第17話 これは悪戯である

 自分の席に座り、とりあえず鞄を横に掛ける。そのついでに鞄のポッケからのど飴を取り出して、乾きに乾いている喉を潤す。レモンの風味が美味である。


 はい、そんなことを言ってる場合じゃない。分かってるけど、現実逃避したくなるのが人間という生き物であり、俺という人間である。


 どうしようか。とりあえず、早退するか。いやいや待て待て、そんなことをしたら相手の思うつぼなんじゃないか。あいつ早退したよと陰で笑われるのは非常に腹が立つ。


 そもそも誰が俺の上履きにあんなことをしたのだ、それを考える必要がある。ボスかボスなのか、ボスだよな。俺そんな悪いことしましたかね。ちょっとボール当てただけじゃないか、それだけであんな微妙な悪戯をするかね。


 思い返してみると昨日、柳谷も俺を心配するような素振りを見せていた気がする、別にそこまで気にするようなものではないと思っていたが、気にすべきことだからこそ柳谷はあんな風に心配していたのかも知れない。


 ああ、頭が痛くなってくる。特別なことは何もしてないのにこんな風に謎の展開になるとかどういうことだよ。もはやヒロインの不幸な未来をどうするか考える以前に、俺の近々の未来が真っ暗だ。


 冷静に考えてみると、ボスによる悪戯ともまだ限らないな、俺の生活スタイルはぼっちだし、このクラスの誰かによる悪戯の可能性も無きにしも非ずだ。


 だとするのなら、まず俺がやるべきことは確実な犯人を見つけることではないだろうか。まぁ、自分のクラスの連中からはそういった前兆のようなものは一切感じられなかったから、十中八九ボスの仕業だとは思うけど、一応確認だ。


 小さく息を吐きながら、クラスの様子を確認する。もしこの中に犯人がいるのなら、俺の反応を楽しみにしていた奴がこちらの様子を伺っているかもしれない。


 ざっと確認した感じだと、特に変な行動をとっている奴はいない。強いて言うのなら、クラス中を舐め回すように見ていた俺が一番変な行動をとっていたといえる。


 やはり適当にクラスの様子を見ただけでは、何もわからないな。とりあえず一番確率の高いボスによる犯行だと決め打ちして、昼休みにでも調査した方が良い成果を得られるかもしれないな。


 冷静なふりをして色々と考えてはいるが、正直に言うと滅茶苦茶テンパってる。溜息をつき、嫌な気分よ二酸化炭素と一緒に出て行ってくれと念じる。


 あれこれ考えているうちに、朝のホームルームも終わり、一限の授業が始まろうとしていた。


 周りの生徒たちが授業の準備をしているのを見ながら、俺もそれに突き動かされれるように教科書を机の中から取り出そうとする。俺は基本的に教科書を家に持ち帰って勉強に励むという行動しないので、わざわざ鞄から取りだすこともない。


 置き勉は最強である。


 と言いたいところだったが、どうやらそうでもないらしい。俺の机の中には一切教科書が入っていなかった。おっと、これはやられましたな。


 思わず感嘆のため息をこぼしてしまった。


 朝の土パンパン事件から、まさかの教科書神隠しの二段構えである。


 いや、もしかしたら俺の知らないところで三段も四段も何重にも構えられているかもしれないな。


 そうだとするのならお相手さんは初っ端からエンジン全開でこちらを攻め殺すつもりなのかもしれない。もしそのエンジンが全開ではなく、ウォーミングアップ的な感じだったら、まじでこれからの学校生活が怖い。


 柳谷をいじめていた奴と、俺に攻撃を仕掛けてきた奴が同一人物というのなら、あの柳谷が中学時代、病んでしまったというのもなんとなく頷ける。


 頭を抱えたくなる状況はこれまでに何度か経験があるが、今の状況はそのトップスリーくらいにはランクインするだろう。ちなみに頭を抱えたランキング一位は小学生の時に卑猥なサイトをコンピュータ室のパソコンで閲覧していたことがばれかけて、クラス集会で犯人探しが始まった時だ。


 どうでもいい黒歴史を思い出すのはこれくらいにしておこう。今は教科書を隠されたというのはなかなかめんどくさい事態を解決しなければならない。


 家に帰って予習復習するとかは、もともとしたことがないので、そういう点においては別に問題ではない。だが、授業中に教科書を持ち合わせていないといろいろとめんどくさいことになる。例えば、教科書の音読だったり、教科書に書かれている問題を解かなければならないといった状況などがそうだ。先生にあれこれ嫌味を言われるのは逃れられない宿命になってしまう。


 教科書を今から見つけに行くというのは不可能だろう。俺の教科書を隠した相手もすぐ見つかるようなところに隠すとは思えない。その行為が安易な行動で適当なものだったとしてもある程度見つからなそうなところに隠しているはずだ。


 よって、授業開始直前に見つけ出すというのは不可能だ。


 こうなってしまえば、俺のとれる手段は一つだけだ。隣の倉橋に見せてもらう。それしかない。他クラスに友達がいれば、借りてくるという手段もあるが、残念ながらそれはできそうにない。ぼっちの弱みである。


