第3話 悲哀の受付嬢

「よ、ようこそ!ぼぼぼ冒険者くみあいへえ!」

 ようこそ冒険者組合へ、間違いなくそのお決まりであろう口上を言いたかったのだろう。

 ただこの口上を失敗するということは、よっぽど調子が悪いのか、久しぶり過ぎて忘れてしまったのか。

 できることなら前者であってほしいのだが、

「あぁ。神よ!この巡りあわせに感謝しますぅぅ…」

「いえ、でもきっと私の弱り切ってる頭が見せてる幻なんですね。あ、いま幻なのにこちらを哀れそうな目で、きっと悪魔、悪魔なんでしょう」

 神と悪魔の板挟みになっているのか何なのか、リリス曰女の命の髪をくしゃりと歪め、こちらを喜哀の視線で見るその姿、色が焼けもはや文字の痕跡すらも感じさせない依頼書の張られた掲示板。この二つの得られた情報だけで何となく、さっきまでの予想が確信へと変わる。

 とりあえず自分の中である程度の予想は立てたが、それも所詮は予想の域を出ない。

 そうなれば、今とれる行動はおそらく一つだろう。

「あの、幻ではないのでいったん落ち着いていただけますか?」

 おおよそ冒険者側が言うのは少ないであろう台詞を言うだけだ。

「ひ!? しゃ、しゃべった!」

 駄目だこれ。



「で、つまりこの村に冒険者はいないのね。」

「はい、そうです」

 落ち着くまでじっと待つこと数分。そこから彼女が申し訳なさそうに語ってくれた数分にも及ぶ話を要約して、リリスが圧倒的な事実のみを告げれば、肩口まで癖のある茶髪を伸ばした女性、ギルド受付嬢のカエデ・シスタルトは力なく頷いた。

 彼女の言葉と共に隣からため息と、どうしたらいいのかわからないというシエテの視線が送られてくる。

 ただ、困ったことにこれはなんとも難しい問題なのだ。

 本来、冒険者組合の運営はその地域の主導、他の組合との協力などだが大本は国家である。

 そしてこのギルドは主導体系が村のみということらしい。

 当初は、国や他の組合からの協力もあり冒険者も一定数いたらしいのだが、俺たちが特異な状況のため好都合のこの村も、普通の状態の冒険者からすれば、物流の少なさから起きる生活の難しさ、そして、魔獣の犇めき合う魔森地の最前線という事実が、冒険者たちの定住を妨げ、流れの冒険者の寄り付きすらもなくしてしまっているのだ。

 結果として、実績を出せないギルドと評価を下されてしまい国からの援助がなくなってしまったとのこと。


「そうなると、このギルドは機能していないってことなんですか?」

「それは、まだ違います」

 シエテの言葉に彼女は首を横に振る。

 どうやら、まだ何か残されているようだ。

「魔森地のある魔獣。それを討伐することが国から村の、このギルドに通達されている任務です。それはまだ有効なのでその任務が達成されればまた支援を頂けるはずなんですが......」

 気まずそうに言うに、そういうことなんだろう。

「それが一筋縄ではいかないと」

「えぇ、第二種警戒クラスです」

「...第二警戒、AAAクラスか」

 

 魔獣には簡易的な等級と、正式な危険度が存在する。

 それは危険度を分けることによって、無理な任務を受けないようにすること。対処に十分の準備をできるようにすること。警戒の重要性を明るみにするためと様座ななのだが、実際『第〇なんたら』なんていうのはわかりづらい形式よりも、アルファベットで始まる等級種別が主流だ。

 一番下は小動物と同じような扱いになり無印。そこからはDからSSSまでの等級が用意されている。

 一番上では、神話クラス、伝承魔獣の復活、これがSSSとして扱われる。

 そんなことは、このギルドという組織が設立されてから一切ないため、実質存在しないようなものがSSS。SSは幻のモノ、いるとはわかっているが実際は見たことないといったもの。数十年前にそれが出たときには山脈の形が変わったとか。

 と、まあ上に行けば行くほど訳の分からないというものがこの等級制なのだが、今回のAAAは魔森地を抜ける際にあった『バーサークウルフ』がAAだったのでその上の危険度。ある程度の規模のギルドを持つ町が受け持つレベルの任務といえるだろう。

 

 それを、こんな冒険者も寄り付かないギルドに宛がうあたり、間接的な終了通知なのだが...

