第33話 夏休みスタート

 暑い、その一言に尽きる。夏は海、祭り、プール、そんなこと言ってる奴は馬鹿である。こんなに暑いのに外に出て、アクティブな活動に励む気にはならないだろ普通。熱中症も怖いしな、外は危険がいっぱいだ。夏は家でクーラーか扇風機が最適解なのだよ。


夏休みの期間は一か月と少しということだが、すでに一週間を消費してしまった。


クーラー漬けの毎日だった。そろそろ今月のクーラーの電気代がやばいことになるかもしれない。親にキレられる前に、扇風機に移行した方が良いかもしれないな。


 おっさんから支給される金を電気代に充てれば大丈夫かなという考えもよぎらないわけではないが、なんか出所が分からない怪しい金を使っているみたいで正直怖い。偽札を使う感覚だろうか。使ったことはないけど多分そんな感じだと思う。





 さて、それはそうと暇である。夏休みに課される宿題は初日で終わらせる派の俺は今や無敵状態だ。まぁ、無敵になったと同時に暇になったわけだが。最強になりすぎて敵がいなくなったとぼやく強キャラポジションの気持ちが良く分かった。


 この溢れ出る暇を消化したい気分ではあるが、暑苦しい外に出て汗をかきながら消化するというはしんどい。ネットサーフィンでもするかと思ったが、それはいつも通りの行動である。せっかくだからもう少し、変わったことをしたい。


 おっさんに連絡して、ヒロインたちの動向を探ってもらい、今後の俺の行動を考えるというのも良いかなとも思ったが、その考えをすぐに捨てる。


 せっかくの夏休みだぞ。働いてどうする、自由になりたい年頃なんだ俺は。親父もよく言っている、休日は休むためにある、もし何か起こったらその時に考えろ、ひと時の無責任を楽しめと。


 そんなことを考えながら、俺はふと自室を見渡す。ここ一週間の被害はひどいようで、ニートっぽい部屋になっている。床に転がったペットボトルやエナジードリンク、カップラーメンの空、どこから錬成されたのか分からない謎の残骸、ひどい有様だ。転がっているペットボトルに放尿していないだけましだろうか。色々と考えた結果、先っちょだけボトラーになってみようかなと思ったこともあったが、そこで踏みとどまった俺は人間国宝級の逸材だろう。自制心の塊だ。


 ゴミ掃除の一環として転がっている漫画を本棚に戻していると、本棚に懐かしいものを発見した。いや、懐かしいというにはちょっとおかしいか。俺は小学生の頃のアルバムを発見した。


 見つけてしまったら、とりあえず開いてみたくなるのがアルバムというものである。とりあえず開いてみたくなるという点に限っては、落ちているエロ本と同じだ。


 いつ誰に撮られたのか分からないちびっこ時代から小6時代までの写真をめくっていく。俺はすべての学年を通して、仏頂面か目を逸らすような形でで写っている。可愛げとか全くない。


 前世知識のせいで色々と達観していたことが原因だろう、もはや斜に構えるのが癖になってしまっているからどうしようもない。とはいっても子供らしい表情がないというのはちょっと寂しい気がする。


 ああ、そんな俺を親に見られたくなかったから俺は自分の部屋にこれを保管していたんだったなといらないことを思い出しながら、アルバムをめくっていく。


 こんなやつもいたなとどうでもいいクラスメイトの顔も思い出していると。俺の友達ともいえる懐かしい顔を発見した。及川春斗、黒縁眼鏡でガタイがいいというインテリ風マッチョという奇怪な特徴を持った俺の唯一の友達だ。


