第37話 夏祭り

 面倒なことは早めに済まそうの精神で、昼飯をチャージした後、さっそくお金を返すため、清川家に向かった。


 合計で1000万円近くあったので強固なケース的なものに入れて持っていこうと思ったのだが、結局見つからなかったので、普通のリュックに詰めることにした。


 清川家までの道中は最高にスリルがあった。俺のリュックの中身を狙ったように配置された数々の通行人、全員が盗賊の表情をしていた。


 宝くじとかで3億とか当たった人とか俺の比じゃないくらい日常が世紀末になってしまうんじゃないだろうか。やはり自分の身の丈にあったほどほどのお金を持つくらいが丁度いいよな、そんなことを思う今日このごろ。


 そんなこんなありながら、清川家に到着した。インターホンを押して、しばらく待つ。しかし、誰も出てこない。


 一応、金返しますと、おっさんに連絡していたはずなんだけどな。


 全然出てこないので、もう一度インターホンを押してしばらく待つ。


 すると、家の中からガタガタと物音が聞えてきた。


 そのガタガタ音は玄関の扉を目指して進んできたようで、到着したのかピタリと音が止んだ。


 多分だが、玄関の扉ののぞき穴を確認しているのではないだろうか。この時点で、今扉の向こう側にいるのがコミュ障でお馬鹿ちゃんの清川奈々であると察することができる。


 ガチャガチャと音が聞えたので、オープン・ザ・ドアしてくれるのかと思ったが、扉は依然としてしまったままだ。


 勝手に開けてくれという意思表示なのかと思い、扉を引っ張って見るも、全く動かない。


 なんか鍵かけられたみたいだ。


 どうしよう、ここでひと悶着あるとは思ってもいなかった。大金を持ったまま、玄関で野ざらしは嫌であります。


 「いるんだろ、開けてくれよ。奈々えもん~」


 なんとか説得を試みるも、清川が玄関の扉から遠ざかった気配を感じた。どうやらおふざけは嫌いらしい。


 「俺はおっさんに会いに来たんだよ。ちょっとだけ開けてくれよ」


 なんかこのセリフおかしいな。近所の人から見たら、なんで美少女じゃなくて小汚いおっさんに用事があるんだよってなるよな。ショタとおっさんの恋物語とか想像すると尻が引き締まるんですけど。


 『清川が開けてくれません、助けて下さい』


 とりあえず、早期解決の一手、おっさんチャットだ。


 すると即レスポンスが返ってきた。


 『ごめん、ヘルニアがやばい。今立ち上がれない。助けてくれ』


 だめだわ、このおっさん。おっさんのヘルプをしっかりと無視して、目の前の扉、いや砦の突破を試みる。


 まだガタガタと物音が聞える。どうやら、まだ玄関にいるようだ。ここは対話を試みよう。


 「あのさ、最近調子はどうですか」


 「……どちらさまですか」


 おい、ちょっと待て。記憶喪失とかやめろよ、ただの馬鹿であってくれ。


 「……あのですね。佐藤照人って言うんですけれども」


 「……ん、照人?」


 そんな声とともに、玄関の扉は開いた。


 隙間からじっとと見られる。


 「……あ、本物だ」


 「そりゃそうだよ!」


 どうやら偽物だと思われていたらしい。もう怖いよこの人の思考回路。


 「のぞき穴で俺の事確認してたんじゃないのか」


 「確認してない。……いつも誰来ても無視することにしてる。インターホンしつこいから、仕方なく来た」


 「あら、そう」


 「今度からは勝手に入ってきていいよ。どうせ、鍵かけてないし」


 用心しているのか、そうでないのかもう良く分からん。



 