 「あの、倉橋。教科書全部忘れてきてしまったんだが、見せてもらうことってできないだろうか?」


 余計なことは言わず、適当な嘘で固めて目的だけを伝えた。真実を言ってしまったら、俺と彼女の間には微妙な空気が流れるだろう。それはただただ気まずいだけだ。


 「全然いいよ。でも、全部忘れてきたって、すごいね」


 「今日は急いできたから、うっかりしてたんだと思う」


 変な沈黙すら挟まずにすらすらと嘘が出てくる自分の口が恐ろしい。将来の天職は詐欺師かもしれないな。


 倉橋はにっこり微笑んで、口を開いた。


 「でも、照人君っていつも教科書机の中にしまってるよね」


 「……」


 ここで沈黙を挟んでしまったので、俺の天職は詐欺師ではないようだ。というか、倉橋は最初からそれを知っていたんじゃないか。あえて俺を嵌めたというのならなかなかに食えない女である。


 「昨日はたまたま、持ち帰ったというかなんというか、そんな感じなんだ」


 「そうなんだ?」


 本当のこと言ってもええんやでみたいな意味をはらんでいそうだが、それでも俺は言うつもりはない。


 「はい、そうなんです」


 「うん、そういうことならしょうがないね」


 前もこんな風に色々言葉を濁しながら倉橋と会話したのを思い出した。倉橋は核心に迫るような口調で話しかけてくるが、結局深くまで追求することはなく、そっと離れていく。こちらとしてはありがたい限りだ。とりあえず今回も彼女の優しさに甘えておくとしよう。


 いつか落ち着いたら俺の不幸な青春を語り聞かせてあげたいが、俺がその時まで正気でいられるのかは正直分からん。


 いつもだったら、授業中は念仏モードだが、今回はせっかく倉橋が教科書を見せてくれるということなので真剣に授業を聞くことにしよう。


 だが、教科書を見せてもらうにあたって、俺は倉橋の机に自分の机を寄せなければならない。


 結局、緊張して授業に集中できることはなかった。これが青春か。いや、こうなった背景が教科書隠しから始まったことを忘れてはいけない。なんて青春だ。




 何とか授業を乗り切って、昼休みに突入することができた。


 給食を食べた後は、いつもながらめちゃくちゃ眠い。机に突っ伏したら速攻で寝てしまう自信があるが、今日のところは犯人探しと教科書探しに行かなければならないのでそれは止めておこう。


 昼休みの時間からして、制限時間は30分といったところだろうか。余裕で足りないな、犯人も教科書も見つけることはできなさそうである。


 そうは言っても、探さなければないので仕方なく、教室から出る。

 

 昼休みということで廊下は、喧騒に包まれていた。


 体育館に向かっている生徒、ロマンスを求めて屋上なり中庭に向か生徒、犯人探しのために放浪する生徒、さまざまである。明らかに最後の奴だけ異端だが、考えないようにしよう。


 とりあえず、立ち寄りやすい、いつもの空き教室でも行ってみるか。


 教室のドアを開けると、相変わらず、埃臭い教室の匂いが広がっていた。


 基本的に人が立ち入らないこの教室は、何かを隠すにはうってつけの場所ではないだろうか。ただし隠した者がこの教室を知っている場合に限るが。


 教科書がありそうな場所を片っ端から調べていく、山積みされている机の中、よく分からないものが詰まっているごみ箱、掃除用具ロッカー、とにかく調べた。


 手を埃で汚しながら、掃除用具ロッカーを調べていると、とうとう教科書らしきものを発見できた。ちなみにそのロッカーはいつも俺が隠れていたロッカーだった。


 俺と同じように教科書を隠されている者が何人もいるとは思えないが、一応教科書を手に取って、俺のものかどうかを確認してみる。数学の教科書のようだが、これは俺たち一年生が使っている教科書と同じものである。俺は教科書に名前を書かないという謎のポリシーがあるので、本当に自分のものかまだ判断はできない。


 なんとなくページをめくってみると、ところどころにシャーペンで意味のなさそうな線が引かれてあった。なんとなく見覚えのあるこの線は、シャーペンを握りしめながら授業中爆睡してしまった時にできたものと酷似している。うん、ほぼ俺の教科書で間違いないだろう。


 やはり犯人はボスであると俺は確信した。元々、単純に考えれば選択支はボスしかなかったのだが。


 俺がここで教科書を見つけたのも偶然ではないだろう。俺とボスが初めて関わった因縁の場所といっても過言ではない場所だからな。ボスがどこまで考えているのかは行動しているのかは分からないが、俺に犯行がばれても構わないといった意図を感じる、多分間違いないだろう。


 ということは、俺に喧嘩を売っているということになる。


 冷静になるために、俺は深く息を吸う。埃を吸い込んでしまい、むせる羽目になったが、逆に冷静になった。


 とりあえず、俺が見つけたのは教科書一つだけ。まだ、残っている教科書四つある。空き教室にはもうない気がした。ここに隠したのが彼女からのおもてなしだというのなら、他の教科書は素直にひねくれた場所に隠してあるだろう。


