第15話 リリスさんの早とちり

―—これはいったいどうゆう状況だろうか。

 そんなことを思ってみても、別に現状が大きく変わるわけでも、何かこの状況が大きく好転してくれるわけでもない。

 ただ、これしか思うことができないのだ。

「リリス?」

「なに?」

―—どうしてそんなに自身満々なんだ。

 バスタオル一枚で。

「なにやってんの?」

「......なにが?」

「...はぁ」

 俺の質問には質問で返して、どこ吹く風で水気を帯びた銀髪を指でねじったりと遊ばせている。

 答える気はろくになさそうで、興味なさそうな態度の癖にその瞳には熱がこもっている。

 本当に何を考えているのだか、

「風邪ひくぞ」

「.....」

「いたっ」

 無言で手元の枕を投げてくるのはやめてほしい。本当に。

 凡そ柔らかいはずのそれからは、本来受けることはないだろう衝撃を一緒に受ける。

 ベットの端に腰かけているが、顔が赤くなっているのを見るに、しっかり恥ずかしいのだろうが、だったらしなければいいのに。

 一体なんでこんなことをして、

「...したいんじゃないの?」

―—いまなんて?

 一生懸命彼女の行動を推測しているとき、そんな言葉をかけられる。

「えっとリリス?」

「だから...したいんでしょ?」

 何を言わんとしているのかは分かる。

 一体どうしてのその考えに至ったのかは一切わからないが。

 恥ずかしいのか、不安なのか、それとも何なのか、口を噤んで、潤った眼をこちらに向けてくる限り、その気持ちで来ているようだ。

「何でそうなったの?」

「シエテがお風呂入ってたら、レントが寝室で待ってるって。 急いで行けって」

「だからってそんな勘違いしないだろ」

 シエテの説明足らずさは確かにあるが、それでも勘違いが酷い。

 ただ、沈んだようなリリスの口調を聞くに、リリスも慌ててしまったのだろう。

「あの子の肩もつし...強く当たっちゃったし」

「...あといろいろ」

「いろいろって何さ」

「それはいろいろなの!」

 ムッとしたような顔でそう言い切られてしまえば仕方ない。

 いろいろの内容に触れないしても、リリス自身さっきのことは気にしていたようだ。

 それがわかれば、まず俺がすることは1つだろう。

「さっきはごめん」

 先に謝ってしまうに限る。

 あの時リリスを叱ったのは、人としては間違った行いではなかったと思うが、家族にする行いとしては配慮が欠けていた。

 五歳の時に親とはわかれて七歳から、十年と少し。本当の親よりもずっと一緒に居てくれて、色々な時を一緒に過ごしてくれたのは間違いなくリリスだ。

 それを考えれば、そんなリリスに贈る言葉としては間違えてしまったのだろう。

 

 あとは、目の前にいるタオル姿が、着替えるのもおろそかにするぐらい不安にさせてしまったのだと信じたい。

「むかついた」

 ボソッと拗ねたように言われたその声もしっかりと伝わってくる。

「あいつの味方みたいで、私が悪者みたいでむかついた」

「ごめん」

 目の前で寂しそうに、むくれたように言うリリス。

 普段、お姉さん然というか、年上感丸出しでいるのに今はちょっとした子供のようにすら見える。

 バスタオル姿を除けば。

「ん...」

 バスタオルを締め直し、そんな声と共に両腕を広げるリリス。

 昔からの仲直りの方法なのだ。

 人間の暮らしなんてわからないリリスと、一般的な学びをろくにせずに一人になった俺。

 そんな俺が唯一知っていた仲直りの方法が、母親と喧嘩したときに抱きしめてもらったことだ。

 だから幼かった俺はリリスと喧嘩するたびにこうして仲直りをしていたのだが、それが今になっても慣習づいている。

 普段ならまだいいのだが、今回のこの姿。

「ん!」

 ただ戸惑ってる場合ではないようだ。

 早くしろとばかりに声を上げる彼女に覚悟を決める。


「はいはい」

 いまだ手を広げるリリスを抱き寄せる。

 背中に腕を回せば、それに呼応するようにリリスが抱きしめ返してくる。

「…レントは私の家族だから」

「うん」

「悪かったわね」

「うん」

「でもむかついた」

 首筋に顔を埋めてるのか、吐息の生暖かさに甘いような匂い。

 濡れた髪に手櫛を通せばしっとりとした感じがするが、軽く魔法を込めて徐々に乾かしていく。

 聞こえてくる落ち着いたような吐息にこっちも安心してくる。

「ねぇ、レント...」

「ん?」

 耳元でささやかれる蕩けたような声。

 落ち着いてくれたようで何よりだが、何というか不思議な予感がする。

「する?」

「しません」


――本当にどうしちゃったんだか。


********


「あ、レントさん。 リリスさんも」

「シエテ戻ったよ」

「面倒かけたわね」

 昼時、リビングに戻ればちょうどご飯の支度をしているシエテの姿があった。

「手伝うわよ」

「ではお願いします」 

 やけにご機嫌になったリリスがシエテの元へ行き手伝いを始める。

 いったい何がそんなにうれしかったんだか。

「あれ?」

「えっと、レイカさんは?」

 目の前の光景に足りない一人を思い出す。

 といっても、部屋にいるだけなのかもしれないが。

「ああ、先ほど村長さんのところにしばらく住む有無を伝えに」

「なるほど」

 後で一緒に紹介に行こうと思っていたが、一足先に一人でちゃんと向かったようだ。

「一人で大丈夫かな?」

「まぁ、村の中ですし」

 特に心配してないようにいうシエテ。

 確かにこの村に何かおかしなことをする人間はいないだろう。村長は、来るもの拒まずなところがあるので大丈夫だとはおもうのだが。

 それこそ敵対してくる存在もきっといないのだろう。シエテも索敵を終えてから送り出したであろうから、その点は大丈夫だろう。

 ただなぜだろう。

 なぜだかものすごく胸騒ぎがする。

 一体何を感じ取っているのか自分ではわからない。

 ただ間違いなく何かを俺は感じ取っている。


 できることならそれを確かめる意味も込めて、今すぐにでも彼女の居るであろう村長宅へと赴きたいのだが、リリスのご機嫌がせっかくよくなったのに今レイカさんの元へ行ってしまえばまた拗ねてしまうかもしれない。

 流石に、さっきの今でそんなことをするのは愚か者だろう。

――何かあったらすぐに飛んでいけばいいか。

「どうぞ」

「ありがと」

 目の前のテーブルに出されたお茶を口に含む。

 とりあえず落ち着いて待ってみよう。

「これもどうぞ」

 そういって出されるクッキーをかじればなんとも幸せな時間が流れていく。

「そういえば最近......」

 話を切り出すシエテに合わせ、最近の話をする。

 グリドや、昨日のレイカさんのことなど内容はいくらでもある。

 

「あ、あと」

 しばらく話あって新しい話題を繰り広げようとしたとき、

 玄関からノックの音が聞こえた。

 もしかしたらレイカさんかもしれない。

 次のクッキーへと伸ばしていた手を引っ込めて玄関へと向かう。

「はーい」

 返事をすればそれに呼応するように野太い声が返ってくる。

 この瞬間にレイカさんという線はなくなった。

 というよりか、

「俺だ! ゲイルだ!」

 完全にゲイルさんだ。

 はてさて、何か問題でも起きたのだろうか?

 そう思って玄関を開ければ目の前には、目を輝かせたゲイルさん。

 次の瞬間、

「兄ちゃん! 三人目の嫁か!!?」

「違います」

 どうやら嫌な予感はこれだったらしい。




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