第20話 モブの密会

 ボスの手下こと岡崎君は、俺のなんとも言えない表情など知ったことかという言うような感じで、すらすらと自分の不幸な出来事を語って見せた。


 誰かに話したくてうずうずしていたのか、やけに饒舌に語ってくれたので、俺の飲み込みも早かった。


 簡単に言うとどうやら岡崎君もまた柳谷と同様にイジメられ属性を持っているらしいとのことだ。まあ、同じイジメられ属性でも、性質は全然違うみたいだが。


 「それで、会澤からもまた被害を受けているという話なんだな」


 「会澤さんとは小学生からの同級生で、ずっとだね」


 「ずっとなのか」


 「まさかなんだけど、会澤以外からもなんかやられてるのか」


 「……うん。少しだけ」


 「……」


 なんでそんなにこの男はいじめられるのだ。多少なよなよしているようには見えるが、別に気にしなくてもいいくらいだ。


 「どうしてそんなことになってしまうのか心当たりとかないのか?」


 もはや単純な疑問として、俺はそんな風に尋ねた。


 「自分に原因があるのかなと思って、誰とも喋らずに過ごした時期があったんだけど、普通にいじめられたよ」


 最高にしょんぼりした顔で岡崎はそう吐き捨てる。


 岡崎君の言い分をすべて信じるというのなら、もはやそれはそういう才能を持っているとしか言いようがない。


 「どうしようもないな」


 「……うん」


 柳谷に関しては正直、彼女自身が変わりされすればどうにかなりそうな感じはするが、この岡崎君の場合、何をどうすれば正解なのかは分からない。


 実際、岡崎君も試行錯誤しているようだしな。変わろうとして、それが失敗したら、どうすればいいのか分からなくなるよな。


 「まぁ、本当に嫌なら不登校になればいい。それで全部解決というか、逃げれるというか」


 自分で言ってて思うが、不登校を勧める同級生とかどうかと思う。


 そして、もしこのまま岡崎君が不登校になってしまってはボスに対する手札が減ってしまう。まあ、そうなったらそうなったで一人で頑張るしかない。


 こっちとしても相談されているわけだし真摯に答えてあげたい。まぁ真摯に答えた結果、不登校を提案しているわけだが。


 「不登校?学校に来なくなるってことだよね」


 「その通り。完全に関係を断つには一番最適じゃないか。転校もありっちゃありだが、運が悪ければまたいじめられる」


 「……確かに。でも、なんだかあまりその手は取りたくないと思っちゃう自分もいるんだ」


 そんなちっぽけなプライドなど捨ててしまえと言いたいところだが、岡崎君の言いたいことも良く分かる。


 俺は前世の記憶があるから幾分か余裕をもって色々と考えられるが、どんな人間も人生は一度きりというわけで、安易に逃げ一筋の道は取りたくないということだろう。

 

 これからもずっと引きこもりなんて人生にもなりかねないしな。


 「今言ったことは、最終手段くらいに考えたほうがいいかもしれないな。例えばそうだな、いかなる時も俺には不登校というとっておきがあるんだと、どや顔して過ごせば気が楽になるんじゃないか?知らんけど」


 「はは……。そうだったらいいんだけど」


 「会澤の件はとりあえず、俺の言う通りにしてくれれば何とかなると思う。他にどんな問題があるのか分からんが、頑張れ。無理になったらもう一回相談するなりなんなりしてくれ」


 出来れば相談しに来ないことを祈っているが、岡崎のメンタルトレーナーとしてこれくらいは言っておかなければならないだろう。


 「佐藤君って怖い人かと思ってたけど、そうじゃないんだね」


 「俺はいたって普通にしているつもりだけどな」


 「そうかもしれないけど。初対面が脅しから始まったから……」


 「ああ、確かにそうだな」


 そう言って少しだけ笑いあった俺たちだった。こんな風に誰かと話して笑うなんてことをしたのは久しぶりな気がした。最近いくら寝ても疲れが取れないと思っていたが、こんな風に笑う時だけはその疲れもどこかに吹き飛んでいるように感じる。うん、悪くない。


