第21話 安野の優しいところ

 昼ご飯を食べてから、成り行きでショッピングモールでウィンドウショッピングに付き合ったり、ゲーセンに行ったりして時間が過ぎ、今はもう夕方になって、二人で帰り道を歩いている。


 駅が近くにあるが、それほど通行人がいるわけでもない。


 静謐な道路を歩幅をそろえて進んでいると、正面から小学三年生くらいに見える、半泣きの男の子が歩いてくるのが見えた。


 何かあったのかな。


「大丈夫?何かあったの?」


 どうやら安野も俺と同じことを考えていたらしく、優しげに問いかけていた。


「うぐ……ひぐ……」


 少年は泣き止みそうにないうえにこっちの質問に応答してくれそうになかった。


 どうしたものか。このままほって帰るわけにもいかないし。


 そう考えていると、俺はその少年が膝をケガしていることに気づく。


「おい、安野。この子ケガしてないか?」


「わ。ほんとだ。ちょっと待ってね」


 安野はゴソゴソとバッグを漁る。


「ちょっとケガしたところ見せてみて」


 少年は泣きながらも素直に右ひざを安野の方へ向ける。


「まず水で洗ってから……えっと……」


 ペットボトルの水で濡らしたハンカチを傷口にあてがう。


 きれいさっぱり汚れを落としてから、安野は絆創膏を貼って対処していた。


 なんでそんな用意良いんだよ。


「立てる?」


「うん!お姉ちゃんありがとう!」


 少年も痛みが引いたのかニコニコしていたが、安野も負けないくらい笑顔だった。こう可愛いとかそういうんじゃなくて、なんだか心温まる微笑みで、何もしてない俺までもが優しくなれたと錯覚するような、そんな笑顔だった。


「ねえお姉ちゃん」


「どうしたの?」


「僕の風船も取ってほしいの」


「風船?」


 どうやら少年はここから少し先にある公園の大きな木に風船を引っかけてしまったようだ。ケガをしていたのは風船を取り戻そうとして、こけたそうだ。


 にしても、言葉足らずだったり、躊躇いなくお願いしたりというところが子どもらしいな。


「ならそれは俺がとってくるわ」


「いやいや和瀬君運動不足なんだからできないでしょ?私が行ってくるから和瀬君はこの子の相手してあげて」


「お姉ちゃんここにいないの?」


「大丈夫だよ。このお兄ちゃん顔は怪しいけど、危ない人じゃないから」


「おい」


「わかったありがとお姉ちゃん」


「ったく。無理すんなよ」


「わかってるよっ」


 そう言って、安野は公園の方へ向かった。


「お兄ちゃんはお姉ちゃんの尻に敷かれてるの?」


「君、そんな言葉どこで覚えたの?」


「お母さんが言ってた」


「その一言でお父さんに同情しちゃったよ……」


 お父さん尻に敷かれてるのな。


 というかノリでここに残ったけど、知らない子どもと何話せばいいんだ?


 とりあえず、無難なところから攻めたいな。


「夕方まで外で遊びまわるなんて元気だな」


「うん!遊ぶの好きだもん」


「友達はもう帰ったのか?」


「と、友達……」


 あれっ。もしかして地雷ふんじゃった?


「やっぱり友達っていた方がいいのかな……」


 やっぱりか。この子は俺と同類だ。


 こんなに小さいときからすでに群れることへ疑問を抱いているなんて。


 俺がこの子ぐらいのときはだましだまし他人と付き合ってきたというのに。


 同士として何かアドバイスでもしてやりたいが、俺の生き方なんて伝えていいのだろうか。そんなぼっちを一人増やすみたいな所業を。


 もちろん俺自身は俺の生き方に悔いはない。誇りを持っている。


 でも、それを他人に押し付けるのはどうかとも思う。


 だから、俺はこの子にこう言うことにした。


「友達がいるいないは関係ない。ダメなのは自分の選択を嫌いになっちゃうことだ」


 少年は目を丸くしている。


「君が友達なんていらないと決めたのなら胸を張ってぼっちを究めろ。友達が欲しいと思ったなら思いっきり友達を作れ。俺はどっちでも君を応援してやるよ」


 我ながら調子に乗った発言をしてしまって、正直ちょっと恥ずかしくなってきた。


 少年はポカーンとしながら、


「よくわかんなーい」


 と、言葉を発した。


 わかんなかったのかよ。


 まあ、小学生には少し難しい話だったな。


 そう思うと、余計にさっきなんで悟ったようなこと言っちゃったんだと、穴があったら入りたい気分になった。


 しかし、少年が「でも」と年相応にはにかみながら、


「なんか元気出たー。ありがとね、お兄ちゃんっ!」


 とはしゃいでいた。


 まったく、子どもは勝手で無茶苦茶で、そんで純粋だなと、まだ高二のガキが心中で納得していると、風船を持った安野がこちらへ戻ってきた。


「はい。これだよね」


 すると、少年はぱあーっと表情に花を咲かせた。


「うん!ほんとにありがとー。お姉ちゃん」


「どういたしまして」


 安野は少年の背の高さまで腰を屈めて、ニコニコしながら頭を優しく撫でていた。


 それを見て、俺も和やかに微笑んでいると、


「お姉ちゃんたち、なんだか僕のお父さんとお母さんみたい」


 と、少年はいきなり言い出した。


「「え!?」」


「お姉ちゃんたちけっこんしてるの?」


「し、してないよ。してるわけないよっ」


「ま、まあ子どもの言うことなんだし、そんな動揺するなよ」


「ど、動揺とかしてないしっ」


「あ、早く帰らないとお母さんに怒られちゃう。またねー」


 少年は突然背を向けて帰ろうとするが、何かを思い出したかのように再び俺らの方へ振り向き、


「お礼にこれあげる」


 と、言って、安野に飴玉を一つ渡していた。


 あ、俺にはないのね。


 少年は渡し終えると、再度踵を返し、ぴゅーーっと走って曲がり角に消えていった。


 無邪気でいい子だったな。


「……俺らも帰るか」


「そうだね」


 安野は少年からもらったリンゴ味の飴玉を舌の上でコロコロと転がしながら、帰路につくのだった。

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