の負担が増える。ここらで少し他所へ移してでも減らさなければ……」

「代替わりをすれば良いじゃない」

 桜が小首を傾げた。茶色い長い髪がサラリと流れて月光に光る。

「桜!」

 佑が声を荒げた。

「それ以上言ってみろ、お前でも許さないぞ」

「人間の貴方に何ができるっていうのよ」

「篠乃様に頼み、お前を除籍に――」

「待って、佑。言い過ぎだよ」

 いつの間にか、篠乃が両者の間に割って入るように庭に降りてきていた。

 さすがの桜も蘭も主人の登場にはっと口をつぐむ。

「篠乃様!」

 佑が廊下を回り込み、庭へと駆け下りる。

 佑に手を取られて支えられ、篠乃は自身の配下の被人二人に向き直った。

「勝手に出かけたことは不問にするよ。けれど、白虎の当主への非礼は許されない。しばらくは謹慎だ。二人とも部屋へ戻りなさい」

 篠乃は静かに、二人へと命じた。

「分かったわ」

「……分かりました」

 悔しそうに、けれど二人は異口同音に答えた。

「けど……私は、白虎なんて認めないから」

 桜は捨て台詞を残して、髪を翻し自室へ蘭を連れて去っていった。

 はあ、と篠乃は溜息を吐いた。その揺れる肩を片手で支え、もう片方の手を手に取り、佑は促す。

「篠乃様も、お部屋へ」

 身体を支える佑を止めて、篠乃は佑を見上げる。肩に置かれた手をそっと外す。篠乃は佑へと向き合った。

「篠乃様?」

「佑」

「はい」

「被人の除籍を――居衣から名前を消し去ることを、彼らの脅しへ使ってはならない。良いね? 彼らには居衣にしか拠り所がないのだから」

「……はい」

 珍しく厳しい声を出す篠乃に、佑は項垂れた。

「分かってくれたら良い」

 篠乃は佑へと近づき、その肩へ額を軽く当てた。

「薫さんにも、白虎の当主の話をした。同席はしてくれるって」

「そうですか。良かった」

 佑は手の置きどころに迷って、結局はいつものとおりに主人の肩へと置いた。

 主人の肩を軽く抱き寄せて支える。

「私の、考えは――白虎と共闘するというのは、間違っておりますか?」

「いいや……お前が良いなら良いよ」

 篠乃は抱き寄せられるまま、答える。

「篠乃様のお体は、これ以上、被人を支えるのには耐えられないと私は思います」

「まだ大丈夫だよ」

 篠乃は大げさだと、目を伏せる。だが、佑が支える肩は細く、佑の肩へ押し付けられた額は冷たい。

「部屋までお連れします」

「お願いするよ」

 ふわりと篠乃は柔らかく笑った。

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