第30話 好調

 

 授業を受けながら、このメモ帳の内容について考える。悲しいことに考えれば考えるほどラブレターと言う線は薄くなっていく。

 

 まず、そもそも誰かに好意を受けてるような行動をしていない。柳谷やボスなどからは少しだけ関わった手前、割と良さげな感情を向けられているというのは否定はしないが。それでも、恋愛感情とかそういうものではないだろう。自分でも言うのはあれだが、あくまで知り合いとして良い人、みたいなポジションに収まっていることだろう。


 まぁ、ボスが俺に向けている感情の方は少しだけそういうのもあるような気がする。でも俺は超敏感な男なので過度に自意識過剰なだけという可能性の方が大きいか。


 たまたまゲームとしての知識を知っていただけで、惚れられるというのはどうも自分に与えられた権利を濫用しているような気がしてならない。自分の権利なんだから濫用してなんぼだろうという考えもあるのだろうが、どうもそういう気分にはならない。


 話を戻すが、俺が誰かに惚れられるというのはないという事だ。一目惚れとかいう幻の概念もあるようだが、それはイケメンというような何らかの魅力を持っていることが絶対条件だと思っている。残念ながらそういう魅力は持ち合わせていない。


 では、俺が貰ったこれはいったい何を意味をするのだろうか。


 単なる悪戯、俺のことを気に入らない誰かによる呼出し命令、もしくは人に見られずに俺と会話がしたいという意思表示かそんなところだろうか。


 この中では、単なる悪戯が一番楽に事を終えることができるだろう。後の二つは、厄介事の匂いしかしない。


 誰かに相談して他の意見を聞きたいところだが、相談できる可能性がある知り合い一覧を頭の中で並べてみたが、それぞれが個性の塊だった。相談したらさらに厄介なことになるだろう。ここは何とか自分で対処するしかない。





 

 あっという間に昼休みになった。俺は何か起こった時に防衛できるようにコンパスをポケットの中に突っ込む。もしかしたらリンチされるかもしれないからな、そうなった場合は顔面に一刺しだ。


 廊下に出て、人混みに紛れながら進んでいく。ふといつもの空き教室が目に入った。今日もまたあの仲が悪いようで実際はそこまで悪くない二人がいるだろう。俺がいないことで殴り合いの喧嘩とかに発展していなければいいのだが、まぁ大丈夫だろう。俺は考えることをやめて、そのまま屋上へ足を進めた。


 屋上へ行くのはいつ以来だったかな。ボスに呼び出されて一度行ったことがあったが、それ以来か。ボスと付き合うみたいな感じになった事案だったが、今となっては良く分からないことになっている。俺は多分だが、ボスとは付き合ってはいないはずだ。少なくとも俺の中ではそうなっている。


 ボスも俺の言葉が冗談だったと気づいてるはずだし、色々と有耶無耶になっていることだろう。しかし、彼女がその有耶無耶を解決するために迫ったて来たら、俺は何と答えるべきだろうか。とはいっても彼女が俺に好意を抱いていない限り起こりえないことではある。来るか分からないことを考えても意味はないか。


 屋上へ続く階段は埃だらけだ。埃が積もりすぎて、足跡もはっきり見えるくらいだ。俺の足跡ではないものも見られるので、ある程度は隠れスポットとして誰かが足を運んだのかもしれない。


 硬いドアノブを捻って、屋上へ出る。屋上はその四方を囲む柵しかない殺風景としか言い表せない空間だ。しかし、今日はいつもの様子とは違うようだ。屋上の丁度真ん中と言ったところだろうか、そこにどこか見覚えのある男子生徒がいた。とりあえず、リンチされることはないだろう。それを確信したので声を掛けることにした。


 「おい、俺を呼び出したのはお前か?岡崎」


 俺に背中を向けるように立っていた岡崎は、華奢な体をびくつかせて、こちらを振り向いた。 


 ボスによる被害者の会の一員である岡崎は初めて会話した時と同じように臆病な様子だ。


 「あ、僕です。まさか本当に来てくれるとは思わなかった」


 「いや、こんな意味深な感じで手紙を貰ったら、来るしかないだろ。というか、名前くらい書いとけ」


 「あ、名前書くの忘れてた」


 「ぶっ殺すぞ。俺はちょっと前までお前にドキドキしていたってことになるんだぞ」

 

