第14話 創作の中ならともかくリアルで中二キャラにはなるなよ

「んー。あと一人なんだけどなー。誰か劇の代表になってくれる人いないー?」


 星山の懇願が教室に響く。


 文化祭の話し合いも終盤。劇に出るメンバーがあと一人必要なようで、その最後の一人を決めあぐねているのだ。


 結局、俺も気は乗らないが、寝るのをやめて起きることにした。誰かさんのせいで。


 その誰かさんの横顔はいつも通り綺麗に整っているのだが、特に間近で見ているわけでもないにもかかわらず、不思議と近い距離で彼女の表情を見ることができている気がした。


「このまま誰も発言がないんだったら、くじ引きかなー」


 そう星山が言葉を連ねると、


「それはいやー」


「誰か代表になってくれー」


 と、阿鼻叫喚な雰囲気が醸し出された。


 くじ引きは俺も嫌だ。俺が劇に出ても恩恵なんて一つもないだろ。むしろ舞台で無駄に人影を作って照明係に迷惑かけちゃうまである。


 ぐぬぬっと陰ながら唸っていると「くっくっく。ようやく我の出番のようだな」と芝居がかったセリフが遠くから耳に入ってきた。


 俺や安野の席は廊下側。つまり、音源は窓側からなのだが、それが誰のものなのかがわかるまでそう時間はかからなかった。


「えっとー。あなたはー蟹目出かにめで君だね☆代表に立候補してくれるの?」


「蟹目出?それは世をしのぐ仮の名にすぎん」


 星山が若干引き気味に質問を投げるが、蟹目出は窓際のカーテンをファサっと翻し、割と渋い声音で言霊を放った。


「我の名はガニュメデス!水と氷の精霊と永遠の契りを交わし、闇に魂を捧げた我が貴様らに手を貸してやらんでもないぞ」


「へ、へえー。そ、それはすごくありがたいなー。でもなんで今まで名乗りを上げてくれなかったの?」


「フンっ。主役はいつも遅れて登場するものだろう。これだから下界の凡俗は……」


 ド直球の中二病来ちゃったよ。安野のことを目に入れても痛くないと表現するなら、蟹目出は目に入れる前からすでにイタイのだろう。


 よい子のみんなはマネしないでね。


 俺は席が離れていることを良いことに、見ざる聞かざる言わざるを徹底しようとしたとき、隣の安野からコソコソと質問をしてきた。


「和瀬君。あれって中二病というキャラだよね?使えるかしら?」


「女の子が中二というのはギャップがあっていいとか、子どもっぽさを一発でアピールできるとかメリットはまああるにはあるが、男に取っちゃ百害あって一利なしだ。なんなら一利どころかもう百害が血相変えて追っかけてくるまである」


「ひどい言われようね」


 クラスメートたちがそろいもそろってあんぐりと口を開けて呆れている。


 これが人心掌握術か……違うか、違うな。


 蟹目出はおもむろにカバンから水がパンパンに入ったペットボトルを取り出し、


「ソロモンの鍵を手に入れるため。このガニュメデスが選ばれしものだけが集う狂乱の宴にはせ参じて進ぜよう」


 と言ってそのペットボトルを机の角にゴツンっとぶつける。


 すると、ぶつけた個所からどんどん凍っていったのだ。


 その現象を目の当たりにしたクラスメートたちは「すげえ」と口々にはしゃいでいた。


 あーあれは多分過冷却水の原理だなと俺が冷めた推理を心中でしていると、蟹目出がさらに言葉を続けた。


「星山だったな。今すぐ水筒の中身を確認してみろ」


「え?う、うん。わかったよ」


 答えた星山は席まで歩いて戻り、言われた通り自分の水筒を確認する。


 すると、信じられないことを口走ったのだ。


「え!?こ、凍ってる!?」


 なんといつの間にか星山の飲み物まで凍らせていたのだ。これには俺も、


「ナニアレスゴイ!」


 と言わざるを得なかった。


 あいつマジックできるのかよ。単純にすごい奴だった。


 後に、これはマジックではない、魔力だとか言わなければ普通にかっこよかったと思う。


「確かにマジックは凄いけど、なんか話し合いの趣旨逸れてない?」


 という安野の指摘を受け、俺は正気を取り戻す。


「何はともあれ、安野はあの中二と劇に出るんだ。仲良くやれよ」


「え、ええ」


「微妙に引いてやるな。どうせお前のことだし中学のときとかもこういう劇とか目立ってたんだろ?」


 俺の質問に対し、安野はやや低めのトーンで否定した。


「いえ。中学の時は……その……友達とか少なかったし……」


 意外だ。どうやら安野は元コミュ障っぽいな。


 そう思案すると、なんだか親近感が湧いてきた。


「そうか。なら今回で初めての晴れ舞台だな。応援してるぞ」


 安野は目を丸くして驚いていたが、すぐに目を背け、


「言われなくてもそのつもりだわっ」


 と宣った。


 俺に隠そうとして隠れていない緩んだ表情が垣間見えたときは、より応援してやりたくなった。

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