第12話 クラス描写あると、必然的に俺は捻くれてしまう

 五月。本格的な暑さはまだ訪れていない。あるのは心地よい穏やかな温もり。おそらく夏派だろうが冬派だろうが、人が一番快適だと感じる気温帯だろう。


 クーラーのお世話になるのも先のことなのだが、俺の所属する二年一組の教室では違う意味で熱気がこもっていた。


 六限目のホームルーム。


 俺たちのクラスは六月に控えている文化祭の出し物について話し合っていた。


 まあ、俺たちって言っても、俺はその中に入っていないけどな。俺たちとは。


 人によってはこの時期から文化祭の準備は早すぎないかと思うだろう。だが、うちの学校は文化祭の二週間前に中間テストが控えているため、この時期から話し合ってないと間に合わないのだ。


「じゃあ後はお前らで決めろよー。先生は生徒の自主性を重んじる校風だからな」


 そう気だるげに言ったのは二年一組の担任教師……大泉二郎先生だ。


 名は体を表すと言わんばかりに、この先生は自由マシマシで癖の強い人格をしている。


 ちなみに俺はあの先生を気に入っている生徒は心の中でジロリアンと勝手に命名している。俺はジロリアンではないが、気を遣わなくていいので先生の中では楽な部類ではある。


「わかりましたー。じゃあみんなー。まずはこのクラスでやる出し物について決めまーす。意見ある人挙手!」


 JKっぽい高めのテンションで場を仕切るのは、ケンカップルで一躍有名なクラス委員の星山だ。今日も今日とて彼女のサイドテールはわさわさと可憐に揺れ動いている。


「お化け屋敷!」


「喫茶店!」


「VS嵐!」


 教室からは三者三様な意見が飛び交う。


 最後、フジテレビからの刺客がいた気がするが。確かに、ボウリングのやつとか工夫したらできそうだけどな。


 それらを黒板に黙々とまとめているのは、星山と同じくクラス委員の御影だ。


 カッカッというチョークを走らせる音が淡々と響いている。


 クラスで熱い議論が交わされること二十分。


 俺はぼーっと事態を静観していると、どうやらお化け屋敷とメイド喫茶の二択となっていた。


 早く終わんねえかなーとつまんなそうに頬杖をついていた俺は左隣からトントンと軽く肩を叩かれた。


「ねえ。和瀬君はどっちがいいと思う?」


 安野も自分から積極的に声を上げるタイプではないのか、話し合いの最中は暇だったらしく、周りに気づかれないよう俺に雑談を持ち掛けてきた。


「んー。お化け屋敷かな」


「どうして?」


「だって俺、このクラスで最も幽霊に近い存在だし」


「毒吐きづらい自虐やめてくれるかしら」


 失笑どころか、微妙に引いた安野。軽くあしらうつもりだったのに結構傷ついたわ。自業自得だけど。


 伏し目で自己を卑下していると、クラス内の話し合いもどんどん進んでいき、最終的に多数決となっていた。


「みんな、良いと思う方に手を挙げてねー。じゃあまず、メイド喫茶が良い人ー?」


 ざっと見渡す限り、男子勢が多い印象だ。大方、安野や星山のメイド姿でもお望みなんだろうな。クラスの半分かギリギリ満たないくらいの人数に見える。


 安野はどうやらお化け屋敷派なようだ。


 これはお化け屋敷優勢か?


「おっけー。一応、お化け屋敷の人数も数えとくねー。じゃー挙手を!」


 星山は人差し指を立てて、いち、にい、と丁寧にカウントしていく。


 すると「うん?」と首をひねったかと思うと、「おかしいなー。人数が合わないよぉー」と唸り始めた。


 ふっ。そりゃあそうだろう。なぜなら俺がどちらにも手を挙げてないからだ。


 中立。別に絶対手を挙げなければいけないなんて定義はされていなかったからなー。


 星山の嘆きによると、俺以外にも中立が数人いて、多数決の結果はちょうど半分に分かれたようだ。


 世の話し合いで、手を挙げてない奴の半分は俺のことだと言ってもいい。


 なんであなた挙げてないのという安野からの不思議そうな視線すら気にならない。


 理由としては、どっちでもいいからだ。


 俺は君たちが進む方向に黙って背中を追うだけだ。背後霊のように。


「んーどうしよぉー。あ!そうだ!」


 教卓で悩んでいた星山はピコんと頭の上に電球を光らせたように元気を取り戻した。


「二つを混ぜちゃえばいいんだよ。名付けて冥土喫茶」


 星山のハイテンションとその口から出た不気味なワードとの温度差激しすぎない?いらっしゃいませご主人様って恭しく言われても、バッドエンドしか見えないんだが。


「冥土喫茶か……悪くないな」と御影。


 お前ら変なところで気が合うな。やっぱりお似合いだよ。


 クラス委員の納得もあってか、他のみんなも「それいいんじゃね」みたいに賛同の意を唱え始めていた。


 完全にカースト上位のノリだな。さすが濃い目の味付けが好きなようだ。


「フフッ。みんな楽しそうね」


「案外他人事なんだな」


「そうね。あなたに合わせたらこうなったわ」


「俺が冷めた人間で悪かったな」


 奇遇なのか、隣の年上毒舌は俺と似て薄い味気だった。

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