 「くっっ、ごめん」


 なにわろてんねん。

 

 イラっとしたので俺は岡崎に対しての不満をマシンガン。もはや岡崎に喋らせない勢いだ。




 数分経過したところで、俺も落ち着いた。大分すっきりしたので、ちょっとした賢者並みに冷静さを保っている。


 「で、用件はなんだね」


 「佐藤君のおかげでね。最近は誰にもいじめられることなく過ごせてるんだ」


 「それは良かった。問題なく過ごせているのならそれでいいんじゃないか」


 「そうなんだ。だけどね、そうなってしまうと今の僕には何もないんだ」


 「はぁ?」


 「イジメられ属性を失った僕は、いったい何者なんだろうか」


 やばい、どうしよう。岡崎がわけの分からないことを言い出した。これはどういう事なんだろうか、いじめられてた時の方が良かったと俺は責められているのだろうか。いや、岡崎は虚空を眺めているし、そうじゃないっぽいな。普通におかしくなってるなこいつ。


 「おいおい、落ち着けよ。何も起こらない生活なんで安全そのもので良いじゃないか」


 「僕は青春がしたい」


 「いや、うん。まぁ、うん。そうなんだ」


 いじめという足枷がなくなって、変なところにぶっ飛んだパターンだ。イジメられっ子時代に憧れていた隣の青い芝生にダイブして踊りたくなったんだろう。


 多分だが岡崎はそれだけを伝えるために俺を呼び出したはずがない、何かそれに関連して相談があるはずだ。


 あまり関わりたくない、関わったらその瞬間めんどくさいことになる。ここは退散するが吉だろう。俺はじりじりと亀のようなスピードで後ろに後退してく。何やら岡崎は熱く語り始めているので、気づれないだろう。


 一定の距離をとったところで、俺は回れ右を試みる。俺が助走を始めた瞬間、何かが足に絡まった。上手く走り出せなかった俺は転倒。そして、俺の足に抱き着いていた岡崎も転倒。


 何をやっているんだ俺たちは。今二人そろって同じようなことを思ったことだろう。


 「おい、離してくれ。ビンタするぞ」


 「逃げないでくれよ」


 岡崎から解放された。無視して逃げようかとも思ったが、この執着心だと逃げたとしても呪いのように絡みついてくることだろう。ああ、仕方がない、仕方がないよなこれは。

 

 「はやく用件を言ってくれよ」


 「僕をモテる男にしてくれないか」


 「無理だ」


 「え!?」


 え!?と言いたいのは俺の方である。結局のところあれだよな、青春したいってのは彼女が欲しいってことなんだな。


 「お前は部活とかに入ってないよな。なら、部活に入ったり生徒会みたいな委員会活動に参加すればいい、そうすればモテるとは言わずとも少しは好意を持ってくれる人もいるんじゃないか」


 「いいや、僕はそんな活動はしたくない。クラスに溶け込めない僕が部活や委員会に対応できるとは思えないよ」


 「マイナスに考えすぎだと思うけどな。案外、部活みたいな小さな集団だと溶け込みやすいと思うぞ」


 「そうなの?」


 「逆に輪を乱したら、がっつりハブられる可能性も高いな」


 クラス単位だと、そういう攻撃意識を持っている人以外にも無関心だったり不快に思ったりする人もいるから、ある程度の抑制力が働くが、部活などは基本的に皆々が同じ方向を向いて行動をする。そこから乱れてしまったら、それはもうめんどくさいことになる。


