お嬢様な許嫁たちが恋する少年の多忙な日々

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プロローグ

第1話 戸隠萌

 放課後、グラウンドではサッカー部がいち早く練習前のストレッチを始めており、高遠宗四郎たかとうそうしろうはその様子を窓際の席から頬杖をついて眺めていた。

「宗四郎、帰ろ」

 聞き慣れた、耳に心地よい声の主は幼なじみの戸隠萌とがくしもえだ。

 小さな顔に、大きくて垂れ目がちな優しい瞳。

 しっとりと柔らかな栗色の髪。

 庇護欲をかき立てる小柄な身体に、人一倍大きな胸。

 見る者を魅了する愛らしい顔立ち。

 ふっくらとした唇の口角は上向きで、萌は常にほほ笑んでいるように見える。

 マスクで顔を隠しても、圧倒的な美少女のオーラまでは隠し切れず、芸能事務所からのスカウトやナンパはひっきりなしで、幼いころから萌が街をスムーズに歩けたことなど一度もない、といっても過言ではないだろう。

 そんな幼なじみは見た目ばかりか性格も天使のようで、彼女の柔和で温かい雰囲気の源は、きっと優しく謙虚で純粋な内面だ。

 血筋においても、世界的に有名な建築家で資産家の父と、元客室乗務員でモナコ王室の血を引いている母をもち、親類や先祖には大学教授・外交官・小説家・果ては歴史の教科書に載るような人物もおり、萌自身の成績も体育以外は優秀なようだ。

 こんな風に長所をあげるとキリのない萌だが、彼女と幼なじみである宗四郎は、背も高く、運動もでき、整った顔立ちでありながら、とある事情による悪評――そして目までかかる黒髪のせいで、女子生徒にとっては話しかけづらい存在となっていた。

 宗四郎がスクールバッグを手に席を立つと、もう随分前に慣れてしまった、男子生徒たちが向ける嫉妬の視線を浴びつつ萌のほうへと歩みを進めた。

 日ごとに日差しの強さが増していく五月。校内を出ると、青い空と白い雲のコントラストが目にも鮮やかだ。

「今日用事があって、ご飯の時間いつもより少し遅くなっちゃうかもしれないの。……なるべく急ぐけど、ごめんね」

 身長差が30cmもあるため、萌はいつも宗四郎を見上げながら話す。

「俺なら適当に済ませておくから、無理に作りに来てくれなくても……」と、優しさで言った言葉で萌の表情が陰り、宗四郎は慌てて「たまには萌も家族と一緒に夕食とったほうがいいだろ?」と言い添えた。

「……わ……私は、毎日宗四郎と一緒がいいから……」 

 羞恥に染まった顔を見せまいとしてか、萌がうつむく。

「そっか。じゃあ待ってるよ」

「うん……ごめんね、ありがとう」

 それなりに勇気を必要としたであろう萌の言葉を、宗四郎があっけなくキャッチするのはいつものことで、”自分は萌にふさわしい男じゃない”という思い込みと、”鈍感”が主な理由だ。

 萌の視線に気がついた宗四郎が、「ん?」と彼女に顔を向ける。

「ううん」

 左右に振った萌の栗色の髪が太陽光に照らされ、その柔らかそうなボブカットが、よりいっそう艶やかに輝く。

 幼なじみの頬が普段よりも赤くなっていたことに宗四郎は気づきもせず、二人の間に流れる気配は日常に戻った。

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