 「ちょっとだけ話を戻したいんだがいいか?」


 「ああ。うん、いいよ」


 「俺が教科書を隠されたって言ったの覚えてるか?お前はやってないみたいだし、ボスにはもう一人手下がいるんじゃないかと思ってな」


 「ああ、多分そうだと思うよ」


 「知ってるやつか?」


 「僕の幼馴染というか、知り合いかな」


 「……へぇ」


 ということはなんだ、あれか。幼馴染タッグで俺の教科書隠したり、靴を隠したりしていたってことだよな。なるほど素晴らしい連携プレーだ。


 一瞬なんとも言えない気持ちになったが、すぐに冷静さを取り戻す。よし、大人だ。


 「その幼馴染の女も嫌々ボスに従ってる感じなのか?」


 「多分そうだと思う。最近はその幼馴染とはあまり話さないんだけど、性格は知ってるつもりだから間違いないと思う」


 幼馴染とは疎遠気味なのか。間違いないとも言っているが、性格というものは実際本人以外には分かりえない。奥底に眠っている本質を他人にさらけ出している人間はそういないだろう。だから、岡崎の発言をすべてを鵜呑みにはしない。


 実際にこの目で確かめる必要がある。


 「その幼馴染とも話しておきたい。できるか」


 「どうだろう、自分が危害を加えた人に会うのは怖いとか言いそう」


 「そんなことを言われたら、俺は直接会いに行くだろう。だからうまく伝えてくれないか。お前のためにもなる」


 「……うん。分かった」


 俺が何をするつもりなのか、疑問に思っているのだろうか。不安げな視線をしばしば向けれられる。大したことはするつもりもないし、やらせるつもりもないので安心してほしい。


 携帯の時計を見てみると、給食時間は終わりに差し掛かっていた。


 「そろそろ戻った方がいいな」


 「あ、うん」


 「放課後できればでいいが、その幼馴染を交えてちょっと話をしたい。無理だったらお前だけでいい」


 「分かったよ。話してみるだけ話してみるよ。ここで待ち合わせだと人目につくし、図書室とかにする?」


 「そうだな」


 そうして話を終え、俺たちは互いの教室に戻るのだった。


 お前トイレ長すぎだろといじってくれる何某がいるかとも思ったが、そういったことは一切なく、何事もなく俺は自分の席に着く。そして、残された給食を囚人の食事風景を彷彿とさせるような勢いで掻き込んだ。


 

 昼休みとその後の授業の間、また何らかの悪戯を実行する奴がいるかもしれないということで、自分の机を守るという名目でトイレにすら行かず、ずっと音声を受信し続けているトランシーバーに耳を傾け続けた。


 結局のところ、放課後になるまで特に異常はなかった。それに関しては良かったんだが、おかげさまで膀胱がパンパンである。


 俺の人生史上最長の放尿を無地終えて、俺は図書室に向かっていた。


 この学校には二つの棟がある。一年生から三年生の教室が詰まった棟と、それ以外の職員室や図書室などの特殊な教室が敷き詰められている棟の二つだ。


 二つの棟を移動するにあたって、例外なく生徒たちはある程度の距離を歩かなければならない。


 地味に長い廊下を愛用のスリッパでパタパタと音を鳴らし歩きながら、部活に励んでいる生徒たちの声に耳を傾ける。多くの生徒が真剣に楽しそうに声を上げている。


 そういえば、岡崎君やその幼馴染は部活をやっていなかったのだろうか。やっていないことを前提に話を進めて、放課後に呼び出してしまった。


 自分が暇だからと言って、あちらが暇だと決めつけてしまうのは自己中心的すぎたな。もう少し気を遣うべきだったな。


 そんな一株の後悔を感じながらも、図書室にたどり着いた。

 

 入学して最初にどの教室がどこにあるのかその説明を受けた以来の入室である。


 中に入ると本の匂いが広がっていた。割と本の量も多く、年季の入ったものも多いからこんな風に独特な匂いになっているのだろうか。


 読書用のテーブルを見渡しながら、岡崎の所在を探す。放課後になったばかりだからだろうか、図書室の先生以外には誰もいない。早く来すぎたのかもしれない。


 誰も来ませんでしたみたいな~。みたいな展開にだけはなってほしくないと願いながら、適当な席に座ってその時を待つことにした。


 しばらくの間、図書室の先生と二人だけの時間を満喫していると、不意に図書室のドアが開く音が聞こえた。


 ドアの方に視線を向けると、岡崎とどこか見覚えのある気弱そうな女子生徒が入ってきた。


 何故見覚えがあるのか記憶を探る。いつだったかの空き教室での魔女会議にいた女か。ボスに命令されて俺が入っているロッカーを開ける羽目になった女子生徒をおぼろげだが覚えている。


