第52話 倉橋の兄

 さて、今日はどうしようか。授業の傍ら窓の外を眺めながら考える。


 まずは、柳谷への対応かな。昨日チャットで変な感じになっちまったしな。


 ここ最近はボスも柳谷も俺も気が向いたら空き教室に行く感じになっているからいない可能性もあるが、他クラスに直接赴くよりは精神的ハードルが低いので、とりあえず、昼休みは空き教室に行ってみるか。


 惰眠を貪っているうちに昼休みを告げるチャイムが鳴る。椅子の背もたれにぐーっと寄りかかりながら、伸びをしてリラックス。


 リラックスした次いでに文化祭実行委員という面倒な仕事を押し付けられていたことを思い出した。


 昨日、委員を決めたってことは、今日から委員会があるから切羽詰まっていたとかそんなところなのだろうか。委員になったは良いが、その日程とか全く理解していないわ。もしかしたら、今日の昼休みからなんかあったりするのかもしれない。


 そこで、頼りになるのは倉橋である。俺と一緒に文化祭実行委員になった同志である。何か尋ねれば的確なアンサーが返ってくる、俺の馬鹿ばかりの知り合いラインナップの中でも稀有な人物である。


 「今日って文化祭実行委員会的なのあります?」


 「ないよ。来週にあるみたいだよ」


 「なるほど、ありがとう」


 カレンダーと予定の照らし合わせを全く行わないガサツ系の男子にとって、このような女子は非常にありがたい、いやまじで。


 相手に便利な女扱いしやがってと思われている可能性があるが、そこは毎回しっかりと申し訳なさそうな顔をすることでやり過ごすことができるだろう。それに加えて俺はできるだけ姿勢を低くしてへりくだるようにもしている。


 「便利な女とか思ってる?」


 「思って……ない」


 急なサイコメトリーでちょっとどもってしまったが、何とか耐えることができた。


 「へぇー」


 倉橋のクリクリした目から放たれる優しい眼差しに背筋がぶるっときた。


 うん、そうだな、後でこっそり100円を献上しておこう。


 適当な言い訳を早口で喋り終えた後、俺は逃げるように空き教室に向かうのだった。


―――――――――――――――――――――――――――


 「どうもー」


 「うん」


 適当な挨拶とともに、いつもの空き教室へ入室。


 まばらに配置された椅子、その一つに今日も今日とて機嫌の悪さそうなボスが座っている。


 いつもだったらボスと距離感を保った位置に柳谷も座っているのだが、ぱっと見た感じいないみたいだ。


 俺がいつだったか隠れたことのある掃除用ロッカーとかに隠れていたりしないかなと思い、開いてみるがいなかった。ここに隠れるのは馬鹿だけか。


 「柳谷さんはここにはいないわよ。クラスの教室にいると思うけど」


 「あぁ、そうなんだ」


 基本的にはセットでつるんでいる二人だと思っていたが、今日はどうしたことだろう。


 あ、その原因の一端を担っているかもしれないのが俺だわ。まさか、昨日の一件が響いたのか。


 「あんた、なんかした?」


 「俺は何かしたのかもしれない」


 「なんで自問自答してるのよ。……心当たりあるなら早めに謝っておきなさいよ」


 「はい」


 このまま空き教室からとんずらして柳谷のいる教室へ向かうのも良いが、最近のボスは俺に適当に扱われることに敏感になってきているので、しばかれないようにするためにも最低限の世間話はしておいた方が良いだろう。


 「最近どう?」


 話題が何も思い浮かばない時は、とりあえず相手に委ねておく。


 「最近って、んー。……あ、清川さんのお姉さん、鏡花先輩と話したわ。あんたは濁して教えてくれなったけど、あの人もあんたと似たような状況にあるんでしょ?気になったからさ、色々と聞いてみたの」


 「……どうだった?」


 鏡花さんはボスに自分のパラレル事情について話したのか。意外といえば意外だ。中学三年生まで死の恐怖から一人で耐え続けてきた鏡花さんがそんなに親しみのないいち後輩に話すとは。

 