「それなら私とレントで十分ね」

「まあねえ」

 今回に至っては大丈夫だろう。

 これでも元勇者候補だ。

 実際リリスと俺で、めちゃくちゃなところに挑んだり、リリスに挑まされたりと、なかなかハードな状況を超えてきたので問題はない。


「ちょっ、第二種警戒ですよ!?わかってるんですか?」

「あぁ、もしかしてまだ幻見てるんですかね...そうですよねそうですよね」

 俺達がふざけていると思ったのか、目の前で半狂乱になりかけている受付嬢に思わずため息を漏らすがおそらく仕方がないだろう。

 もう終わりかけのギルドに、任務を簡単にできるという今日来たばかりの人間。

 こうならないほうがおかしいのかもしれない。


「す、すいませんでした。」

「いえいえ。」

 しばらくして落ち着きを取り戻した彼女だが、言葉とは裏腹にこちらを訝し気に除いてくる。

 実際、そうなる気持ちはわかるので仕方ない。

 ズボンのポケットに手を突っ込み、固く冷たい感触を確かめそれを取り出す。

 小さな金のメダルで複雑な彫金の施された、それを。

 それを見た彼女は徐々に訝し気だった顔を、驚きに染め上げていった。

「お、王宮勅命証!?......国の方ですか!?」

「まぁ元ですね。元、国の部隊にいました。」

 王宮勅命証とは、勇者候補となったときに王に与えられたものだ。

 それがまさかこんなところで役立つとは。

 くすねといてよかった。

 いや、返せともいわれなかったから記念にもらっていたがこんなに効果があるとは。

「そ、それなら納得です!?」

 うんうんと何度も頷きそういってくれるので、俺の疑いは晴れたようだ。

 ただ、ここで一つ彼女の勘違いがあるとすれば、王宮勅命証は武功を上げた騎士や魔術師、勇者などに与えられるのだが、その反面、金の力で持ち主から貴族が買ったり、貴族ゆえに王より授かったりと一概に戦闘力の証明にはならないのだ。


「いやぁ!あなたなら大丈夫ですね!」

 まぁこれは言わないほうがいいだろう。

 目の前で、喜々と素早く書類に必要事項を書き綴る彼女を見るにそれがいいに決まっている。


「あ、お名前と適性...いや勅命証があればいりませんね」

 ふいに言われた言葉に心臓がはねたのがわかったが、どうにか命拾いした。

 職業の適性は偽装のしようがないのだ。

 例えば、魔法使いといえば魔法使いの適性に反応する魔水晶を宛がわれ、その反応で真偽が明白になってしまうからだ。

 まさか、勅命証でここまで助けられるとは。

 もしここで、『元勇者候補です』なんてことが判明したらせっかく王都から離れたのに意味がない。それ以前に、クビになった勇者なんていう話を信用してもらえるとも思えない。

 まぁ、今回その魔獣をどうにかしてしまえば少しばかりかは名が売れてしまうかもしれないが、そこはこの村の過疎具合を信じるしかない。


「レントです。」

「わかりましたレントさんですね。それとそちらの女性とエルフさんは....」

「リリス」

「シエテといいます。」

「わかりました。適性職の方は....?」


——し、しまった。二人の職業は必要だった....


「あ、勅命証ですので騎士ですよね!わかりました。勅命証がありますので他の方も大丈夫ですよ」

 たすかった。勅命証に同行者の身分保障まであるとは。

 ただ王都のほうでは、そんな決まりを聞いたことはないので、もしかしたら地方の特殊な決まりかもしれないがリリスの正体が隠せたのは大きい。流石に悪魔ですとは言うわけにはいかないから。

 シエテには変身を解いてもらっているが、リリスには翼を隠してもらっている。

 本人自身、翼を出すことにも仕舞うことにも特にこだわりがないのが救いだが、この国は魔族などと敵対にあるため何が起こるかわからない。


「それでは、よろしくお願いします!」

 満面の笑顔でこちらに発行された依頼書を出される。

 みればいろいろな情報が書いてあるがとりあえずは、


 胸ポケットにしまい込んであった紙を開き彼女に渡す。

「あの、とりあえず家まで案内してもらえますか?」

 これからの我が家。まだ見ぬその姿を拝みたかった。

 


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