 俺も席から立ち、ここにいますよと手を挙げる。


 「あ、佐藤君。待たせたかな」


 「いや、別に待ってない。それよりも部活とか大丈夫か?確認してなかったから気になった」


 「ああ、僕もこっちの彼女もやってないから大丈夫だよ」


 岡崎君は昼休みでの会話で幾分か気を許してくれているのだろうか、昼休みのように俺にビビっていないように見えた。


 むしろビビっているのは隣の幼馴染だろうか。ちょっと遊び心で、じろっと見つめてみることにした。


 すると、幼馴染は岡崎の後ろに身を隠した。そこまでするほど睨んではいなんだけどな。


 岡崎はそれに気づいたのか、何かを幼馴染ちゃんに吹き込んでいるようだ。何を言っているのだろうか、俺は鍛え上げられた聞き耳スキルを使用する。


 『ちょっと変わった人だけど大丈夫だよ』


 『トランシーバーとかいうので犯人探しする人がちょっと変わってる?』


 『いや、ちょっとじゃないかも』


 どうやら俺についての情報交流は済ませているようだ。なぜだかわからないが少しだけ心が痛くなったと同時にイラっとした。俺は一応お前たちの被害者だからな。



 幼馴染の名前は、高橋というらしい。


 軽く自己紹介を終え、高橋に話を振っていく。


 話を聞いた感じ、どうやら高橋もまたボスは小学生からの長い付き合いらしい。岡崎と幼馴染というんだから、そりゃそうか。


 「ボスとは友達なのか?」


 「ボスには友達とは思われてないと思う」


 俺が自然に会澤のことをボスと呼んで、会話を進めていたからだろうか。いつの間にかみんなボス呼びになっている。もし図書室の先生がこの会話に聞き耳を立てていたら、どこのマフィアの会話をしているのかしらと首を傾げたかもしれない。


 「高橋自身はどう思っているんだ?」


 「……私は友達だと思ってます」


 ナチュラルにボス呼びしている奴が本当に友達としての情を持っているのかと問いだしたい気分だな。


 「友達だったらやってはいけないことは止めるべきだと思うけどな。いや、もしかしてボスに同調して楽しんでたのか?」


 もしかしたらこれまでにも俺と同じように目にあったやつがいるかもしれない。そいつらを代表して少しくらい咎めても別に構わないだろう。


 「た、楽しんでないよ。私はただ言われたから……」


 すぐにボスを売り渡してきた。それのどこか友達なのだろうか。ちょっとした知り合いレベルだな。


 「まあ、気持ちは分からなくもないが、本当に友達って思っているのなら早い段階で止めるべきだったな」


 「……」


 高橋はしょんぼりしてしまった。まぁ、悪いとは思ってるけど、色々とされた人間代表として文句の一つくらいは言っておかなければならないとも思ったから仕方がない。自分たちが許されたつもりになっても被害者の心に傷はずっと残り続けるのだから。


 これは高橋だけに向けられたものだけでなく、岡崎にも向けられている。俺が寛大な心の持ち主でなかったら、もっとめんどくさく意地悪な質問をしていたことだろう、悔い改めよ。


 説教なんてらしくないことをして、静閑とした図書室をどんより気分に仕上げてしまった。


 俺がこの空気に飲まれて、静かにしていては何も始まらないので、自分勝手に話を進めることにした。


 まず、高橋にもまたこれからも俺へのいじめの報告をボスにするようにと伝える。


 「……それを報告することに何か意味があるの?」


 高橋につられるようにしょんぼりモードになってしまっている岡崎からそんな質問をもらう。


 「そうだな。まず、俺の生活が守られるだろ。後は、ボスは油断してくれる」


 「油断させて何かするつもりなの?」


 「大したことはするつもりないけどな。その関係で一応確認しておきたいことがある。ボスと比較的親しいといえる奴で高橋以外に誰かいたりするのか?」


 「……いるけど。私と同じような関係性です」


 「そうか、ならいい。他にはそうだな。ボスとは普段どんな会話をするんだ?」


 「え?……まぁ、気に食わない人の悪口とか、私たちが何か適当な話題を振ったり。関係ないけど最近は柳谷っていう女子生徒をすごく嫌ってるみたいです」


 「ボスは自分の悩みとか話さないのか?例えば家族関係とか恋愛関係とか」


 「ううん、そういう話はしないです」


 ボスは本当に悪口大好きだな。確かに日頃の鬱憤を吐き出すってのはスッキリするからな分からなくもない。


 「大体は分かった。ありがとう」


 「……はい」


 男子トイレに入ってまで教科書を隠せる大した手下精神を持っているから、忠誠心がある程度あるのかとも思っていたが、取り越し苦労だったな。色々とべらべら話してもくれたし、裏切られる心配はしなくても良さそうだ。