 「……なんか話すの渋ってたから、ちょっとだけ強めに聞き出してみた」


 「……あぁ、そうなんだ」


 目を泳がせながらボスは語る。ボスの尺度ではちょっとだけ強めにという解釈になるようだが、世間一般的な尺度を用いたら無理矢理聞き出したになりそうである。


 「まぁ、それは置いておいて。……それでね、パラレルだっけ?あんたの奴はゲームっぽいからなんとなく理解できたけど、鏡花先輩のはちょっとあたしには理解するのに時間が掛かりそうだわ」


 「まぁ、それは俺も分かる。まじかよってなるよな」


 「うん、なった。でも、その話を鏡花先輩としている時にね。雰囲気重かったからさ、ちょっとだけ和ませようと『頭に電波入ってるじゃないですか』って言ってみたのよ。そしたらさ、冷たいというかもうこいつ殺すわって感じの無機質な視線向けられたの。多分、あの目は私の生涯恐怖ランキングでトップ3にランクインし続けると思うわ」


 「お前、怖い者知らずだな。俺も人のことは言えないが」


 「でもね、あんな視線向けられたからさ。この人、ネタじゃなくて本当のこと言ってるんだって思ったのよね。だから、半ギレさせた甲斐はあったわ」


 何このポジティブさ、見習っていいんだか悪いんだかもう良く分からん。ああ、やり切った満足顔してますやん。


 「あんたは鏡花先輩に協力してるって話じゃない?清川さんのお母さんとかにも話を聞きに行ったけど今のところ何も進展なしってことも聞いてるわ。何してんの?あの人、本当に死んじゃうけど」


 どうしよう、ぐうの音も出ない。


 人妻と戯れて嫌われ、姉妹の仲直りに一役買ったと思いきや現在はまたもやギスギスしている模様。


 空しい敗戦の記憶が脳内を駆け巡る。


 「今度こそは人妻から何とかして色々と聞き出します」


 「人妻って……ねぇ。あんた人が死ぬかもしれないのにふざけてんの?」


 「あ、ごめんなさい」


 久しぶりにちゃんと怒られたわ。ボスのように綺麗なギャルフェイスで睨まれると、心臓がキュッてなっちゃう。キュンじゃなくてキュッな、一文字変わるだけで全然違うね。


 「今度お見舞い行くときは、あたしも付いて行くわ。あんたじゃ話にならないわ」


 「いや、それはそれでなんといいますか、場を無駄に混乱させる人材が増えるだけで、」


 「黙りなさい。あんたが180度かき回した分をあたしがかき回して180度回し直せば、元通りになって良い感じに話を進められるはず」


 「な、なるほど」


 どうしよう、何言ってるんだろうこの人。


 そんな感じでお見舞いパーティーにボスが加わった。


―――――――――――――――――――――――


 ボスから俺の日頃の行いに対する小言をもらい続けて数分、俺が念仏モードに入ったのが分かったのか、こめかみに青筋を浮かべながらも解放してくれた。優しいボスでした。


 今は空き教室から出て、ボスと一緒に柳谷がいる教室へ向かっている。


 保護者に先導される児童のスタイルで、とぼとぼとボスの後ろを付いて歩く。


 目的の教室に到着し、教室のドアをちょい開けして中を覗く我々。そして、人を寄せ付けない覇気を放っている柳谷の存在を確認。


 「入んないの?」


 「まずは様子見」


 「入るの嫌なら、あたしが呼んでくるわ。面倒だし」


 俺の返事を待たずに、ボスは教室の中に入っていく。姉御肌のボスに任せ、そのまま俺は覗き見待機。


 ボスが教室に入ると、女子たちが会話を止め固まる。ピーンと張りつめた空気感というやつである。それに対してボスは全く気にした様子を見せず、そのまま柳谷のいる席に向かいトークを開始。


 俺もまた昨今はキャバ嬢との闘いの傷跡として、クラスメイト達から腫れ物のように扱われることがあるが、その雰囲気とはまた違う。ボスから威圧してるって感じだ。


 そんな風にボスの環境を変えてしまったのは俺の責任であるが、持ち前の適応力でどうにかしているようだ。とりあえず、へらへらしながら場を凌ぐ俺とはポテンシャルが違うな、素直に脱帽である。