 「無理だ。僕には無理だよ」


 「ならどうすればいいんだ」


 俺ではもうどうしようもない。というかそもそもこういうのはモテる奴に聞いた方が良いだろう。恋愛を良く分かっていない人たちが何を話しても頓珍漢な答えしか生まれない。


 とは言いつつも、男同士でこんな風にくだらない話をするのは久しぶりな感じがして少しだけ楽しくなってきた。


 「とりあえず、どうにかして僕が目立つ必要があると思うんだ。今のままだと僕のことは誰も知らないでしょ」


 「確かに誰かに知ってもらうというのは大事かもしれないな」


 「でも、部活とかそういうので表彰でもされない限り目立つことはないよね」


 「正攻法で目立つのは難しいが、悪目立ちするのは超簡単だ。全裸で廊下を走り回ったり、教師でも誰でもいいから適当に殴ってみればいい」


 「それ目立った同時に、僕の青春も終わってない?」


 「終わるな」


 「でも、僕には特技とかもないし悪目立ちを利用するのが一番手っ取り早いかもしれない」


 おっと、まずい方向に傾いてしまったぞ。適当に言った悪目立ち戦法は一蹴されると思ったんだが、普通に肯定されてしまった。わりと普通に不祥事を起こして、教師に捕まってしまう未来が見えた。そして、色々と事情聴取されて俺が間接的に関わっているという事もゲロってしまう岡崎の様子も見えてくる。


 「待て岡崎。悪目立ち戦法は一歩間違えたら変人認定されるんだぞ」


 「そうだね。だから上手いく方法を考えないと……」


 やばい、岡崎の悪目立ちを止められない。このままでは岡崎は自分勝手に行動して、めんどくさいことを引き起こす。


 とりあえず岡崎自身の被害は確定したが、岡崎の行動によって被害者を出すわけにはいかない。それと俺に事情聴取が飛んでこないようにしなければならない。


 脳を握りつぶす勢いで、知識、知恵を絞り出す。何かいい案はないか、誰も被害を受けないかつ問題もなく目立てる方法は。


 日常においては不祥事を起こす以外では、悪目立ちすることはない。不潔だったりしたら目立つかもしれないが、これは普通に嫌われるだけで岡崎は納得してくれない。


 となると、文化祭だったり、体育祭だったりイベント事を利用するしかないな。近々のイベントで良いものがないか。



 あ、閃いた。


 「お前、来週の月曜日から期末テストがあるのは分かるな」


 「え、分かるけど。それがどうしたの」


 「テストでなら目立つことができる」


 「高い順位をとるってこと?無理だよ、僕真ん中くらいだし。あ、そういえば佐藤君は一位だったよね。すごいね」


 褒めてもらうのはありがたいがとりあえずスルーだ。言葉を続ける。 


 「高い順位をとるんじゃない、最下位を取るんだ」


 「……最下位?」


 「そうだ。お前、前回の中間テストの最下位の奴の名前をしっているか」


 「確か清川って人だったかな?」


 「何事も最初と最後は注目されがちだ。現にお前も清川という名前を最下位の順位を見て知ったんだろう。俺の順位だって一位だったらたまたま確認したんじゃないか」


 「あ、そうだね。……という事は最下位をとればある程度の注目を浴びれるのか」


 「知ったところで何もしないという人が大半だと思うが、もしかしたら気になってお前を認識してくれる奴がいるかもしれない」


 「でもさ、それって結局馬鹿にされない?」


 勘の鋭いガキは嫌いだよと言いたい気分になりつつも、再度、岡崎を説得する術を考える。


 「最初は馬鹿にされるかもしれない。だが何回か最下位をとってみんなの意識にお前イコール最下位という概念を植え付けた植え付けるんだ。そして、突然あるテストで高順位をとればどうなると思う。あの最下位だったやつがいきなりこんな順位をとってきたぞと驚かれるんじゃないか。お前は更に注目を浴びることになる」


 メリットだけをごり押しする。テストで高順位をとれるかと言われればあまりにも不安定だし、とれたとしてもその時に岡崎に何が起こったんだとガン引きされるかもしれない。さらに悪い方向にいけばカンニングの疑いを掛けられる。後は普通に内申点とか駄々下がりになる。


 「どうしよう、自信が出てきた」


 どうしよう。馬鹿だこいつ。


 「それは何よりだ。まずは地盤を固めて、お前自身がモテる可能性のある土俵に立つことが目標ということだな。どうすればモテるかその方法を探るのはそのあとで遅くない」


 「そうだね。僕は今回のテストで頑張って最下位をとるよ」


 何をどう頑張るのかは知らないが、なんか知らんが納得してくれた。


 「お前内申点とかは気にしないのか、親とか受験とかで気にしてくるだろう?」


 言わなくても良かったんだが、俺はそこまで薄情になりきれなかったようで思わず質問してしまった。


 「あぁ、気にしないよ。どうせ誰でも入れるようなその辺の高校に入学するのだろうし、多少は大丈夫」


 どこか曖昧な表情を浮かべて岡崎はそんな風に言った。自虐のようなそんな自分への諦め。ボスのこともあるだろう、劣悪な環境が少しづつ影響を及ぼして岡崎にこんな性質を与えたのかもしれない。諦め癖が別に悪いと言っているわけではない、良く言えば客観的に自分の能力を自覚しているという事でもある。


