第二章 3

 ぼくたちの役割は既に終わった。おじさんが警察にこの話を伝えてくれれば、捜査が開始されるだろう。犯人が見つかって逮捕されれば、ようやくぼくたちはいつもの学校生活に戻ることができる。おこづかいを死守するために勉強に励むことができるし、何も気にせず放課後遊ぶこともできる。そしてなにより沙紀の記憶が戻った時、毎日を怯えず過ごすことができる。良い事ばかりだ。ぼくたちは良い行いをしたんだ! これは誇ってもいいだろう。母さんがこの事を知ったら、褒めてくれるんじゃないかな。


 ………………。本当にいいのか? さっきおじさんの家で感じた、あの小さな胸の痛み。おじさんに調査はお終いだ、と念押しされた時に感じたよな。本心はまだ続けたがっている? いやいや、ちょっと待て。おじさんが話を信じてくれて、これまでやってきた事が無駄にならなかったんだぞ。それで終わりでいいじゃないか。このまま続けたら最悪の場合、犯人と対面してしまうこともあるかもしれない。わざわざ遥を危険に晒す可能性を高くする必要がどこにある。警察に任せておけばいい。そうすればリスクを最小限に、そして犯人逮捕という最大限のリターンを得ることができるんだ。このまま何もしないことが最適解のはずだ。


 帰り道。ふと、隣を歩く遥を見る。遥はぼくに気付いて、いつものような、けれどもどこか寂しげな表情で微笑んだ。


 ……違う。胸が痛んだのは、おじさんの言葉を聞いたからじゃない。ぼくが続けたがっているからじゃない。いつもの無理して笑う遥だったからだ。そうだ。いつも遥は途中で投げ出さない。あんなに嫌いなマラソン大会の時だって、一度走り始めたらゴールまでは決して止まらない。それなのに今回はああも簡単に引くことを選んだ。このまま調査を続けると、周りの人を心配にさせる。迷惑をかける。きっと遥はそう思って、自分のしたいことを理性で押し殺したんだろう。いつもそうだ。例え迷惑をかけようとも、頼ってくれればいいのに。周りに悟られずに気を遣って。遥が一歩身を引くというのなら、それに気付いたぼくのするべきことは決まっている。例えこの選択が間違いだったとしても。


 遥の前に回り込む。


このままでいいのか?

「え? どうしたの急に」

このままぼくたちは終わらせてもいいのか?

「……そのほうがいいじゃん。おじさんに既に迷惑をかけちゃってるし、ママやあっくんのおばさんだって、このまま続けると心配を掛けちゃうかもしれない。それにあっくんだって――」

周りを気にし過ぎるなよ! 迷惑なんていくらでもかけてくれたらいい! 自分を偽るな!


 遥の瞳が揺らぐ。


「でも私、昔からよく変な事に巻き込まれるし、今回だって続けたら、もしかしたらあの危険な誘拐犯と鉢合わせしちゃうかもしれない。そのせいで、もしあっくんが傷付いたら……」


 気付いていたのか。だからここまで気を遣って、自分の本心を隠してきたんだな……。それなら今こそ言おう。ずっと抱く、この本心を。


ぼくは常に前へ進もうとする遥が大好きなんだ。迷惑がかかる? そんなのどうってことないさ。迷惑とも思わない。遥の進む先に危険があるなら、全部ぼくが振り払う。四年前のあの時から、ずっと心に決めているんだ!


 遥の瞳から、大粒の涙が溢れた。まるでこれまで抑え込んできた感情が爆発したかのように。


「……私、もっと調べたい! 沙紀ちゃんにあんな事をしたあの誘拐犯を絶対に許さない! 犯人に繋がる証拠を見つけて、必ず刑務所に送ってやる!」


 刑務所に送ってやる、ときたか。流石は遥。こりゃ大変だな。時間は……十五時三十六分。まだ今からできることはある。


じゃあ確実に刑務所に送るためには、もっと調べないといけないな。

「調べるって、そんなにぱっと方法が出てこないよ」


 遥は頬を伝った涙を袖で拭いながら言った。


ぼくたちが犯行の現場を見たとき、あの誘拐犯は恐ろしく手際が良かったように思わないか?


「確かに、沙紀ちゃんをすぐに連れ去っちゃったもんね……あ! 過去に、他に同じような事件があるかもしれないってこと?」


 こくりと頷く。


「ということは、調べるなら……駅前の市立図書館! パソコンを借りて調べてみようよ!」


 決めたらすぐ行動。それでこそ遥だ。前へ前へと進もうとする時こそ、一番輝いているんだ。

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