第30話幼少期 2


「で、かわいい泥棒さんはどうしたの?」


 簡素的な一室。

 まるで隠れ家のような、物置の中にひっそりとある扉につながった部屋に連れてきたこの女性は、目の前で足を組んでそう聞いてくる。

 深みのある赤髪は胸元まで垂れ下がり、白の簡素的なドレスはその赤をより引き立たせていた。

 顔つきは間違いなく優しげなのに、今まで見たこともないような髪色が、とても高圧的で怖く口が開かなかった。


「えっと、おなか痛いのかな?」


 その目じりを下げて、困ったように聞かれるが、それは見当違いだ。

 俺はこのとき、この人を知らなかった。

 それこそ向こうも知らないようだが、もしもこの人が騎士団とか王家とか、そっちの方で偉い人だったら怒られてしまう、連れ戻されてしまう。そう思うと、何もしゃべれなかったのだ。


「ねぇ、本当に大丈夫?」

「え、あ、はい」

「うーんどうしようかな」

「あ、今何歳?」

「.......6さい」

「若いねぇ。 っていっても私は15だけど」

「あ、ちょっとここは驚くとこなんだけど」

「えっと」

「あ、もしかしてもっとおばさんに見えた? へこむぅ」


 ずっと俺が押し黙っていたからか、すこし砕けた感じで俺に話しかけてくれた彼女。

 それに答えようと、口を開こうとした時だった。


「レティシア様!!」

「ひっ」

 扉の方からどんどんと、扉をたたく音が聞こえた。

 突然、野太いような男の声が聞こえてきて思わず悲鳴を上げてしまった。

 何と言っているかは、はっきりとはわからなかったが、年上の騎士というものに良い思い出がなく、逃げ出したばかりの俺はただただおびえるしかなった。


 しきりに扉をたたく音が、勢いを増していく中、

「大丈夫」

「へ?」

「安心して」

 そういって彼女に抱きしめられた。


「入りなさい!」

 さっきまでの優しい声とは一変。

 突如、威厳のあるような凛とした声を扉に向けると扉は、きしんだような音を立ててゆっくりと開いた。


「失礼いたします」

「いいわ」

「それで、勇者が行方不明になったとのことで、レティシア様の様子を....」


 野太い声の持ち主。

 明らかに騎士のようなその体つきの男が、口上と共に顔を上げたとき声を止めたのがわかる。

 というよりも目と目が合った。


 この人はあったことはたぶんない。

 ただ、きっとあちらは見たことがあったのだろう。


 口を震わせ、こちらを見ている。

 そして、

「ゆ、勇者レント・ヴァンアスタ!!!」

「え?」

 驚きに震えるように声を出すその男に、俺を抱きしめていた女性も驚きの声を上げる。

 ついにバレてしまった。

 いや、ここまでバレなかったこと自体が奇跡だったのだろう。


 徐々に迫ってくる騎士に、幼心にあきらめを持ったとき、

「いや!」

「え?」

「なっ!?」

 抱きしめられた。

 さっきよりも強く、まるで買い与えられたおもちゃを奪われんとする子供のように。

「えっと、レティシア...さん?」

「レントちゃん」

「レントちゃん?」

 嬉しそうな声でそう呟く彼女に思わず声を返すとまたぎゅっと抱きしめられたのがわかる。


「シルセンタ」

「はっ!」

 シルセンタと呼ばれた騎士は、すぐさまその場に控えた。

「レントちゃんを私の子どもにします!」

「何をおっしゃってるんですか!」

「だって、あの男は私に興味ないみたいだし、私だって抱かれたくないし」

「なっ!?」

「てかきもいし。 でも子供は欲しいじゃない?」

「本当に何をおっしゃっておられるんですか?」


 抱きしめられているからよくはわからないが、何となく。

 かなり凄い会話がされているのがわかった。


「私にだって母性はあると思うの。 15歳だけど」

「はぁ」

「レントちゃん! 毎日私のもとでご飯を食べていきなさい!」

「え?」

「あ、ただお茶をしに来るだけでも歓迎よ!」


 何やら知らぬ間に進んでいく会話。

 それと同時にシルセンタと呼ばれた騎士が俺を残念そうに眺めていたことだけは覚えている。

 


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