 だが俺と違って岡崎には確実に未来があるのだから、少しだけ前を向いてほしいという気持ちが大きいのも嘘じゃない。


 今回は最下位をとらせるという岡崎の未来クラッシャー行為を促したわけで、思っていることとやっている事が逆すぎて何の説得力もないが。


 「やりたくなかったら、やめろよ。自分の可能性なんてものはお前が思っているよりも広いからな、もっと色々考えてからでも遅くない」


 「まだ序盤のテストだし大丈夫だよ。小学校気分が抜けてなくて低い点数を取ってしまったって言い訳もできるしね。今回はやるよ」


 岡崎は気楽にそう宣言した。あんまり俺の言ってることが響いていないようだったので、自由に最下位をとらせることにした。





 岡崎はそのまま興奮して、屋上を出ていった。変なところで吹っ切れているようだから、怖いよなあいつ。


 さて、俺も戻るとするか。


 せっかくだし、空き教室の様子を見ておくのも良いかもしれない。




 誰かいらっしゃいますかと、空き教室のドアをノックして入室。そこにはいつも通り二人がいた。特に喧嘩をしている様子もなく、二人で期末テストに向けて勉強しているようだった。その様子に安心しつつ、二人に近づく。


 「今日は来ないのかと思ったわ」


 柳谷が少しだけ微笑みながらそう呟いた。


 「さっきまで用事があったんだが、解放されたて暇になったから来た」


 「何用事って?」


 「個人的な相談を俺にしたいっていう奴がいたんだ」


 「……へぇー。それ女の子?」


 艶やかな髪をいじりながら、興味なさげにボスは質問してくる。その質問の意図には果たしてどのような気持ちがあったのだろうか。あまり深く考えないようにして俺はその質問に答える。


 「いいや、相談してきた奴は男だ」

 

 「ふーん。それでどんな相談だったのよ」


 ボスはそこで俺と目を合わせて笑う。 


 「特にこれと言ったことはない、期末テストの相談だ」


 「あー、そういうことね。頭が良いと思われるとそういうことになるから厄介ね」


 それから適当に雑談を続けたりぼーっとしながら、昼休み時間を過ごしていく。


 俺がこんな風に可愛らしい女の子たちと過ごせているのも、ゲームの知識があったからに過ぎない。だからこそだろうか、ボスからの感情もうまく受け取ることができない。これ以上に仲良くなって、最終的に俺が死ぬようなことがあったら、心に傷を与えてしまう可能性もなきにしもあらずだ。


 柳谷とボス、二人の関係も中々に良くなってきたところだし、俺の役目はもうないと言っても過言ではない。これから少しづつフェードアウトするのが正しいのではないかと思う。その方が俺も余計な感情を抱かなくて済む。


 期末テストが終われば、すぐに夏休みが始まる。あまり深く考えなくとも、夏休みを経た後にはこの関係もリセットされるんじゃないだろうか。時間というものはいつだって関係を希薄化させる。


 そんなことを考えながら、二人の会話に耳を傾ける。


 「今回のテストは前回よりも難しいでしょうから、ある程度差が出るでしょうね」


 「そうだな」

 

 柳谷や寺島、倉橋にはしっかりと差を見せつけたいところだ。こちとら前世で蓄えてきた知識を利用しているんだ、負けたらこちらのメンタルをやられる可能性大だぞ。


 「テストが難しくなったら清川さんとかやばいんじゃない。また最下位とっちゃうんじゃない」


 ボスが何気なくつぶやいた。


 そこで俺も気づく。俺は清川の最下位を救っていたことに。いいや俺ではない、岡崎が救ってくれるのだ。


 頑張ったのに最下位だったでは、次に続かない。慰めだとしても確定的に最下位から抜け出すことができるのならば次に向けて頑張ろうという気持ちは続くはずだ。


 特に深いことは考えずに岡崎の相談を聞いたわけだが、どうやら俺の立ち回りは完璧に作用していたようだ。


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