 なんとか清川家に侵入できた俺は、清川におっさんの部屋までの案内を頼み、向かった。清川は案内が終わった後、多分、自室に戻っていった。


 おっさんの部屋はコンピュータに埋め尽くされており、熱が籠らないようにするためか、くっそ寒かった。


 おっさんのホームポジションであろう椅子の上におっさんの姿はなく、今はその下で腰を抑えながらうずくまっている。


 「ようこそ、僕の部屋へ」


 腰の痛みを感じさせないような声色でおっさんはそう言った。


 なんかこの人が転生云々とかその他の出来事の黒幕だったら嫌だな。ラスボスとしての威厳ゼロだよ。


 「大丈夫ですか」


 「なんとかね」


 とかなんとかいいながら、うずくまりスフィンクスの要領で俺に顔を向けてくる。


 「お金はその辺にでも置いていってくれ」


 「あ、はい。すいません」


 邪魔にならないよう部屋の隅っこに、札束を積み上げていく。


 「君の裁量でこのお金は使えなくなったわけだが、本当に大丈夫かい。使いたいときはいつでも声を掛けてくれ」


 「いや、もういいです。実際問題、それやばい金でしょ」


 「一応綺麗なお金にはしたつもりだけどね、まぁ、やばくないかと言われればやばいよ」


 「……やっぱりか。その金使うくらいなら、おっさんに手を汚させろって母ちゃんに言われましたよ」


 「君の自主性に任せたかったんだけどね。まぁ、いいか。君の母君が怖そうだからこれ以上は止めておくよ」


 「あざっす」


 「でも、君のサポートのために僕自身が自主的に使うならいいだろう?」


 「……はい。お願いします」


 「僕には制限があるから、自分の目で直接状況を見て用途を決められる君のように柔軟な使い道はできないだろうけどね。まぁ、頼みたいことがあったらどんどん言ってくれよ。君の母君の言う通り、僕が手を汚すさ」


 なんか嫌味っぽいな。俺はまだまだ中学一年生、キッズには優しくしてほしい。


 このお金は綺麗に洗浄しているから心配なんて本当はしなくていいんだけどねとぼそぼそ呟き、最後まで俺にこのお金を使ってほしそうな顔をしていた。


 「君の行動は面白いからね。金を使ってくれればもっとその行動の幅を広げてくれると思ったんだよ」


 とのことらしい。


 それでこのお金の話は終わった。


 「鏡花さんは家にいない感じですか?」


 この家に来てからしばらく経ったが、エンカウントしたのは馬鹿と引きこもりだけだから、たぶんいないと思うけど聞いてみた。


 「ああ、いないよ」


 「昨日、色々とあったんですけど、鏡花さんから話を聞きましたか?」


 「聞いたよ。いやー、僕も予想外だったよ」


 「記憶の話とか、死んじゃうみたいな話についてはどう思いましたか」


 「ああ、うん。記憶については流石の僕もびっくりだ。今まで、僕に悟られずよくこの家で過ごしていたものだ。外出が多いのも僕に悟られないようにするためだったか」


 いや、気味悪いと思われてたからだと思う。もしかして、おっさんを昔から奇妙な存在だと思っていた云々の話は、鏡花さんのなけなしの気遣いで言わなかったのかもしれない。


 「死んでしまうとかいう話は、多分君と同じ解釈をしたんじゃないかと思う。僕は清川ルートを知っているからなおさらだ。鏡花の存在をほのめかすような出来事は一切なかったはずだから、ゲームの舞台では鏡花は死んでいるんだと思う。今こうやって僕と君の制限に引っかからずに話せているのがその証明かな」


 なるほど、俺たちの制限を逆手にとった証明だ。おっさんがすらすら話すことができる時点で、本当に清川鏡花に関する情報は清川ルートでは存在しなかったんだろう。


 「なんで死んでしまうのか、分かりますかね?」


 「なんとも言えないね。心当たりがないわけではないけど、これはどうせ制限で君に伝えることはできないだろう」


 「言えない時点でそれが答えっぽいんですけど」


 「どうかな。関係ない可能性もある」


 「そうですか」


 「奈々と鏡花に関わっていれば、清川ルートの情報も開示されていくだろう。僕が現時点で見えていることは、いづれ君にも見えるようになるだろう」


 鏡花さんの現状は、今のところ、どのヒロインよりも切迫している。当面は清川家の住人たちをより重視して関わっていく必要があると俺も考えていた。


 「それで、鏡花さんは今日はどこに出かけたんですか。昨日あんな話をしたばかりなのに友達と遊びにいけるメンタル持ってたら怖いんですけど」


 「ああ、違うよ。昨日、僕からも彼女にアドバイスをしてみたんだ。鏡花は自分がなんで死んでしまうのかその理由が知りたいという様子だったから、死因の可能性を一つづつ潰してみたらどうかとアドバイスをしたんだ」