 ひねくれていることに関しては、俺も負ける自信はない。


 俺は空き教室を出て体育館に向かった。ボスは俺のことをぼっちだと思っているはずだ。空き教室で一人でいたところを見られている時点で誰しもが俺をぼっちであると思うだろう、俺もおんなじ立場だったらそう思う。

 

 だが、もし彼女がそれを考慮しているのなら、逆にそれを利用することができる。


 その考えのもとで彼女が行動するというのなら、俺がよく知らない場所、もとい俺が寄り付かない場所に隠すはずだ。

 

 その候補としてまずは体育館である。スポーツマン、チャラ男が蔓延っている場所だ。多くの人たちが足を運ぶ体育館だと俺以外の誰かに見つかって問題になってしまうというリスクはあるが、実際は学校側も他の生徒も問題にはしたくないだろうし、見つけたとしても落とし物ボックスに入れられるだけになるのが落ちだろう。


 そのリスクはボスもできることなら避けたいだろうが、そこまで考慮はしないのだろうとは思う。こんだけ堂々と攻撃を仕掛けてくるのなら、ある程度の度胸はあるはずだろうし。


 適当に体育館のゴミ箱を漁っていく。はい、早速、教科書発見しました。それも二つも。


 俺の考えは間違いではなかったみたいだ。そして、ボスにごみカスぼっちだと思われていることも裏付けされた。泣けてくる。


 ここで泣いても仕方がないので、教科書探しを再開する。体育館はほぼ探したといってもいいが、まだ調べていない場所が、一ヵ所だけあった。


 女子トイレである。


 さっき見つけた教科書は男子トイレのゴミ箱にあった。なら、入り辛さの極みというか、入ったらほぼ犯罪な女子トイレにもありそうな気配を感じる。

 

 ボスは女子なのに男子トイレに教科書を隠すという気合を見せている。これは俺も気合を試されているということではないのだろうか。


 いや、待て待て。思考が良くない方向にぶっ飛んでいる気がする。これはたぶん間違っている考えだ。世間一般的に。


 手近にいる女子に頼んだ方が確実ではないだろうか。いや、これもあれだな、いろいろと微妙だ。女子トイレのゴミ箱ちょっと確認してくれませんかって言えるか、普通の神経している奴なら言えない。言えたとしても、そのあとが怖い。


 でも、確認してほしいのなら、誰かに言うしかないよな。


 体育館にいる連中の中で、知り合いの女子がいないか確認する。


 できれば嫌われても構わない適当な女子がいい。そもそも女子の知り合いが少ない俺にはそんな都合のいい女子がいないだよなぁ。


 体育館にいる女子生徒たちを物色していると、ある生徒を見つけた。


 清川奈々である。誰とも群れることなく、薄茶色の髪を揺らしながら体育館を散歩している。


 最近は彼女の様子を見る暇がなかったというか、すっかり忘れていたというかそんな感じだったから、久しぶりに見た気がする。相変わらず可愛らしい見た目はしているが、とぼとぼと歩いている感じが、早朝散歩している地域の老人とシルエットが一致している気がする。


 俺は昼休みは基本的に空き教室にいるので、最近の昼休みの彼女の様子は確認していなかった。もしかしたら清川の最近のブームは学校徘徊なのだろうか。まぁ、そんなことは別に彼女の勝手だし何も構わない。


 そんなことよりもあいつに頼んで見るのもいいかもしれない。一応、クラスで班も一緒だし関りもあるし、もう嫌われているようなものなので、さらに嫌われてたとしても別に構わない。俺が嫌われたとしても寺島との関係がどうにかなるとかそういうことも多分ないだろう、信じてる。


 よし、行くか。迷ったら止まってしまう気がしたの熟考することなく、俺は突撃することにした。


 「なあ、何してるんだ?」


 初手は当たり障りのない会話が基本である。清川は驚いたようにこちらに振り向いた。


 「……歩いてるの。見てわからないの?」


 「見てわかるな」


 チッと舌打ちが飛んできたが、いつものことだし気にする必要はない。むしろ初めて言葉が返ってきたような気がする。いつもは一言目に黙れで一蹴されていたしな。


 「それなら話しかけないで」


 ぷいっとそっぽを向いてそう吐き捨てた。すぐにでもこの場から離れていきそうな感じだったので、その隙を与えないように、即座に言葉を紡ぐ。


 「いや、用があったんだよ」


 「……はぇ?」


 くるっとこちらに向き直って、とぼけたような疑問フェイスを向けてきた。なんだその反応は、普通に可愛かった、初めてこいつからヒロイン力を感じたぞ。


 純粋に疑問を感じているようなので、早速だが用件を簡潔に伝えるとしよう。


 「体育館の女子トイレのゴミ箱の中身を持ってきてくれないか?」


 すると、拳が飛んできた。単刀直入に言い過ぎた。ごめんなさい、痛いです。


 


 


 


 

 


 

 


 




 


 


 

 


 


 


 


 

 



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