 「それで佐藤君は何をするつもりなの?」


 岡崎はそれが気になって仕方がないのか、身を乗り出して聞いてくる。そりゃそうか、俺の行動次第でこれからのボスからの仕打ちが変わるかもしれないのだから。


 「いや、悪いが、何をやるかは言えない」


 「え」


 伝えることによるメリットはもちろんある、二人からの信頼とかその他もろもろの連携のしやすさ。だが、そのメリットがあったとしても確実に上手いこと物事が運ぶとも言えない。もし上手く事が運ばなかった場合は俺はもちろん、それを知っていたこいつらも被害を受ける可能性がある。


 多少のやりにくさはあるかもしれないが、今後を見据えるのなら、あえて何も言わずに進めたほうが良いはずだ。その方が被害を受けるかもしれない人数は減る。


 「気になるだろうが、我慢してくれ。そうしないとお前らもめんどくさい状況になるかもしれないんだ」


 「そういうことなら、分かったよ」


 しぶしぶといった表情だが岡崎は納得してくれたようだ。高橋の方は特に不満はないようで勝手にやってくれと言わんばかりに、こくこくと頷いて俺にお任せポーズである。


 「とりあえず、定期的にボスに適当な嘘の報告をしてくれ。それで何か変化があったら俺の下駄箱とか何でもいいから分かるところにメモか何か入れてくれ」


 「うん。了解」


 「話はこれくらいだ。色々とすまんが、協力してくれ」



 それ以降は、雑談に花を咲かせるなんてことにはならず、万が一ボスに見られたらめんどくさいことになってしまうということで、二人を散り散りに図書室から出ていかせた。


 とりあえず、今日中にやるべきことは終わった感じがする。ゆっくりと空気を肺に送りながら、脳を空っぽにする。


 一仕事した感じがするが、すべてはこれからだ。モブ三人でボスを倒さなければならない。


 登場人物が全員モブなのが、またなんとも空しい。辛うじて柳谷が関わっているともいえるが、もはやここまでくるとモブの比率のほうがやばい。


 自分への悪戯は今日で解決したというのに、余計なことにまで手を伸ばしてしまう。これはもはや俺の悪癖なのかもしれないな。いつか余計なことに関わりすぎて借金の保証人とかになっちゃいそうな気配すらある。


 とりあえず岡崎と高橋、そして柳谷の学生生活の負担を少しだけ肩代わりするだけ、今回することはこれだけにしておこう。後は各人に任せて、どうなっていくのか見届ける。


 今日のところはもう帰るとしよう。


 

 昇降口まで行き、下駄箱を開ける。昨日の靴隠しがトラウマになっているのだろうか、自分で設置したトランシーバーにビビる始末である。


 そして、その流れでやり残していたことを思い出した。岡崎は中庭に靴を埋めたとか言っていたな。


 岡崎が気を遣って取り出してくれたらよかったんだが、下駄箱に入っていなかったら多分してないだろうな。


 帰宅に移行していた思考を仕方なく中庭で穴掘りに切り替える。


 昼休みはカップルで賑わっている中庭だったが、放課後はそうでもないらしい。ちらほらと生徒はいるようだが、こそこそ穴掘りする程度なら不審者扱いされることもないだろう。いや逆に不審か、まぁいいや。


 靴が二足隠されているということは、中々に大きな穴を岡崎は掘ったということになる。すべてバラバラに埋めるのは時間がかかるだろうし、手間と人目を省きたいのなら一箇所か多くとも二箇所に埋めているはずだ。