 トークを終えたのか、ボスが足早に戻ってきた。なにやら眉根を寄せて困惑気味の表情を浮かべている。


 「ねぇ、あんた本当に何したの。『落ち着くまで佐藤君とは話さないわ』って言われたんだけど」


 柳谷の平坦な声をモノマネしながら、ボスはそんな言伝を伝えてきた。


 やっぱりセクハラか、セクシャルハラスメントなのか。でも昨日のだって軽いジャブ程度のセクハラだったよな。いや、もうセクハラの時点でダメなのか。男女雇用機会均等法にしばかれるくらいにはやりすぎていたのかもしれない。


 「セクハラをした」


 「ばっっっかじゃないの」


 かもしれない運転しかり、かもしれないセクハラも浸透させていく必要があるのか。男性諸君は血の涙を流しながらその時を待つほかない。


 「でも、あれね。柳谷さんがその程度であんなことを言うかな、なんだからしくないというか」


 「……どうだろうか」


 日頃の行いが悪いせいで、俺的にはシンプルにセクハラで嫌われたがしっくりくる。


 なんだろうこの気持ち。これ以上余計なことに巻き込まないようにと敢えて自分からボスや柳谷と距離を置いたこともあったが、相手の方から離れられるとちょっと悲しい気分になる。自分からは良いけど相手はダメみたいな感じか。自分勝手で女々しいとか救いようないぞ俺よ。


 「真意は分からない。柳谷が話さないって言ってるなら性格的に当分揺らがないだろうし、その理由も多分言ってくれないだろうな」


 「まぁ、そうね。頑固だもの」


 「柳谷がスマホ持ち出したの知ってるだろ?今日の夜にでも猫の可愛い動画とか送って心の傷を癒してみるわ。そしたらいつか機嫌も戻るだろう」


 「あんた人間なめ過ぎじゃない?」


 ボスの呆れ顔と共に昼休み終了のチャイムが鳴った。何の成果も得られませんでした。


 

――――――――――――――――――――――――――――――

 午後の授業が何事もなく進行し、あっという間に放課後タイムである。


 放課後はフリーなので、意気揚々と帰り支度を済ませ、倉橋にサヨナラの挨拶をして学校から脱獄する。


 家に帰ってたら、柳谷の心に響きそうな可愛らしい動物の動画を探そう。柳谷のように人間をジャガイモ程度にしか思っていないような奴には、人じゃない動物の愛らしい動画が案外ヒットするのだ。ちなみに何の根拠もない。


 頭を空っぽにしてルンルン気分で帰宅の道を歩んでいく。


 「おい、お前、佐藤照人だな」


 低い声が後ろから聞こえた。その瞬間、全力前ダッシュで適度な距離を取ってから回れ右の方向転換。初手で声を掛けてきたということは不意打ちではないと反射に遅れて思考が追い付いてくる。


 「おいおい、警戒の仕方が尋常じゃないな。落ち着けよ」


 「……誰ですか」


 高身長で細身、髪は無造作ヘアー。前髪が長めで顔は良く見えないが隙間から覗くキリっとしたお目眼からして多分イケメン。


 「倉橋修司、倉橋香澄のお兄ちゃんだ」


 「え?」


 倉橋の兄者?


 確か春斗がいつだったか会ったとか言っていたな。相手にされず話を聞いてもらえなかったと言っていたような気がするし、特に予備知識はない。あ、シスコンって言ってたっけか。


 いったい何の用だろう。俺が黙っていると、しびれを切らしたのか倉橋兄が会話を進める。


 「とりあえず、最初に言っておく。俺も転生者だから。ふん、ビビったか?まぁ、警戒する気持ちは分かるが、色々とお前に用事があるんだよ。ちょっとついてこい、なぁに、ちょっと落ち着けるところで話すってだけさ」


 「……」


 今、俺は相当間抜けな顔をしているだろう。突然現れた倉橋兄がぺちゃくちゃと話し出したかと思えば、転生者だと?