 「はぁ?どういうことですか」


 「事故死とか病死とか色々あるだろう、例えば病死だったら今のうちから調べられるだろう。それで、今日は健康診断に行ったみたいだよ」


 昨日の今日で、もう行動を起こしたようだ。なんか放っておいても勝手に生存ルートに辿り着きそうな勢いだ。


 「君に打ち明けたことで、やる気満々になったみたいだね」


 「それは良かったです」


 「鏡花はね、奈々と違って頭は悪くないけれど、猪突猛進というか、全力で目標に向かって進んでいくとは思うんだけど、空回りしがちな子なんだ。奈々とは違った意味で君に苦労を掛けると思う。あと、思い込みも激しいからそこも注意してね」

 

 なんかやたら注意喚起が多いんですけど、やっぱり地雷な子なのか。


 「……まあ、頑張りますよ」


 「君も健康診断とか行ってみたらどうだい。なんかやばい病気とか持ってるかもよ。それで死んだり」


 「清川ルートでは発生しない病気、他ヒロインルートだと発生する病気、そんなのないでしょ……。なんか怖くなってくるからやめてくださいよ」


 おっさんは高笑い。人の不幸は密の味といった表情だ。


 馬鹿みたいに笑った後、その振動が腰に響いたらしい。せっかく落ち着いてきたヘルニアが再びおっさん腰に猛威を振るっていた。


 せっかくなので、俺も高笑いをプレゼントしておいた。



 「じゃあ、俺そろそろ帰りますね」


 おっさんの部屋があまりにも寒かったので、俺は帰宅することにした。何か話したりないことがあったら、チャットで連絡すればいいだろう。


 「ああ、待ってくれ。これを……、ほい」


 いまだスフィンクス状態のおっさんはメモの紙を俺に投げ渡す。


 「何ですかこれ」


 「鏡花のチャットのIDだ。渡してほしいと頼まれた」


 「良いのですか」


 「うん」


 少数精鋭の俺の友達リストにとうとう美少女が加わった。これは気分上々。メッセージとか送っちゃって大丈夫だろうか、なんか対面より緊張するよなこういうの。


 震える手でよろしくメッセージを送っておいた。すぐにスマホをポッケにシュート。


 おっさんを見て、またそろそろ帰りますアピールをしようとすると、それに先んじてまたもやおっさんから声がかかる。


 「君、今日暇だろ?今日は近場で大きな祭りがあるだろう。奈々と行ってきたらどうだい、ここで関係を深めておけば清川ルートについて何か分かるんじゃないだろうか。それが叶わなくとも、あの子と関係を深めていくことは今後の活動のためにも良いと思うよ」