 誰も寄り付かないであろう隅っこの方からしらみつぶし的に不自然な場所を探していると、明らかに盛り上がった場所を見つけた。


 人目を気にしながら俺も掘ってみることにした。


 そして、予想通り靴は二足そこに入っていた。


 最近になって分かったんだが、俺は物探しのスペシャリストなのかもしれない。


 とりあえず、パンパンに詰められた土をかき出す。そして、念のために持ってきた靴入れにぶち込む。


 家に帰ったら靴洗いしないとな。


 そんなことを考えながら汚れた手を洗うために、手洗い場まで向かう。この蛇口が何個も並んで設置されている感じは青春を感じさせるな。


 指先に詰まった土汚れをひたすら洗っていると、誰かが俺から一つ挟んだ手洗い場に来たようだった。


 そちらに目を向けないようにしながら俺は手を洗う速度を高速化する。早く離脱したい。


 「あれ、佐藤君?」


 不意にそんな声が掛けられた。あまり聞きなじみがない声だったが、俺を知っているということは知り合いである。仕方なく目を向けると、そこには沖田夏来がいた。


 ドッチボールの時にちょっと会話をしただけだったが、まさか話しかけてくるとは。俺だったら知っていても気づかないふりをして、しれっとその場を立ち去っていただろう。


 「ああ、どうも」


 とりあえず、そんな言葉を返しておく。


 「佐藤君は部活?」


 いいえ穴を掘っていましたと、正直に言うのは憚られる。


 「いや、部活はやってない。沖田の方は部活か?」


 こういう時は話を瞬時に振りなおすに限る。


 「ううん、私は先生の手伝いをしてたんだ。これから部活に行くの」


 「そうなのか。何の部活なんだ?」


 「テニス部」


 「へぇ」


 意外だな。文科部系の部活に入ると勝手に思っていた。


 「意外だと思ってる?私ドッチボールも下手だったからね」


 えへへと笑いながら、沖田はそんな風に言う。


 「そうだな。ちょっと意外だった。だけど、自分がやりたいと思うなら存分にやればいい。逆にやりたくないなら、無理にやる必要はないと思うけどな」


 「うん、頑張る」


 ただの帰宅部が上からべらべら喋っているのにもかかわらず、嫌な顔すらしないとはなかなかに心が広い。


 「じゃあ、私そろそろ行くね。またね」


 最後に華のような笑顔を俺に向けて沖田は俺に背を向ける。


 「うん、またな」


 夕日に染まった髪を揺らしながら走り去っていく沖田の後姿を見ながら、普通に可愛いヒロインという破壊力を再度実感する。


 俺に耐性がなかったら即魅了されて、犬になっていたことだろう。


 そんな可愛らしい彼女もまたいつか運命という名のゲームの決定事項に襲われることになる。そして普通なヒロインである彼女は確実にその運命に潰され容易に奈落に落ちていくことになる。


 沖田の場合は柳谷のように強くはないし、どんな人間でも一人だけではどうにもならんだろという問題が付きまとう。その時は俺がどうにかしてあげたいところだが、果たして上手くいくかどうか。


 まだ先のそんな不安を頭の片隅に追いやって、俺は帰宅することにした。



 

 

 それから一週間と二週間と経ち、俺は平穏な毎日を過ごすことができていた。


 変わったことは特にない。幼馴染コンビはちゃんと嘘の報告をボスにしているようで、俺もとりあえず安心といったところである。


 一つ気になるのが、岡崎が結構話を盛って俺へのいじめの武勇伝を伝えているという事だけだろうか。あまりエスカレートしすぎたことを言うと、後で自分の首を絞めることになるから止めた方が良いと伝えるには伝えたが、止めるかどうかは分からない。

 

 今までいじめられていたことへの反動でそんなことをしているのだろうから、多少発散したらやめてくれることを願っている。


 そんなことを考えている今現在、俺たちは中間テストなるものを取り組んでいる。


 流石に勉強しなさ過ぎている気がして、若干の不安はあったが、今のところ余裕である。前世の知識はこういう時に大活躍だ。


 解き終わった後は、満点を目指して何度も回答を確かめる。担任が言うには、高い順位の人は名前が公表されるようだ。


 俺はその時にクラスをざわつかせたいという願望があるので、貪欲に問題に食らいつく。


 大人げないとは言わせない。使えるものは何でも有効活用すべきなのだ。


 どの教科のテストでもそんな意識でひたすら解きまくった。


 そして、中学生になってから初めての中間テストを完璧に終えたのだった。


 

 テスト終わりの教室を見渡してみると、誰しもがホッとした表情をしていることが分かる。答えを教え合ったり、机に突っ伏している者、様々であるが、みんな一様にとりあえずホッとしていることだろう。


 何事も初めてというのは精神を張り詰めてしまうものだ。気が緩み切ってしまうのは誰だってそうだろう。


 だからと言っては何だが、こんな時こそ行動に出るべきではないかとも思うわけである。



 


 まだ多くの生徒たちは教室に残っているが、下校時刻には違いないので、俺はそそくさと昇降口に向かうことにした。


 俺は自分の下駄箱に行く前に、あらかじめ確認しておいた会澤美沙という名札が貼ってあるボスの下駄箱に向かった。


 そして、何かの応募はがきでも出すような手付きで1000字で綴ったラブレターを放り込んだ。


 気持ち悪さと恐ろしさのダブルパンチで打ち震えるがいい。


 最後にそんな念を送り込んで、俺は普通に帰宅するのだった。


 


 


 


 

 



 

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