 春斗とは中学校が別々になってしまったので、そこまで強い接点はなくなってしまったわけだが、たまに連絡をとるくらいには仲が良い。


 そうだ、久しぶりに会ってみるのも良いかもしれない。奴のことだしどうせ暇だろう。


 俺は掃除をほったらかし、思い立ったら吉日ということでさっそく電話をかけてみることにした。数度コール音がなった後、もしもしという声が聞こえてきた。


 「暇ならうち来ないか?暇だろ」


 「暇と決めつけるんじゃないよ」


 「暇じゃないのか?」


 「まぁー、暇だけどよ。あれだよな、お前が俺んち来るのめんどくさいから、俺に来いってことだよなー」


 「いいや、そうじゃない。見せたいものがあるんだよ」


 このままの流れだと、俺が春斗の家に出向かなければいけない感じになりそうなので嘘を吐くことにした。


 「はい、嘘。照人、お前分かりやすいなー。という事でやる気を出して俺の家に来い。高いアイス用意しておくからよ」


 「……嘘だな。お前の家に高いアイスなんて存在しない。お前の家族はゴリゴリ君愛好家だろう」


 「たまには贅沢なものを買うんだよ。低所得の家庭を舐めるな、電話越しに鼓膜破ってやろうか」

 

 この男は馬鹿なので本当に俺の鼓膜を破りにかかる可能性がある。俺をスマホを耳から離して、机に置く。


 するとすぐにスマホから大絶叫が聞えてきた。本当に馬鹿だこいつは。岡崎といい、春斗といい、俺の周りの男はどこか壊れていなければならないルールでもあるのだろうか。


 一通り絶叫が終わったようなので、俺は再びスマホを手に取った。


 「俺の魂の叫びはどうだった?」


 「スピーカーにしてたっけって思うくらい、うるさかった」


 「そうかー。良かった良かった。んーそれで何の話をしてたんだっけか」


 「お前が俺んちに来るって話だよ」


 「あーそうだったな。今から行くよ」


 その言葉を最後に電話は終了するのだった。相変わらず、馬鹿だった。


 


 一週間ぶりの外は最高に暑かった。春斗が俺の家の場所を忘れていないか少々不安だったので外で確認することにした。


 俺の家と春斗の家とはそこまで距離が離れていない。奴は自転車で来るはずだから、わりとすぐに到着するだろう。だがそのまま通り過ぎていく可能性もあるので、気を抜くわけにはいかない。


 

 春斗は無事すぐに到着した。よれよれの白いタンクトップに小学生時代の短パンという昭和の小僧みたいな恰好で俺の目の前に立っている。中学一年生にしては身長は高く筋肉質のアスリート体形だ。相変わらずの黒縁眼鏡も違和感しかない。


 「久しぶり」


 「おう、久しぶり。とりあえず汗やばいからシャワー浴びていい?」


 「いいよ」


 せっかく来てもらったのだから、存分にこのゴリラを水浴びさせようではないか。


 

 


 

 


 「お前、なんで急に俺に会いたくなったんだよ」


 パンイチのままインテリゴリラはそんな疑問を投げかけてきた。


 「たまたまアルバム見て思いだしたんだ」


 「あー、そういうことね」


 俺が献上したアイスと生ハムをもぐもぐ食べながら、話半分に春斗は返事をした。


 そして、他愛のない会話を繰り返しながら、俺たちはおもむろに野球の対戦ゲームを始める。


 小学生のころからこんな感じで、だらだらと過ごす。気が向いたら会話を初めて、何も考えたくない時は無言でゲームを続ける。


 そして、不意に春斗が話し出す。多分だが視点はゲームモニターに固定されているだろう、俺も同じくモニターに視点を固定しながら言葉を受ける。


 「照人は学校で友達とかできたかー」


 「お前の予想は?」

 

 「いないと思う」


 「正解。というかそういうお前はどうなんだ?」


 春斗は俺とは違って社交性がある方だが、強引すぎて相手からは一歩引かれる傾向がある


 「話す奴はいるな。まぁ、知り合い以上友達未満ってやつ。授業とかで分からないとこがあったら聞くとかな。よくあるしょうもない関係」


 俺も人の事は言えた義理ではないけれど、こいつもこいつで少しだけ冷めた視点で物事を見ることがある。


 「俺も話せる奴くらいはいるぞ」


 「へぇー、珍しい。どんな奴」


 「美少女軍団と、おかしい男が一匹だ」


 「なんだそれ。笑える。美少女軍団とか」


 「それが本当なんだよ。小学生の時、倉橋っていただろう。あれ級の美少女が何人かいるんだ」


 「あーいたな。……ん?本当だったらお前の学校すごくないか」


 ふと隣の春斗に目を向けてみた。口をポカンと開けながら、顰め面でゲームに集中している。俺の話とか話半分にしか聞いていないんじゃないかと思う。


 せっかくだしこのノリで今の俺の状況を伝えてみるというのはどうだろうか。転生とかそういうのも全て含めてだ。こいつに言っても多分そこまで影響力とかはないんじゃないか。