 そんなあわあわ状態の俺を見て満足したのか、キザな笑みを浮かべた後、ついてこいと言わんばかりに背を向けて歩き出す。


 このまま俺も背を向けて自宅に帰宅するのもまた一興ではあるが、さすがにこれは話を聞く必要がある。先っちょだけ入れてお預けされる前に最後まで貫く、それが男の流儀である。


 そして、ホイホイと歩きながら連れ来られたのは近場のファミリーレストラン。


 「ドリンクバーは俺のおごりだ」


 「あ、ありがとうございます」


 くっそ、おごりマウントしてきたぞ。このままでは会話のイニシアティブをとられてしまう。


 「ライス単品くらいなら俺も奢れますけど」


 「……いや、いらねぇよ」


 小銭を渋ったのがいけなかったらしい、断られてしまった。もう少し見栄を張ってハンバーグとか言っておけばよかった。


 「あのな、俺は別に世間話がしたいとかそういうんじゃないんだよ。余計なことは考えないで、自然に会話しろ」


 「あぁ、はぁ」


 俺は自然な会話を意識したつもりだったが、どの辺が自然じゃなかったのだろうか。ライス単品の部分かな。


 疑問の視線を向けていると、げんなりとした表情を返される。


 「妹から聞いていた通りのイカれた奴だってことは分かった」


 どうやら、倉橋は俺のことをイカれた奴だと思っているらしい。なんだろう、そう思われて当然とすんなり納得できるわ。


 「まぁ、そんなことはどうでもいい。本題に入るぞ」


 「あ、はぁ」


 「お前、体育祭前に大けがしただろう。まずはそれについて。お前がどこまで知っているか分からんが、それを計画した奴から手紙をもらった。読んでみろ」


 そう言って、倉橋兄は手紙を取り出し渡してきた。どれどれご愛読してみるとするか。


 『こんにちは、佐藤照人君。知っているとは思うけれど一応自己紹介を、私は神内璃々です。コンタクトを取りたいとは思っていたんだけど、君のお仲間さん、優秀なブレーンのおかげさまで結局はこのような形での挨拶になってしまった』


 おっさんはどうやら裏で物騒な女を遠ざけるお仕事をしていたらしい。さらに続きを見ていこう。

 

 『ショッピングモールでの一件、あれはすまなかったね。実際に手を下したのは私ではないが、彼も本当は殺すつもりはなかったんだ。少々、君の回復力とやらに驚いて気が動転してしまったらしいんだよ。ゾンビかと思ったと彼は言っていたな。

 それでね、本来の予定ではある程度痛めつけた上で私の存在に恐怖心を抱かせるというものだったんだ。まぁ、君の様子を聞いた限りどのように痛めつけようが意味はなさなかったように思えるけれど、本当に死にかけたのに普通にピンピンしているようだしね。なぜ、そんなことをしたか、一番気になるのはそこだろう?単刀直入に言わせてもらおう、清川鏡花から手を引いてほしかったんだ』


 それにしてももうちょっとやり方があるだろうに、こっちはガチで死にかけた。初手は対話から始めて、その後で暴力なりなんなりすればいいだろう。宣戦布告される前にやられたんじゃ心臓に悪い。


 『いま君が考えてることも分かっているつもりだよ。確かに、ちょっと強引だったとは私も思う。けど、どうだろうか。最初に対話したとて君は清川鏡花から手を引けと言われて納得しただろうか、しないだろう。それなら意味のない対話はせず、清川鏡花と一緒にデートしているときにそのまま殴り込んで警告してしまおうと思ったわけさ。まぁ、君は清川鏡花の件以外にも色々とやんちゃな活動をしているようだから、清川鏡花から手を引けという直接の意図は伝わらなかったみたいだけどね』


 なんか文章だと小難しいな。とりあえず、こいつがめんどくせぇ女ってことだけは分かった。


 『他のヒロインならどうちょろまかそうが君の勝手にしてもらって構わない。だが、清川鏡花だけは止めてもらいたい。これ以上規定ルートを外れてもらっては困る。ゲーム舞台が始まる上で彼女の死は欠かせないものなんだ』


