第二章 異世界勇者 ミフネレイカ

第11話 三船 麗香

――いつも通りの日常だった。

 

 特別何かイベントがある日でも、特に何かが起こったりしもするわけがない、とりわけ平凡な、そんな取り留めもないような、


 そんないつも通りの日常だった。



「おい! 三船聞いてるのか!?」

「え、ああ迫田ちゃん。 課題は来週まででしょ?」

「ふざけんな! 明日だ!」

「ええ、そんな殺生なぁ~」

 目の前で顔を歪め怒っている、ホームルーム担任の迫田ちゃんは私を学食で見つけるや否やそんな調子。

「麗香? またやらかしたん?」

「うわー、ダブルんじゃね?」

「鈴木、お前もだ」

「ええぇぇ!!!」

 内容としては、さぼりまくった授業課題の最終援助受付期間が終わるというお知らせ。

 ぶっちゃけちゃえば、答えなんて教科書をみれば乗ってるからすぐ終わる。

 ただ、

「ちょ、迫田ちゃん! お願い♡」

「無理」

「ひどーい!」

 できることならやりたくない。その一言に尽きるのだ。

 目の前で顔を鬼にしてる迫田ちゃんを見るに、たぶんもう無理だから課題はやるしかなさそう。

「どーする麗香?」

「まぁやるっきゃないっしょ」

「だねぇ」

 

 隣で笑う彼女を見れば緊張感は薄れるが、もともと大して緊張感なんて持ってなかった。


 たぶん適当に勉強して、大学に行って、それで結婚する。

 漠然とだが、それが私の人生予想図だった。


 相変わらず私は適当な人間だ。

 小学校では別に何かをするような子ではなかったけど中学で入った部活の先輩。

 その人が結構派手で、でもかっこよく、憧れマネをするようになれば結局、ただの適当なギャルになっていた。その先輩はどこかかっこよかったけど、私にそのかっこよさはない。

 別段モテないってことはない。そこそこモテるし、友達だっている。

 それこそ彼氏がいた時期だってある。


 ただわかるのは、今の私は限りなく薄っぺらい。



「で、麗香。 いつやんの?」

「え? 何を?」

「ちょ、課題だよ! ほんと不味いからね」

「あ、ごめんごめん」

「え、なに?」

「え?」

——あれ

 放課後、教室でだらだらと友達はなしていたときに投げかけられた言葉。

 それをしっかりと返したはずなのに彼女には届いていないようだ。

 というよりか、私も声が聞こえてこない。目の前でパクパクと口を動かしてる彼女を見る目も重くなる。とても不思議な感覚だ。

 徐々に体に力が入らず、足元から力が抜けてしまったような、足元がなくなってしまったような。

 体に動けと念じてみても動くことはなく、本当に沈み込んでいくような、徐々に何かに吸い込まれていくようなそんな感覚。

 周りを見る力も徐々になくなって、瞼が開いているのか閉じているのかも、視力が悪くなったのかもわからない。視界が徐々に暗闇に変わっていく中、最後に見えたのは


――千佳


 小学校からの大切な友達、千佳の顔だった。




「........か」

「..........いか」


——いか?

