第5話 妹が家にやってきた!
オキクのアドバイス通り、俺は日々の日課に瞑想を取り入れた。
オキクが言うには自分の体内にある魔力の流れを感じ取るようにして瞑想するらしい。
だが、魔力がゼロの俺にはもちろん何の魔力の流れも感じ取れない。
それでも俺は諦めることなく毎日瞑想し続けた。
そんな俺を家に仕えている者たちは奇異の目で見てくる。
この間オキクは言っていた。貴族の間では瞑想はバカにされる傾向があるのだと。瞑想などする暇があったら魔術そのものの練習をするべきだという考えが根付いているのだと。
だから俺の行動は貴族の跡取りとしてはおかしなものに映ったのだろう。
「魔力がゼロに何を掛けてもゼロなのに」
そうやって陰口を叩かれているのも知っている。
上がやることは伝播するものだ。
つまりこの家の当主であるクウラが俺のことを冷遇していることを知って、この家に仕えている者たちも俺のことを侮っているというわけである。
だが、そんなものは別にどうだっていい。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
それに、みんな俺が名のある伯爵家の子息であることを忘れているのかな? 俺の悪口を言うことは、デメリットはあってもメリットはないと思うのだが。
例え当主になれなかったとしても、それなりに力はあるのだ。
程度が酷い者に関してはある程度、将来覚悟してもらうしかない。信用出来ない者を近くに置いておくほど俺は優しくない。
とまあ将来のことは一旦置いておいて、今は今出来ることをやろう。
雑念が入った思考を振り払い、再び瞑想に集中する。
と言ってもやっぱり自分の中に魔力は感じないなあ。微塵も……。
辺りの空気や他人の中に含まれる魔力は何となく感じ取れるようになってきたのだが……。
うーん……と悩む俺だったものの――
実は、それがとんでもないことであることにこの時はまだ気付いていなかった。
そうやって瞑想していると、辺りの魔力の流れが微かに揺らめいたように感じた。
これは、この部屋に誰かが向かってきている時に見られる前兆だ。
この感じだと……オキクかな? というか俺の部屋に来る人なんてオキク以外にいないんだけど。
案の定、間もなくしてオキクが部屋にやってきた。
そして、そのまま俺の後ろを取ろうとするが、俺は途中で目を開けて声を掛ける。
「何をするつもりかな? オキク」
するとオキクは珍しく驚いたようにして目を見開いた。
「まさか……わたしの気配に気付いたのですか?」
「ふっふっ。そう何度もビビらされる僕ではないのだよ」
わざとらしく胸を張ってそう言う俺に対し、オキクは未だ驚いた顔のままのたまった。
「まさかここまでとは……さすが坊ちゃまです」
「そうだろう、そうだろう」
(……里で天才と謳われたこのわたしがどれほど驚いているのか、その凄さに気付いていないようですね)
「え?」
「……いえ。ですが坊ちゃま? わたしとて今のが本気だったわけではないのですよ?」
「え”?」
「今度は絶対に見つかりません。びっくりし過ぎて心臓を止めないで下さいね?」
やばい……オキクの負けず嫌いに火をつけてしまった。
この子、顔に似合わずめちゃくちゃ負けず嫌いなんだよな……。
と、とにかくここは誤魔化そう。
「そ、そういえばオキク。何か用事があって来たんじゃないの?」
「そうでした。聞いて驚かないで下さい。坊ちゃまに妹が出来ます」
「……は?」
俺は間の抜けた声で聞き返すしかなかった。
***************************************
間もなくして一人の赤子を抱いたクウラが部屋にやってきた。
その赤ん坊は少し前まで俺が使っていた赤ん坊用のベッドに寝かされる。
それは女の子の赤ん坊だった。
歳は一歳になっているかどうかくらいだろうか?
今はタオルにくるまれてすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
「叔父上、この子は?」
俺が訊くと叔父のクウラはこちらに面倒くさそうな目を向けた。いや、というよりも興味がなさそうな目と言った方が良いだろうか。
とにかくそんな冷たい目を一瞬こちらにちらりと向けた後、
「お前の妹になる赤子だ」
……いや、それもう知ってるんだけど……。
しかしクウラはそれ以上説明する気もないのか、女の子の赤ん坊に再び視線を落とした。
そして次にオキクに視線を向けて、
「今この赤子の世話をする乳母を探しているところだ。それまでお前が面倒を頼む」
「御意」
オキクが恭しく頭を下げた。
しかし同時に彼女は質問する。
「お館様。この赤子はいずこから……」
「お前が知ることではない」
「失礼いたしました」
クウラの叱咤にオキクはさらに深く頭を下げる。
しかしクウラは機嫌が良いのか、珍しく饒舌になって喋る。
「この女の赤子はまさしく千年に一度の逸材よ」
そう言ってクウラは女の子の赤ん坊を見下ろしながら口の端を吊り上げる。
「この赤子の潜在的な魔力量はこの私をも超える。これでスカイフィールド家は安泰というわけだ」
……まさか、この間言っていた『対策』とはこの子のことか?