 なんだそれ。欠かせない死なんてものがこの世にあってたまるか。


 『ほら、納得してくれないだろう。だからこんな手紙にも意味はない。また今度、違う方法で君を追い詰めるつもりだから、覚悟しておくといいだろう。

                                 神内璃々』


 めっちゃ怖いんですけど、何この人。またボコされるのか、いや違う方法ってことだし違う攻め方で来るってことか。


 「読み終えたか」


 思考の渦に飲み込まれそうになっていたとこで、倉橋兄から声が掛かる。


 そして、手紙を取り上げられた。


 「あ、ちょっと、もう一回見直したいんですけど」


 「自己紹介と宣戦布告の手紙さ。内容なんてそれだけだろ。これは後で俺が燃やすように言われてるから預かっておく」


 「えぇ、てかお兄さんは何者なんですか」


 「俺はお前のお兄さんではない!」


 急にキレて台パンを見せつけてきた。あぁ、このシスコン殺してぇ。


 「あぁ、悪いな。えっーと、俺は中立というか、あの女側でもお前側でもどっちでもない」


 「でも、手紙燃やすとか言ってますやん。それって余計な証拠とか残らないようにするためでしょ。神内璃々側に寄った行動じゃないですか」


 「ま、まぁ、お金もらったんでね。ちょっとは手伝ってあげようかなと」


 買収済みだったのか。泣けてくる。


 「俺がやる事なんてメッセンジャーくらいだ。それ以外のことは関わるつもりはないから放っておいてもらっていい。神内からもあんまり信用されていないしな、俺」


 「なんか頭痛くなってきたんですけど」


 「そりゃそうだろうよ。それでな、神内からのメッセージはこれだけだが、俺からも言っておくことがある」


 「はぁ、聞きますよ」


 「香澄とはあまり関わるな。これは別に俺がシスコンだから言ってるわけじゃない。分かるだろ、お前の敵はこの物騒な神内璃々だ。何をするか分からないやべぇ奴なんだ。二次被害を防ぐためにもお前はこれ以上香澄と関わるな。これは他のお前の知り合いにも等しく言えることだ」


 それに関しては俺も全く同意見だ。けれど、ボスには断られた。春斗もどうせ譲らない。倉橋に至っては、


 「文化祭実行委員で一緒なんですけど。むしろ倉橋の方から結構ぐいぐい来るんですけど」


 「なんだとぉ、あれだけ言ったのに。なんでお兄ちゃんの言う事を聞いてくれないんだ。清川奈々とも関わっているようだし……」


 ぐぬぬって感じの表情で頭を抱える倉橋兄。あの小悪魔娘はお兄ちゃんでも手に負えないようだ。


 「それで倉橋って何者なんです?ちょいちょいこっちの事情を知ったような匂わせしてくるんですけど」


 本人にも似たような質問をしたことはあるがはぐらかされてしまったからな。卑怯だとは思うが兄の方に尋ねさせてもらおう。


 「俺は妹に転生について詳しく話したことはない、どこまで知っているのかも正直分からん。でもなんか知らんけどいつの間にか結構理解してるっぽいってことだけは分かる。俺の存在がトリガーになって興味を持ったことは確かだと思うが、以降はあいつが勝手に調べて自分なりに理解したんだと思う。やめろって言ったんだけどな、俺はこんなにも巻き込みたくないと思っているのに」


 またもや頭を抱えるお兄さん。可哀想に。


 「それでさ、……お前ってさ制限ってあるか?」


 「え、ありますけれども、お兄さんだって何かしらあるんでしょう?」


 「お前の制限とはちょっと毛色が違うと思う。俺の場合はペナルティって感じだな。俺がやらかしたせいで与えられたものだな。そして、そのペナルティの影響は俺じゃなくて妹に与えられてる。俺のせいで妹が損をしているってわけだ。意地の悪いペナルティだよ全く」


 ペナルティ?そんなものがあるのか。おっさんからも聞いたことはない。


 「何をしてペナルティなんてものが与えられたんです。それで倉橋はどんな影響を受けてるんですか」


 ここにきて初めて倉橋兄は迷うような素振りを見せる。


 「妹からその事について口止めされているんだ。お前に話しておきたいという気持ちもあるが、話したらお前は余計に香澄のことを気にかけそうだ。それは兄としても二次災害としても本望じゃない」