 いや、そういう事じゃないな。普通に言って楽になりたい気分だ。多分自分でも分からないうちに色々と溜まっているんだと思う。


 「俺さぁ……」


 そして、俺は気楽な気持で何もかも話したのだった。それを聞いた春斗は大爆笑だった。今はゲームコントローラーを置いて俺に向き直って爆笑顔を見せつけている。


 「急に何を言い出すかと思えば……。くっ、冗談キツイぜ」


 おっけー、おっけー。こういう反応になるのは分かっていた。


 「まずお前が美少女に囲まれているってのがあり得ない。子豚みたいな女に囲まれているって言った方がまだ現実感があるぞ」


 もうちょっと転生とかそういうところにツッコミを入れてほしかったのだが、俺のモテ度に着眼してくるとは。


 「いや別にモテてるとかそういうんじゃないんだよ。まだ自分の居るべき所を見つけられてないから集まってくるんだと思う」


 「ふーん。良く分からんけど。まぁ、全部が作り話って感じには聞こえなかったのも確かだった」


 「例えばどの辺が真実っぽく聞こえた?」


 「おっさんから貰ったとかいう金だよ」


 春斗は俺がおっさんから貰った札束をお手玉にして遊んでいる。


 「こんな金を何の対価もなしにくれる奴とか、やべーもん。これ本物だし」


 おっさんの金はこんなところでも役に立つらしい。確かにわりとガチっぽくなるよな。


 「それで他にも俺が死ぬかもしれないってこととか気にならなかったか」


 「いやー。死なんでしょ。意味分からん。というかガチなら親に相談した方が良くないか。ハハハハハ」


 笑うところ可笑しいだろ。人が一人死ぬかもしれないんやで。


 「親には迷惑はかけたくない。本当にやばそうだったら言おうとは思うけど」


 「でももしそれで手遅れになっちまったら親は悲しむぜ。何もできなかった気づいてやれなかったってな」


 「俺自身、何が原因で死ぬか分からないんだよ。変に巻き込んだら、二次災害ってこともあるかもしれない」


 「考えすぎじゃないか」


 「いいや、人の生き死にだ。考えすぎるくらいが丁度いい。死人は最小限にだ」


 わりと真剣な顔で俺の話を聞いていた春斗は、少しだけ冗談めかして口を開く。


 「その理論だと俺に対してはその二次災害が及んでも良いから相談したってことになるよな」


 「あー、ごめん。お前に対してはそこまで考えてなかった。なんかどうしても言いたい気分だったから言った」


 なんでやねんと下手くそな関西弁とともに放たれた腹パンをもらったが、こいつなりのスキンシップで多分怒っているわけじゃない。


 「全然いいけどな。正直全部は理解できねぇし、真実なのかも良く分からん。まぁ、俺はお前の友達だし何かに巻き込まれてるんだってこと自体は分かる」


 「そうか。野生の直感みたいなのありそうだもんなお前」


 春斗がこういう奴で本当に良かった。考えすぎなくても何とかなるんじゃないかと思ってしまうくらいには勇気づけられる。


 「お前さぁ。やろうと思えばさ、美少女の一人や二人落とせるんじゃないか。うまくやれば夢のハーレムもいけんじゃないか」


 「無理だな。原作でもハーレムルートはなかったし」


 「いや、お前は中学生からだし勝手が違うだろ。なんかお前の話を軽く聞いた感じそのヒロインたちは色々と緩そうじゃないか。お前も薄々そう思ってるんだろう」


 「そんなヒロインを痴女みたいに言うなよ。まぁ、でも確かに結構好意的な感情見せてくるなとは思わなくもない。でもそれはあれだ、人とうまく関わってこれなかった奴ばっかだから心の開き方が大胆なんだ」


