第10話 こういう妹ってどうですか?萌えます?

 食卓にはじゃがいもとにんじんやチキンなどごく一般の具材が入ったカレーとサラダが並んでおり、俺たち三人は夕食を共にする。


 かつんかつんというスプーンが皿に当たる音や流れるテレビの音声は変わらぬ日常そのものなのだが、和瀬家の空間に学校一の美少女、安野がいるという状況にはいささかの違和感を拭えないでいる。


 掃除についてはリビングと音夢の部屋、そして俺の部屋に手を施したらしい。短時間であったことを考慮すると、安野の手際はかなり良かったのだろう。(音夢は開始十分くらいでソファーに寝転がっていたのでノーカン)


 さっき安野に「和瀬君の部屋は意外と整っていたので掃除し甲斐がありませんでした」としょぼくれられたときは、普段から整理していて良かったーという安堵と、音夢の部屋は汚かったんですねすみませんという羞恥が同時に胸に押し寄せてきた。


 おい妹よ。俺の心読んでむくれるな。あざと可愛いから。


 そして、会話は音夢がつけているネックレスの話題に。


「音夢さんがつけているネックレス素敵ですね。彼氏さんからのプレゼントですか?」


「って思いますよね~。誰がくれたと思います~~?」


 そう言った音夢はわざとらしく横目で俺を見てくる。


 その視線に気づいた安野は「え?まさか?」みたいな眼光をぶつけてくる。


「ああ。そうだよ。それは去年の三月、音夢の誕生日に俺がプレゼントしたやつだよ」


「シスコン?」


「ちげえよ!当時の俺は無事に帆波高校に受かって、浮かれてたんだ。その勢いで日ごろの感謝とか柄でもないこと思いついて渡しちまったんだよ。なのにこいつ、恥ずかしいからとか言って、絶対外ではつけねえんだよ」


「そりゃあそうだよ~。それこそひまりさんみたいに彼氏からもらったんですかって聞かれて、いえ、兄からですなんて言ったらブラコン扱いされるじゃん」


「このっ。俺が買うときどれだけ苦労したと思ってるんだ。店員さんに『彼女さんにですか?』って聞かれて、違うなんて言ったら白けるだろうなと気を遣って『はい』って嘘ついたんだぞ。ボッチの俺が彼女いるって!この時の俺の心情を百字以内で答えよ!」


「無回答で提出しま~す」


「廊下に立たせてえ」


 安野は嘘くさいくらいに大仰に身を引いた。


「でも和瀬君、ネックレスはちょっと……」


「わかってるよっ!俺もうすうすやり過ぎたって勘づいてたから!」


 クスクスと忍び笑いした安野は、俺から音夢へと興味を移したような意味ありげな目線を送った。


「けど、一年以上も家ではつけてるんですねー」


 安野の言及に対し、音夢は、


「べ、別に大事にしてるとか嬉しかったとかじゃないですからっ。ただ首元が寂しいので何となくかけているだけです」


「そんなに寂しいなら首にとぐろでも巻いとけ。そうすれば、少しは兄に対して落ち着いた受け答えができるんじゃないか?」


「それ首に巻くものじゃないし。これだからお兄ちゃんは……」


 音夢はやれやれとがっくり肩を落としている。


 俺悪くないもん。


 俺に呆れている音夢は急に態度を変え「あ、そうそう」と軽くおつかいを頼むくらいのテンションで、核心を突いた発言を飛ばした。


「ひまりさん、音夢の前では素でいてもらっても大丈夫ですよ?」


「「えっ!?」」


 今こいつ何て?素?お酢のことじゃないよな?安野の道化を見破ったというのか?


 当の安野も一見動じてないようだが、若干顔に陰りが浮かんでいる。


「な、何言ってるかわからないよ音夢さん。私はこれが素ですよ」


 抵抗を続ける安野に対し、音夢はふふんッと得意げに鼻を鳴らした。


「確かにひまりさんの演技は全くもって見破れませんでした。でもお兄ちゃんを見てればわかります。お兄ちゃんはこういう女の子と仲良くできないですもん」


「いや、決めつけはよくな……」


「だってお兄ちゃん外面だけで女の子は判断しないでしょ?なのにひまりさんとは仲が良さげ。ということはひまりさんにはお兄ちゃんと何か通ずるものがある。でもひまりさんにはそれが見られない。なら、その部分を隠しているんじゃないかって思ったんです。これは推測ですが、ひまりさんもしかしてらのべ?とか好きなんじゃないですか?」