 「え、なんかもうめっちゃ聞きたいんですけど」


 「ダメだよ、お兄ちゃん。照人君」


 「「ぎゃあぁぁぁぁ」」


 倉橋兄と悲鳴をユニゾンさせる。俺と倉橋兄の二人とも驚きつつも声が聞こえてきた方向へ首を90度回転。そこには渦中の人物、倉橋香澄がいた。


 「二人そろって楽しそうだね。私も混ざって良いかな」


 「「あ、どうぞどうぞ」」


 「お兄ちゃんはこれ以上余計なことは言わなくていいからね」


 「いや、あのな。俺はお前のためを思ってだな。これでも結構色々と」


 「黙りなさい」


 「……」


 倉橋兄は一撃で撃沈である。撃沈した兄に代わって俺が会話を仕切る。


 「お前、いつから話聞いてたんだ?」

 

 「うーん、ちょっと前くらい。良く行くファミレスで二人が真剣な表情で会話しているのが窓越しにうつってたから、気になってね」


 「あぁ、そうなんだ」


 「照人君もだめだよ。女の子の秘密を暴こうとしちゃ」


 「……もう正直気になって仕方がないんだけど」


 「お兄ちゃんはペナルティとか大袈裟に言ってるけど、別にそんな大したことじゃないの。聞いたら拍子抜けしちゃうと思うよ」


 「大したことないなら言ってくれても良くないか」


 「うーん、とはいってもね。それ言っちゃったらさ、お兄ちゃんも言ってたけど君の事だからなんだかんだ私の事心配しちゃいそうなんだよね。今照人君は色々と雁字搦めというか立て込んでいるでしょう?余計な負担になりたくないの。いつも焦ったりすると変なことをするじゃない君、それ見ると余計にね変なことは抱え込ませないようにって」


 「いいや大丈夫、言ってもいいぞ」


 「いや、あの、うん。……それなら仕方ないかってなるところじゃない?……はぁ、もうなんか隠すのも馬鹿らしくなってきたなぁ」


 一呼吸おいて、倉橋が喋り出す。


 「もう、分かったよ話すよ。……えっとね、君たちの言う制限、ペナルティ?まぁなんでもいいか。あのね、んーとなんて言えば良いかな.私って存在が薄いっていうのかな、人の記憶に残りづらいんだよね。記憶に残ったとしてもすぐに忘れられちゃうみたいな感じ。分かるかな?」


 「影が薄いとかそんなんの強化版か」


 「うん、まぁそんな感じかも。日常生活する分には問題ないの。一定期間続けて会わないとかそういう状況が続くと忘れられるかな。多分、小学生の時の同級生で今私と同じ中学じゃない子は誰一人私の事覚えていないと思うよ」


 軽く絶句する。そんなことを抱えているとは思ってもいなかった。


 「でも、春斗は覚えていたような気がする。いや、俺が思い出すのに時間が掛かるとか言ってたか」


 あの時はちょっと疑問に思うくらいで、春斗の記憶のネジがぶっ壊れた程度にしか思っていなかった。そんな理由があったのか。


 「そう、思い出そうとすれば思い出せるみたい。実験してみたからそれは確かだよ」


  実験って、強かすぎるなこの子。


 「お兄ちゃんで実験してみたこともあるんだけどね。一か月近く顔を合わせなかったら忘れちゃってたんだよね。さすがにあの時はちょっとショックだったなぁ。何度も話しかけたら思い出してくれたから良かったけどね」


 「……まじっすか、お兄さん」


 「まじだ」


 将来、一人暮らしとかしたら家族から忘れられるってことか。普通に重くないかその制限。俺の制限とかマジでしょうもないレベルで申し訳なくなってくる。倉橋兄の言によると、転生者ではないんだよな。いったい何をして妹にそんなペナルティが与えられたんだよ。