 「つまり今のところはチョロいってことだろ」


 「……」


 この男さっきまでは真剣モードだったのに、ちょっと楽しみ始めたぞ。


 「お前もっと積極にアタックしろよ。面白いことになるぞ」


 「だから言ってるだろ、無理だって。もし万が一上手くいったとしても後悔させるかもしれないし」


 「お前死んだ後の事色々気にしすぎなんだよ。お前はあれだ、死んだ後に起きるかもしれない天変地異とかも心配するタイプだな。馬鹿らしいったらありゃしない。ちょっとした未来ならまだしも死んだ後の未来なんて考えても不確実性の塊で何も面白いことなんてない。今を楽しめよ、死んだらそれまで、後の事なんて考えないでハーレム作れよ!」


 ちゃんとした説教されているかと思ったが、最後の最後で台無しになったな。


 「情報やるから、お前がハーレム作ればいいじゃないか」


 「馬鹿野郎。そんな地雷女たちのハーレムなんかいらん。お前が苦しんでいるのを指さして笑いたいんだよ」


 こいつの方が馬鹿野郎だと思う。


 「そもそも俺はヒロインたちというかその関係者に対して憧れみたいなものはあるけど、好きとかそういう気持ちははない」


 「意味分からん。タイプじゃないってことか?」


 「いや、どうしてもゲームの枠組みの中で考えちゃうんだよ。例えば好きな二次元キャラクターいるとしてその子とガチで結婚して子供作りたいかって言われると、確かに好きではあるけどそこまでの域には達しないみたいな感じあるだろ?それと同じ症状だ」


 「いや二次元キャラをガチで孕ませたいって奴はわりといると思うぞ」


 日常会話で孕ましたいっていう人あんまりいないよな。俺ができるだけマイルドに子供作りって言ったのに、なんでわざわざ卑猥な感じで言い直すんだこいつ。


 「まぁ、例外はスルーするとして、なんとなく俺が言いたいこと自体は分かるだろ?」


 「分かるけどさぁ。二次元と違って現実に存在しているわけだしさぁ。お前それヒロインたちには言わない方が良いぞ」

 

 「うん。分かってる」


 「それならまあいいけどよ」


 春斗が言いたいことは、俺が彼女たちを人ではなく人形扱いしているように見えるってことだろう。


 ああ、正解だ。どうしても前世のゲーム知識とつなぎ合わせて彼女たちを作り物のように見てしまう。そこまで知識のなかったボスのことも若干だがそんな風に思ってしまうことがあるのだから、結構根深く俺の心に絡みついている。


 主人公を取り巻くようにして決まった行動で動くキャラクター達。俺自身だってその一部だし、もしかしたら今も決まったルールで動いているだけかもしれない。そんな風にただただ舞台で演じ踊っているだけで、そこには恋もへったくれもないのではないかとどうしようもないことを考えてしまうのだ。


 考えに考えてどうしようもない考えに辿り着き、その考えをさらにごちゃごちゃと考えてしまうという最悪の悪循環。そして最終的には人を好きなるってどういう事だっけという迷宮へたどり着くことになるのだ。本当に意味不明な思考回路をしているなと自分でも思う。


 「お前も俺とおんなじで馬鹿なんだよな結局よ」


 「そうだな」


 「お前がそんな風にヒロインを見てしまうのを悪いことだと思ってるのなら、いつかちゃんと見れる日も来るんじゃないか。気楽にいこうぜ」





 一通り会話も終了して、またゲームを再開しようかと、モニターに目を向けようとする。そこで、突然春斗が叫ぶ。


 「という事で、明日は気晴らしに海でも行きましょうか」


 「はあ、意味が分からない」


 「夏といえば海だ!分かりやすいだろ!お前が使いたがらないおっさんの金を使って夏を満喫するぞ」


 「いや、お前その金使う気かよ」


 「大丈夫だ、おっさんを信じろよ」


 一度もおっさんに会ったことがないのに、自信満々に語って見せる。


 この後、夏といえば海という考えを否定するために俺は熱弁を振るったのだが。


 健闘空しく何も伝わらなかった。どうあがいても俺は海へ行くことになるのだろう。

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