第32話 詠唱魔法

 よく晴れた、まさに快晴。

 そんな、絶好の外仕事日和の今日。


「で、レント聞きたいことがあるの!」

「なにレイカ? 後はフェネアさんにセレーナさんとジーンも」

「私たちもちょっとね」

「ああ、ちょっとな」

「ちょっとっす」


 リビングでソファーに座れば、向かいのテーブルからそう話を切り出してくるレイカに、フェネアさん達。

 朝の稽古も早々に終わり、ご飯を食べ終わった頃合いにちょうど打ち合わせでもしていたかのように家に来たのだ。


「で、何をレントさんに聞きたいんですか?」

「あ、シエテさんどうも」

「シエテありがと」

「あ、ありがとうございます」

 すっと、エルフの三人にお茶を用意すればシエテもこちらの席に来る。

 

「何が知りたいのよエルフ」

「そう邪険にするな」

「ふん」

「すいませんリリスさん」

「いいわ」

 相変わらずセレーナさんには厳しいリリスが声を掛ければ、それに呼応してセレーナさんも返すわけだが途中でフェネアさんが謝罪を入れれば、一応は収まりを見せる。

 

「で、結局何が知りたいの?」

 こちらはリリスにシエテに俺。

 なかなかに濃いメンツでいるのは間違いないのだが、そんな中で俺に何を聞きたいのか皆目見当もつかなかった。

 あまりにも、される質問の候補が多すぎるのだ。


「あ、あの私からいい?」

「え?フェネアさんから?」

「うん!」

 予想に反して手を挙げてそういったのはフェネアさんだった。

 そして、そのフェネアさんの言葉に続くようにセレーナさんも頷いているのを見るに、各々が質問を持っているのだろう。


「何が聞きたいの?」

 もしかしたらこの村での暮らしのことで何か。

 そう思って、ソファーに沈ませていた体を少し持ち上げて彼女たちに視線を合わせた。

 なかなかすぐには口が開かれずなんとも言えない時間が刻一刻と経過していく中、


「どうしてレントが、詠唱魔法を使えるの?」

 ハッキリとそういわれた質問は、


「え?」

 思いのほか予想外だった。


 詠唱魔法。

 それは、通常の魔法に対して性能面などにおいて破格の力を有している魔法だ。

 ただその反面というか、実情としては広く普及はしていない。

 それこそ、近衛騎士の数人や宮廷魔法使いという魔法のスペシャリストが使うぐらいだ。

 今回においては、長い時を過ごすエルフだからこそ、その存在を知っていたのかもしれない。


 ここで一つ問題とするならば、詠唱魔法は通常生活や単純な冒険者業ではいらないのだ。

 魔法は例で挙げるなら料理といっしょなのだ。

 正式な工程を踏まなくても、少し大味になるものの形は成す。

 消費する時間だって、正式ではなく簡単な道を使えば短縮できる。

 つまり、詠唱という工程を省くことによって、少しの荒さがあるものの形になっているのが通常魔法。

 詠唱をすることによって、しっかりと魔力を整理して一つの魔法に丁寧に昇華させたものが詠唱魔法なのだ。


 まぁ、ここで彼女たちが聞きたいのはおそらくそんな基礎情報ではない。

 視線を横に迎えれば、お好きにどうぞといって視線を向けられるのでそれにこたえる。


「リリスに教えてもらったんだよ」

「え? リリスさんに?」

「その悪魔にか?」

「ま、マジっすかレントさん!」

 三者三様の驚き方をされるが、たぶん語弊があるとすれば教えてもらったという言い方だろう。

 いや、実際に教えてもらったであっているのだろうが別に原理から聞いたわけではないのだ。


『ほら、魔法見せてあげる』

『レント! やってみなさい』

 リリスの教えてくれる魔法がもともと詠唱魔法だったのだ。

 しかも高火力系の。

 色々教えてくれたが、凡そ通常魔法の域では到達できないことをリリスは通常魔法の感覚でこなしてしまうために、通常魔法の上手な出し方を教えてはくれたが通常魔法は教わっていない。