 誰かが声をかけている。

 それも聞いたことのあるような、そんな声。

「..いか!」

 誰だったか、この声は、

 まだ不思議な感覚が残って、思うように動かない体を疑問が埋め尽くした時、

「麗香!!」

「いっ!!?」

「は、はい!」

 頭に叩き込まれた衝撃と共に意識が一気に覚醒した。

 そして覚醒すればすぐにわかる。

 さっきまでの不思議な感覚はあっさりと消え去り目を恐る恐る瞼を持ちあげると


「麗香ぁ」

「千佳」


 私の大親友の顔があった。

 声を荒らげるでもなく、感覚を徐々に取り戻した身体でゆっくりと千佳を抱き寄せる。

 柔らかい。それでいて髪の毛がくすぐったい。

 後、香水を少しつけすぎている感じ。


――大丈夫。本物だ。


 落ち着いて深呼吸をして胸元の千佳から視線を起こせば、私は驚愕に包まれた。


「え、映画?」

 その一言に尽きた。


 荘厳な造りとはこのことなのだろうか。

 天井には訳の分からない装飾があり、所々に馬鹿デカい彫刻見たいなものがある。

 それが作り物なのか、ちゃんとしたものなのかなんてはっきりとはわからないが、ただただ圧倒される。

 ネットの動画でみた世界遺産旅行や、中世が舞台のハリウッド映画で見るようなセットに、ただただ息を飲むしかなかった。


「うわぁ、なんだこれ! おいどこだよ!」

「和也落ち着け!」

「隆志なにおちついってんだよ!!」

「おい、どうなってんだよ。」

「い、異世界転生きたぁ!!」

「おい!? 夢じゃねーのかよ!?」


 周りでは声を上げている男子たちの姿。

 そしてただただ泣いている女の子や、何もできずに立ちすくしている女の子。

 何人かは見覚えがあるがわからない子もいる。

 ただみんなおんなじ制服を着てるから、みんな同じ学校なんだとは思う。

 何かイベントでもあったのか。

 もしかしたら壮大なドッキリでも仕掛けられているのか。


 一生懸命、現状を理解しようとする私に投げかけられた言葉は、


「勇者様。 ようこそおいでくださいました」


 状況を、思考を、すべてを置き去りにするようなそんな一言だった。

「勇者様には.....................」

 高そうな服をきた偉そうな人に『勇者様』と称され、延々と訳の分からない説明をされた。

 それが何分なのか、何十分なのかは全くわからないし理解もできないが、確かにわかったのはわかったのは、

——もう戻れない

 そんな現実だけだった。



「ふざけんな!!」

「なんでこんな知らねぇ国救わねぇといけねんだよ!」

「魔王ってなんだよ!!!」

「俺らを返せよ!!」


 しばらくして通された玉座の間というところ。

 目の前に自らを王と称する人がくれば、さっきまでの不満は爆発していた。

 主に男たちが騒ぎ立てる中で、私や千佳を含めた数人はただただ呆然と眺めているしかなかった。

 この現状をなんとなく、徐々に受け入れ始めてしまったから。

 ただただ、漠然と王様の口上を聞き、しばらくして玉座の間に一人の男の子が入ってきた。

 

 おそらく、この国の、この世界の男の子。

 少しゆったりとした格好で黒髪の落ち着いた感じのある同い年か少し上くらいの人。

「異世界より呼ばれし勇者の皆さんにはこれより魔族との戦線に立っていただきます」

 意識がそれた隙にそんなことを言われた。

 それに対して何も口が動かなかった隙に、


「勇者候補、レント・ヴァンアスタ。貴殿を勇者候補から除外いたします」

 その男の子はクビになっていた。



 その後の日々は、すべてが新鮮で、刺激的で、残酷だった。

 魔法というものが使える。

 最初会ったときに言われたこの世界の特性。

 まるで漫画や映画のような突拍子のない言葉に誰もが疑念を抱いていたが


「ファイヤボール!」


 騎士と名乗る男性がたった一言を放つと共に、音を立ててその人の手の上に野球ボールくらいの火の玉ができていた。

 馬鹿の私でもわかる。科学や、自然現象とかそういった説明できることじゃなくて、奇跡が起きたんだと。

 だからだろう、それを見た瞬間にみんなこの世界に夢中になっていた。


 魔法をガンガン放って、最初は怖かった敵を倒す。

 魔獣といわれたそれは、倒していい敵。

 倒すべき悪。

 生き物を殺すことに抵抗があったはずなのに、誰かが殺したのを見た瞬間にタガが外れたようにみんなが魔獣を倒すことに夢中になっていった。

 これなら魔王や魔族と呼ばれる悪い人間のようなもの。それだって倒せるとみんなが不思議と盛り上がっていた。


――そう、私以外は。


「なんで!? なんで出ないの?」

「なんで切れないの?!」


 周りが大きな魔法を詠唱し、凄い威力の魔法を使って見せても、私は小さな火の玉が関の山。

 誰かが剣で巨大な岩を切って見せても、私は剣で小石だってまともに切れない。

 大きな岩に剣を振りかぶろうものなら剣は真っ二つに折れ、無駄に武器を消費するだけ。


 明らかな劣等感と疎外感。

 それが私を覆いつくした。


「ごめんね麗香? ちょっと魔王倒してくるね」

「え、ちょっと!?」

「千佳、早くいこ?」

「うん待ってて!」


 気づけば千佳も、現地の人と仲良くなっていて、クラスの他の子とかと一緒に行動することが増えていた。


 そう、いってしまえば私は、


******


「捨てられたのね」

「ちょっと、そんなはっきり言わないでください!」

「うっさい」

「すいません」

「こら、リリス」


 私が一生懸命カミングアウトをしようとすれば最後のところを持ってかれてしまった。

 ここまで話して、最後を赤の他人に掻っ攫われる。

 面白くない事実にちょっと抗議してみても銀髪の美人で怖い、凄く怖いお姉さんに言われれば自然と謝ってしまう。


——てか、怖すぎだから。


 幸い、クビの人。レントさんが助け舟を出してくれたのでやんわり終わるが

「で、あんたの身の上話はわかったから、どうする森に戻る?」

「ひどい!」


――ナチュラルにこの人死ねって言ってるんだけど。

 

「駄目ですよリリスさん。」

「シエテ」

「エルフのおねえさん」

――褐色美人のおねえさん、ありがとう。


「もっと情報を教えてもらわないと」

「ちょっと、ひどくない!?」

「なにか?」

「.....いえ」


 この褐色で金髪の美人さんもさっきからだいぶ私にきびしい。

 銀髪さんのときは助けてくれたレントさんも、苦笑いをするだけだし。

 ただ、私もここで引けない。

 だから


「あ、あのレントさん」

「なに?」


 彼の名前を呼んだ時に両サイドの女性の視線が厳しかったが今は気にしていられない。

 

「私をここに住まわせてください!」

「あ、ごめんむり」

「え?」


——ここって普通OKな流れじゃないの?


 結果、なんとも言えない雰囲気に包まれた。

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