 やだこの子鋭すぎ。名探偵なの?あ、そうか。こいつ普段朝なかなか起きないのは、眠りの音夢として人知れず事件を解決しているからだな。


「ここまでバレてしまって隠すのは失礼に値しますね。音夢ちゃん」


 安野は以前俺に見せてくれたように、静かに微笑んだ。


「わぁ~。ひまりさんがちょっと柔らかくなった~~」


「そんなに喜ぶことか?」


「喜ぶよ~~。一歩歩み寄ってくれたって感じ~」


「気を遣わなくて良さそうなのはお兄ちゃんそっくりですね」


「ちょっとひまりさん冗談きついよ~~」


「二人のやり取りでしれっと俺を攻撃するのはやめてね」


 そうして、今回の唐突な夕食会は音夢と安野が距離を縮めて、幕を閉じた。


********


 空は真っ暗ではないが、すでに夜の訪れを匂わせている。にゃーにゃーにゃーにゃーと野良猫が喧嘩している声が聞こえるほどには静まり返っている。


 俺と安野は改めて、今日の振り返りをしていた。


「だから制服エプロンは凄いんだって。あのシチュが生み出すレアリティは……」


「もうわかったって。その話もう四回目だよ」


 一度学校で大概は話し合っていたので、今は和瀬家での出来事しか振り返ることがなかった。


 だから、ただ音夢が可愛かったとか音夢が良い子だったとかしか喋っていない。妹のことばっかだな。


 まあ、音夢にも新しく友達ができて良かったなと兄ながら感慨にふけることもある。シスコンじゃねえぞ。


「そういえば私、音夢ちゃんと連絡先交換してないや」


「あ、そうだったのか?じゃあ帰ってから橋渡ししてやるよ」


「本当?じゃあお願いねっ」


 だが、俺は肝心な事に気づき、頭を掻いた。


「あ、でも俺安野の連絡先知らねえから音夢に教えられねえや。すまんな。俺には協力できそうにない」


「そっかー。じゃあ仕方がないから界人とまず交換かなー」


 俺で悪かったな安野さんや。


「嫌そうなら教えないぞ」


「うそうそ。交換しよっ」


 少し前の俺はまさか学年一の美少女の安野と連絡先を交換するなんて想像できただろうか。まあ妹がきっかけだけど。


 今でさえ自分のこととは思えないんだよな。全く実感がない。


 俺と安野は無事交換が完了し、しばらくして安野の家近くまで送り終え、俺たちはそれぞれの帰路に分かれた。


 次、安野が演じるのは『年上毒舌系』に決まった。期待してます。


 そのまま家に帰ってもよかったのだが、本屋が目に入ってしまい、買いたい新刊のラノベもあったので、遅くなると音夢に連絡を入れて約一時間程度時間をつぶしてから帰るのであった。


********


 俺は自室に入らずに音夢の部屋の前にいた。


「さて、音夢に一応確認とるか」


 あれだけ意気投合してたし、音夢も連絡先は交換したがるだろうとは思っていたが、勝手に行動するのは気が引けたため、確認が取れるなら取っておこうという魂胆だ。


 俺は音夢の部屋のドアノブを握ろうとして、途中でやめた。


 そういえば音夢のやつノックをせずに入ろうとすると怒るんだよなー。まああいつももう中三だし都合ってもんがあるんだろな。


 そう思い直し、俺はコンコンと優しくノックをして「俺だが今いいか?」と声かける。


 すると、中からドタンバタンとやたら騒がしい音が聞こえてきた。何やってんだあいつ。


 一分くらい経っただろうか。


 部屋の前で待ちぼうけを食わされ、もう俺の部屋に戻ろうかと思考した瞬間、バタンっと勢いよく扉が開いた。


 そこにはパジャマを雑に着崩して、異様に顔を赤く上気させた妹の音夢が。


「はあ……はあ……ん……はあ……ど、どうしたのお兄ちゃん……?」


「お前何してたんだよ……」


「い、いやそれは……その……そう!エクササイズしてたの!意外と疲れるんだよ~」


「あ、そう。さぼり癖の音夢がなぁー。長続きすればいいな」


「う、うるさい。続くものは続くしっ」


「はいはい頑張れ頑張れ」


 音夢はしょうもない嘘はつかないし、こいつがエクササイズって言うならエクササイズなんだろう。


「それで、お兄ちゃんは何しに来たのっ?」


「あー。安野がお前と連絡交換したいっていうから、一応お前に確認しとこうかと」


「ほんとに!?うん!交換したいしたい!」


 こうして滞りなく連絡先交換が済み、一日が終了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る