 「でも、俺昨日海に行ってきたんですよ。もうアウトドア活動はおなか一杯です」


 「君は人に流されないと行動しないタイプだよね。こういう時に行動しておかないと手遅れになるよ」


 「まぁ……、確かに」


 今日は早起きしたから、家に帰って休みたい気分だった。鏡花さんとも自由に連絡ができるようになったことを考えれば、今日一日の成果は十分に思える。


 ああ、でも、こんな風に適当に考えてしまうから、いつもやらかしちゃうんだろうな。


 考えても結局やらかしているような覚えもあるけれど。まぁ、いいか。


 俺はおっさんの言葉に渋々頷く。


 「今日は近場で祭りがあるようだから、時間まで家で待っているといいよ」


 「はあ、そうしますよ。清川も祭りには行く予定だったんですかね」


 「ん?どうだろう、そういう話は聞いてないな」


 どうやら祭りの始まりは、清川を誘うところからのスタートのようだ。絶対一筋縄ではいかない。


 奴の頭の中は空っぽだろうし、何を言ってくるか分からない。ここは俺も頭も空っぽにして、対清川戦に望むとするか。


 おっさんの部屋を出て、清川探しを始める。


 すぐに清川の部屋を発見することができた。女性らしさのかけらもない適当な字で奈々と書かれたプレートがぶら下がっている。何の躊躇もなくコンコンとノック。


 すると、玄関の時とは違ってすぐにぎぃとドアが開いた。いつものようにジト目が俺を貫く。


 「何?」


 「祭り行かない?」


 しっかりと頭を空っぽにして、単刀直入に切り出す。


 「行かない」


 そして、会話終了のゴングがなった。


 「ちょ待てよ!」


 ドアが閉められ掛けたが、なんとか内に秘めたキムタクモードでそれを阻止。


 「お前、暇だろ?」


 「……疲れる、暑い、祭りに興味もない」


 綺麗な三拍子だった。確かに俺もその意見には同意したい。


 「俺もそう思うけどな。でも、お前の叔父さんに色々と言われたんだよ」


 「……何を」


 「お前、最近ずっと家に引きこもってばかりだろ?それで、太ったって言ってたぞ。このままいけば真の引きこもりになれるだろうとも言ってたな」


 適当に口八丁で丸め込んで見たが、思いのほか俺の言葉は刺さったみたいだ。


 清川はドアを全開にして、俺の目の前に立ちふさがる。


 「……全然太ってない」


 両手を広げながら、ラ〇ザップの要領でくるくる回りだす。


 なんだこの可愛い生き物は。


 全く全然太ってはいないようだが、ここは心を鬼にしよう。


 「遠目から見たらガ〇タンクだな」


 やれやれポーズも追加だ。


 「っ」

 

 ガ〇タンクが何かは分からなかったようだが、なんとなく馬鹿にするニュアンスは伝わったようで、しっかりと鳩尾にパンチをもらった。めっちゃ痛い。


 するとピロンと通知がなったので、スマホを確認。

 

 『祭りで関係を深めるのが目標なのに、なぜその前段階でその関係を悪化させるんだい。あと、何気に僕の評価も駄々下がりなんだけど』


 ノープロブレムスタンプを送ってスマホをポッケにシュート。


 というか、どこから見てるんだ。監視カメラとかあるのか、そんなことを思い周囲を見渡してみると、廊下に無様なスフィンクスがいた。直接見てたのかよ。あれだけコンピュータあるならもう少しハイテクであってくれ。


 「それで、行く気になった?」


 「……行く」


 ひと睨みされた後、ドアが閉められる。


 俺の好感度を引き換えにするナイスプレーで、対清川戦に見事な勝利をかざった。



 時間は午後5時くらい、清川家のリビングでテレビを見ながら暇をつぶしていた俺は、清川奈々をなんとか部屋から引っ張り出し、祭り会場へ続く道を歩いていた。


 一緒に歩く清川の格好は浴衣ではなく、半袖ショートパンツの軽装スタイル。


 財布は持たず、おっさんから貰った一万円札をポケットに詰めているという、スラムワイルド系スタイル。


 まじで、祭りに興味ないんだろうな。これが清川奈々といえばそれっぽいともいえる。


 おっさんが焼き鳥と焼きそばが食べたいとの事だったので、それを買いに行くのが今回のミッションだ。どうせ、目標を与えずに祭りに行ったら、君たち二人は散歩するだけしてすぐ帰ってきそうだとはおっさんの言だ。


 だんだんと祭りに向かう人々も増えてきて、祭り会場に着くころには、すぐに人混みに飲み込まれる。どんだけ混んでるんだよ。


 どうやら先の方でイベントか何かで騒いでいるらしい。


 ここは迂回してある程度、人混みを避けたほうが良いだろう。


 「おい、迷子にならないようにしろよ」


 そう、後ろを振り返った時にはもう遅い。


 清川の姿はなかった。


 もう嫌なんだけどあの人。


 行方不明になるのが早いよ。鎖とかでつないでおけばよかった。


 清川のことだから、あいつ迷子かよみたいな感じで俺のことを思っている可能性もあるな。


 あいつにそんな感じでなめられるのは非常に遺憾である。


 だって今回に限っては俺は悪くないはずだ。悪くないよな。


 はぁー、とりあえず探すか。まだ近くにいるだろうし。


 ぶらぶらと歩いていると、ピロンと俺のスマホの着信音が鳴った。


 絶賛行方不明中なのがおっさんにばれたのかと思いながら、スマホのチャットを確認する。


 メッセージはおっさんではなかった。


 『おい、照人。今日、近くで大きな祭りあるだろ。俺今そこにいるんだけどさ。お前も来ないか?』


 妖怪祭り荒しこと及川春斗からのメッセージだった。


 『実はさ、ヤンキーに絡まれまくってるんだよね。今、撒いてるんだけどお前も来ない?スリルあるぞ』


 なんだよヤンキーに絡まれまくってるって。


 すると、遠くの方で声が聞えた。


 「あのガキ、そっち行ったぞ!」


 「すばしっこいな!」


 うわー、なんかドタバタしてるわ。多分、あの中心に馬鹿がいるのだろう。


 この中に入って清川探しをしないとだめなのか。


 どうしよう、帰りてぇ。





 




 

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