「で、なに? レントが詠唱魔法つかえたらなんか文句でもあるわけ?」

「それとも私が教えたらおかしいってこと?」

「あ、別にそういうわけじゃなくて...」


 ただただ驚愕されるのが癪に障ったのか、リリスがまくしたてるように言えばフェネアさんは口を濁らせる。

 多分、いまいち理解の範疇を超えていたのだろう。

 あのとき俺の詠唱魔法を解除したリリスは特異であったが、だからといってすべてに納得はできないから。


「いや、すまん。 フェネアも悪気はないのだ」

「ふん」

「してレント。 おぬしとリリスはどういう関係なのだ?」

 なにやら、ひらめいたような顔で聞いてくるセレーナさんの顔を見るにリリスに何かを感じたのかもしれないが、それには明確には答えられない。

 カマをかけているのかもしれないし、なにより本来は信じられないことなのだから。


「ただの家族よ! 私がレントのお姉さん! 文句ある?」

「いや、文句なんてない。 すまんな詠唱魔法は最近使い手も減っているからどうしても気になってしまうのだ」

「あっそ」

「そんなにおこるな」

 セレーナさんはそういって話を締めればリリスに軽く頭を下げて見せる。

 まぁたぶんだが、この人は気づいているのかもしれない。


「レント。 こいつどうする?」

「何もしなくていいから」

 耳元でおっかないことをささやくリリスにそう返せば、納得したようにお茶を一服。

 実際、俺としてはばれてもそこまで困る立場ではない。

 ちょっと相手が国になるだけで国外にでも行けばいいのだから。


「えっと、じゃあ詠唱魔法はもういい感じ?」

「ええ」

「じゃあさ、勇者って結局なんなの?」

「は?」


 居住まいを正したレイカは不意にそんなことを漏らしてきた。

 突然のまさかの裏切り。

 せっかく隠していた意味もない。


「レイカさん? 何を言っているんですか?」

「なにいってんの小娘」


 そんなレイカの言葉にシエテもリリスも一気に殺気を放ったそんな時だった。


「すまんすまん。 ただエルフは皆知っているのだ」

「は?」


 セレーナさんはそう口を開いたのであった。

 意味が分からない。

 

 もちろん自分でばらしたことなんて一回たりともない。

 それなのになぜ、エルフ達が自分のことを知っているのか。


「主の名前は、レント・ヴァンアスタであろう?」

「風のうわさで、昔の任命式を見に行っていたのだ」

 なんとも初歩的なことだった。


 俺は何度か、勇者候補として民衆の前に立っていた。

 それを変身だか変装だかをして見に来ていたらしい。


「最初は気づかなかった。 勇者と呼ばれるものがいるわけもないからな。」

「ただその強さ。 冒険者として旅に出ていたものが帰ってきて、レントは勇者ではなくなったと聞いてな、もしやとおもってレイカに聞いたのだ」

「なるほど」


 大雑把だが筋は通っていた。

 エルフ達の中には街に稼ぎに行っていた者がいるとも、フェネアさんが言っていたからその時に気づかれたのだろう。

 だから、今思えば自分が甘く、ただただ馬鹿だったのだ。


「それで、それを知ってどうします?」

 予想以上に低い声が出たが許してほしい。

 これでも、国から逃げるように出たのだ。

 追われているわけではないが、平穏を求めているのだ。

 だからバレるわけにはいかないのだ。


「そんな、怖い顔をしないでほしい。 知りたいのだレント。 勇者とは何かを」

 そう優し気に声をかけてくるセレーナの顔を見るに本心だろう。


「なんでそんなこと気になるの? そのままの意味でしょ?」

 リリスが呆れたように言うが、それにセレーナさんは首を振る。


「リリス。 違うのだ。 我々には勇者が物語のようなものには思えん」

「だから、どうか教えてほしい」

 縋るようなセレーナの視線と声に、改めて俺は勇者についてを思い出した。

 

 

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