 「でも、あれだよ。忘れない人もいるみたいなの。例えば君だったり、奈々ちゃんとかもそうだね。多分、物語の登場人物は例外って感じなんだと思うよ」


 「そうなのか……」


 あとさりげなく言ってるけど、やっぱりこの世界のことも知ってるみたいだな。


 「照人君の存在は本当に救いだったなぁ。小学生の時、私が何もかもどうでいいって思ってた時期に、何度か君と会話をして、私を忘れない人もいるんだって思った時世界に色がついたみたいに感じたよ」


 「あぁ、それは良かったです」


 こんなちっぽけな俺でも役に立ったんですね、正直泣きです。そこにあるだけで役に立つ空気清浄機くらいには役に立つんだ。ゲームの登場人物で良かった。


 「私の話は以上ー。ね、大したことないでしょ?」


 「いや、まぁ、重かったよ?」


 明るい調子で話し続けるから、そこまでの悲壮感は感じさせなかったが、深刻な口調で話されたらこうもすんなりいかなかったと思う。


 「あ、そのペナルティを受けた理由は何なんだ?お兄さんが何かしたんでしょう?」


 「いや、それはだな、」


 「それはもっと大したことない事だから!照人君がいつもやらかしているようなことをお兄ちゃんがやらかしただけ」


 倉橋兄の言葉を遮って、倉橋が叫ぶ。倉橋にしては珍しく顔を赤くして恥ずかしがっているように見える。


 倉橋がいる場所では聞けなさそうだな、後でこっそり聞いてみるとしようか。


 「俺、もう帰る」


 妹に怒られていじけた表情の倉橋兄は席を立ちあがった。


 まだ聞きたいことはあったが、宴もたけなわムードである。


 「佐藤、俺が言ったことを忘れるなよ。香澄とは一定の距離を保って過ごせ。香澄はお前を救いの人物だなんだと愛着を持っているようだが、構わず突き放していいから」


 「ねぇ、お兄ちゃん。余計なことは言わなくていいよ。……照人君はいつも通りで良いからね!」


 最後までいじけたままのお兄ちゃんは倉橋に連れられて退場した。


 何でもない一日がとんでもないサプライズデーになってしまったな。色々と処理することが多すぎて俺には抱えられないぜい。


――――――――――――――――――――

 今日のことを聞いたとしていったい俺は何をすればいいのか。ボクシングでも学んで、神内璃々の襲撃対策でもするか。とかそんなことばかり考えているので、これはもう煮詰まっているとしか言いようがない。


 現実逃避の為に癒しの動画を見ていたところでふと思い出す。そういえば柳谷のご機嫌取りを行う予定だった。


 猫の動画でも送っておこう。はい、送信と。


 しばらくすると、返信が返ってきた。どうやら、反応をもらえたらしい。ご機嫌取り成功かしら。


 『俺を挑発しているのか』


 おっと強めの返信が返ってきた。


 それに一人称が変わってるぞ。どういうことだ。今度はそういうキャラなのか。ネット弁慶が極まったのか。


 いや、それにしてもおかしいよな。さすがの俺でも気づく。


 これ本当に柳谷か?


 『柳谷瑞姫さんであってます?』


 『もしや貴様、今まで俺と娘を勘違いしていたのか?』


 これ柳谷の親父か?

 

 でも、表示されている名前は柳谷瑞姫ってなってるよな。


 あれれと思いながらプロフィールを開いていじっていると、表示名の変更欄というものがあった。初期化マークがあったので、ポチっと押してみると。


 瑞姫ではなく、いかにも男らしい柳谷性の名前が表示された。


 これが俗にいう親父トラップか。スマホが欲しがっていた柳谷が親父のスマホを勝手に持ち出したとかそんなところか。子供っぽい部分もあって俺は安心したよ。


 何も考えず、テヘペロスタンプを送り返す。


 そして、勢いでやっちまったと気づく。さらに、この前の娘さんはおいしく頂きました発言も思い出してダブルで後悔。


 返信の通知音が聞える。スマホを壁に投擲して耳を塞いだ。そして今日のところは寝ることにした。明日の俺がどうにかしてくれることを期待して。


 


 

 

 


 


 


 


 

 

 


 

 


 

 


 


 

 


 


 


 


 


 

 

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る