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「なに、爺さんは本来の目的は達したはずだ」ジムは言った。「あんたが誰かを連れて、逃亡しようとしてるのかどうか。あの爺さんと女には確かめる任務があった。あんたがさっさと逃亡するつもりなら、あんな店に1時間もじっとしてるはずがない。知らないジジイに声をかけられて、黙って聞いてるはずがない。だが、あんたはじっとしていた。席を立たなかった。あんたは誰かと接触しようとしてる」

「そんな話は初めて聞いた」

「それは、それは。ジジイの一連の言動は、あんたが1時間もあの喫茶店で我慢してる理由を、あのジジイが知っていたということでもある。どんなに突いても、あんたがあそこを動かないってことをだ」

「好き放題、言ってくれるな」

「あんたがあの喫茶店を動かないことは、誰もが知ってた。俺も知ってた。店の奥にいた男女も知ってた。いいか。あの男女も、俺も、あのジジイも死んだ女も皆、ある目的があって今夜、あの店にいたんだ。今夜あの時間帯に、あの店にあんたがいることを知ってたから、皆いたんだ。あの死んだ女とジジイはあんたを見張るために。そして俺は、その二人があんたを見張るだろうと察して、その動きを見張るために。そして、あの若い女と中年男のカップルは俺たち全員を見張るために」

 あの店で関係なかったのはポルノ雑誌を開いていたビジネスマンと後から現れたその連れ。あの中年の調査員だけということか。

「ところで、アンタに話しかけた中年男、誰だ?」

「保険の外交員」

「外国人のあんたに保険か。バカか」

「そう言ってやった」

「店の奥にいた男女のカップルが何者か、ついでに教えてやろう。連邦警察の公安にいる警部補と巡査部長だ。さあ、そろそろあんたも分かってきただろうが・・・」

「5分の約束だ。あと2分」

「尋ねたいことは、何かないのか」

「ない」

「それは結構」ジムは唾を吐いた。「ともかく今夜、あの時間帯にあんたがあの店にいることは皆知ってた。だがそういう可能性について、あんた自身は全く考えていなかったようだ。何故だ?」

「質問してるのか」

「確認してるんだ。あんたは自分の計画を他人に洩らすようなマネはしてない。そうだろ?逃亡しようという矢先、不用意にそんな話を誰かに漏らすはずがない。しかし、あんたの今夜の行動はどこからか洩れてた。なぜだ?」

「さあね」

「アンタが今夜あの喫茶店にいることを知ってた者のうち、1人を除いた全員が今夜あそこにいた。問題は姿を現さなかった者」

「福の神」

「あんたが喫茶店で待ってた人物」

 私はとっさに笑った。笑わなければ、他にどんな反応をすればよかったのだろう。

 ジムはレベッカのことを言っていた。もちろん私は信じなかった。レベッカが七時半までに店を出ると電話で言ったのは、つい1時間ほど前のことだ。その時すでに、レベッカが今夜の私との約束を全て誰かに話していたというのなら、レベッカはそうして私をおびき出すように脅迫されただけのことだ。

 私はそのとき冷静だったのか、なかったのか。今夜の計画が、外に洩れる可能性について考えていなかったとすれば嘘になる。私とは用心のために頻繁に場所を変えて公衆電話を使ってレベッカと接触してきたが、それにしても誰かに聴かれていたとも限らない。もし具体的な話が洩れるとしたら、私かレベッカしかいない。そのことも私には分かっていた。

 だからこそ、レベッカを連れ出したかったのだ。

 それにジムが事実を語っているという証拠はどこにもない。

「もう時間切れだ。話は終わりだ」私は言った。

「あと1分残ってる」

 ジムはそう答えてニヤッと笑った。

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