同じ思いに至ったのか、オキクが再び質問をぶつける。
「……お館様。この赤子を跡取りに据えるおつもりですか?」
「いいや、そのようなつもりはない。これはスカイフィールドの血を受け継いだ赤子ではないゆえな」
「それではどのような……」
「この女の赤子に私の子を産ませるのよ。スカイフィールド伯爵家歴代最強と謳われるこの私と、千年に一度の逸材であるこの女子との間に生まれる子供……くくく、今から楽しみではないか」
俺が子供だから意味が理解出来ていないと思っているのだろう、クウラは堂々とそんなことをのたまっていた。
いや、バリバリに理解出来ちゃってますから。普通だったらここ、大ショックを受けるところですから。
というかそれ以上の衝撃に俺は固まっている。
――まさか、そんな目的でどこからか女の赤ちゃんを連れてきたのこの人!?
それってやばくない!? ロリコンどころの話ではない。少なくても前世だったら即刻通報ものだよ!?
俺がクウラにある意味尊敬の眼差しを送っていると、俺の視線に気付いたクウラが軽薄な笑みを浮かべた。
「私がお前に求めるのはスカイフィールド家の一員として恥ずかしくない振る舞いをすることだけだ。それ以外はもはや何も望まん。せいぜい失望させてくれるなよ」
しかしその冷たく突き放したようなセリフに対し、異を唱えたのは俺ではなくオキクだった。
「お館様……僭越ながら言わせていただきます。坊ちゃまはこの歳にして魔術書を読み、魔術に対し理解まで見せるほどの稀に見る天才です。これほどのお方を廃嫡にするなどもったいなくはないでしょうか?」
するとクウラは鼻を鳴らす。
「お前は少々この者に肩入れし過ぎているようだな。この者はまだ二歳だ。魔術書を読めるどころか、ましてや魔術に対し理解を示すなど有り得るはずもなかろう」
「ですがお館様! 本当のことなのです!」
オキクがこれほど声を張り上げるのを初めて聞いた。
俺のためにこれだけ一生懸命言ってくれていることに胸が熱くなる。
が、それでもクウラの心を動かすには至らなかったようだ。
「信じるに足らんな。それに私にとってはこの者が魔術に対し理解を示そうがどうでもよいことだ。見ろ、未だに魔力の断片を微塵も感じさせないこの出来損ないを。そのような者をスカイフィールドの正当な跡取りとして認めるわけがなかろう。出来損ないの血をスカイフィールドの正当なる血筋に組み込むわけにはいかん。スカイフィールドの血が汚れるわ。いや、もはや生きているだけでスカイフィールドの面汚しよ」
本当に吐き捨てるようなセリフだった。
オキクからギリッと歯ぎしりの音がする。
「とにかく、お前にはしばらくの間その赤子の世話を頼んだ。そこの出来損ないとその赤子、どちらが大事か言わずとも分かるな?」
「……御意……」
オキクの答えにクウラは満足そうに頷いた後、去って行こうとする。
やばい……その背中を睨み付けているオキクの目がとても人様にお見せできないことになっているのだが!?
このままでは暗殺の成否に関わらずクウラに襲い掛かりそうな雰囲気だったので、俺はわざとオキクの前に入ってそれを止めた。
するとオキクは驚いた顔をする。
……いいんだ、オキク。君が味方でいてくれるだけで俺はどれだけ救われているか……。
それに考えてみれば、誰も味方がいなかった前世に比べたら、こんな可愛い子が味方でいてくれる今の状況はむしろ天国ではなかろうか?
気付けばクウラは部屋からいなくなっており、取りあえず最悪の状況を脱したことに俺はホッと息を吐いた。
俺は振り返るとオキクを見上げながら言う。
「もしオキクがいなくなったら、僕の味方は誰もいなくなっちゃうよ?」
「ぼ、坊ちゃま……」
オキクは初めて申し訳なさそうな表情を見せた。
しかし次の瞬間、暗殺者の顔に戻ると、
「では、せめてこの赤子を亡き者にしましょうか? 大丈夫です。自然な病死に見せかける方法はいくらでも……」
「ダメに決まってるだろ!?」
自然と赤ん坊を殺そうとするオキクちゃんが怖すぎる!
ま、まあ、俺のためを想って言っているのは分かっているので悪くは思えないが……。
それに――俺は赤ん坊に目を向ける。
この子は俺の妹なんだ。
妹は周りで起きていたことなど関係なくすやすやと眠っている。
……この子は俺が守らなければ。俺はそのように思った。
あの変態ロリコン叔父の魔の手から俺が兄としてこの子を守るのだ。
そのためにも、やはり、何としても力を手に入れなければならない。
少なくてもあの叔父に勝てるくらいには。
――妹は俺が守る。
俺は決意を新たにした。
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