第11話

「ネージュ!」

「んー? その声はティナ?」


 小さな可愛らしい木でできた家から白い髪の少女が顔を出す。


 大きくなったネージュは……なんというか、すごく可愛い。いや、可愛いなんて安っぽい言葉ではネージュの愛らしさを表せない。


 私よりも背の高いネージュはモデルみたいにスラッとしていて、白く長い髪が澄んだ青目に合っている。

 大きくなるにつれてネージュの魔力は洗礼され、瞳の色はどんどん綺麗に透明度を増しながらも濃くなっていった。


 ネージュはとんでもない美少女に成長したのだ。


「ティナ、そんなに慌ててどうしたの?」

「ねぇ、ネージュはフィアノールに行きたくない?」

「フィアノール? 首都の?」

「そう! どう? 行かない?」

「そりゃあ、行きたいけど……急になんで?」


 私の急な発言にネージュは露骨に顔をしかめた。私がかくかくしかじかアシェルの様子について話せば"あぁ"と納得したように頷く。


「確かにアシェルってば急に変わったよね。2年前くらいからだっけ? ティナの側にいないし、ヘーメルの外に行くこともおかしいよね」

「やっぱりネージュも思ってた?」

「まぁね。だってあんなにティナにべったりだったのに。ティナと話すだけで睨まれたもん」

「え、そんなことしてたの。……ごめんね」

「いいよいいよ。てか、本当に気になるね。そのアシェルの態度」


 ネージュは楽しそうににやりと笑った。

 多分私もさっき同じような顔をしてただろう。人間、誰にでも野次馬根性はあるらしい。


「いやぁ、アシェルも、ついに……ね」

「ついに? なんのこと?」

「えぇ!? 分からない? だって、ティナを差し置いて首都にお出かけだよ?」


 ネージュは面白そうに笑いながら人差し指を立てて私を指差した。


「ティナ、ずばりアシェルの服装は?」

「え? えぇっと、黒のタイトパンツにシンプルなベストだった気がする。ジャケットも羽織ってたからお偉いさんにでも会うんじゃない?」

「何それ! めちゃくちゃお洒落じゃない! あー、それはもう確定だよ!」


 ネージュの勿体ぶるような態度に私は堪えきれずなんなの!と声を上げた。


「女よ、女!」

「……は?」


 お、女……?


 わけが分からず首を傾げるとネージュは嬉しそうに話し出した。


「ティナは知らないかもしれないけど、だいたいそういうのって浮気とかが多いのよね」

「え、浮気とかじゃなくて……」

「似たようなものよ。だってティナに隠してお洒落して町に出掛ける。バレないようにデートしてるとしか思えないじゃないの」


 アルメリアに行くための情報収集をするついでとばかりにネージュはいらない知識を着々と溜め込んできた。

 また無駄な知識を……。浮気って昼ドラか。


 しかし、確かにと納得してしまいそうな自分もいた。アシェルもいい歳だし、彼女くらい居てもおかしくない。いや、あのイケメンぶりだ。いない方がおかしいのかもしれない。


 アシェルに彼女か……。考えたこともなかったな。


「でね、この恋愛小説によるとね」

「なんだ、やっぱり小説の影響じゃない」

「だって巷で有名なのよ? アシェルのお陰で都会のものも手に入るし、ティナも読んだら?」

「今度貸して」


 ちらりと小説を見たがとても面白そうだ。

 この世界にもこんなしっかりした小説があるなんて知らなかった。これは読まねば。


「じゃあ、頑張ってアシェルを尾行する?」


 目をキラキラと輝かせてネージュが私に問いかける。私は笑って頷いた。


「当然」

「さすがぁ! まぁ、そのための私だしね。

 オーケー! まずはアシェルの魔力を辿って追いかけよう」


 ネージュは意識すれば、他人の魔力を見ることができる。アシェルの魔力は特別で、通った後がキラキラしていてすごく分かりやすいらしい。私には出来ないことだが、これでアシェルを見失わずに済むし、ネージュはたくさんの魔法を使えるからきっと見付かることもない。


 私の最終兵器とはネージュのことだ。


「お願いね、ネージュ」

「もっちろん! うわぁ、超楽しみ。習得したばっかの魔法使って華麗に尾行して見せますよ~っと!」


 ぽうっとネージュの瞳が一層輝いた。魔法を使っている証拠だ。

 ネージュはすっと森の方を指差した。


「あっちよ」




 ◆




 草がぼうぼう生い茂る森を進むが、正直不安しかない。

 歩いても歩いても草だらけ。


「……ネージュ、こっちで合ってるの?」

「なによぅ。私を疑うの? 頼ってきたのはティナじゃない。黙ってついてきて」

「すみません……」


 ギロリと前を歩くネージュに睨まれて首を竦める。確かに私が頼んだんだし、口出しするのはよくない。


 ヘーメルの森は相変わらず空気が澄んでいて、神聖な雰囲気がある。最近は風の声が聞こえることも少なくなった。

 天気の変化はもう癖みたいな感じでふと分かるんだけど、未だに聖霊の声は聞こえないし、見えない。


 懐かしくてそっと辺りを見渡すと、草木が嬉しそうにざわざわ揺れる。私のことを忘れたわけではなさそうだ。

 嬉しくなって近くの木の幹を撫でれば、木の枝が私の頭をコツンと叩く。

 しばらく木々たちと戯れていたらネージュに声をかけられた。


「お楽しみのところ悪いんだけど見つけたよー」

「ん? なになに?」


 ちょっと離れたところにいたネージュの方へ慌てて走る。ネージュは大きな木の下にいた。


「おっきい木だね……」

「うん。相当生きてるよ、この木。魔力がすごい」


 ネージュは感心したように大木を見つめていた。魔力云々は分からないけどこの木が長年生きているのは分かる。


「1000年は生きてるね」

「え? ティナはそんなのも分かるの?」

「何となくだけど」


 大木は風に煽られて心地良さそうに揺れていた。


「ティナは本当に森と仲良しだよね」

「え、そうかな?」


 何となく気恥ずかしくて頬をかく。

 ネージュは神妙に頷いた。


「まぁ、アシェルはそれ以上だけどね」

「そのさ、上げて落とすのどうにかならない?」

「ほら、ここ見て」


 私の嘆きを華麗にスルーして、ネージュは大木の根本を指差した。

 私は頬を膨らませながらもそっと木の根本を見て、驚愕した。


「……なに、これ?」

「魔法陣だね」


 木の根本には小さな紋様みたいなのがびっしり描かれている。

 魔法陣なんて、始めて見た。こんなに複雑な形をしているのだろうか。


「かなり古い魔法陣だけど……。うん。使えるみたい。にしても複雑だなぁ……。始めてみる模様だ。昔の文献にもなかったような」

「あの、ネージュ。分かりやすく教えてくれない?」


 わけが分からなくて苦笑いをしながら問いかけるとネージュは頷いて立ち上がった。


「魔法陣は今ではすごくマイナーな魔法だけど昔はよく使われていたんだよ。大掛かりな魔法を使う時とかは特にね」

「大掛かりって例えば?」

「昔だと戦争の時に大砲を撃ったり、船とか戦車とかを動かしたりするときにね。物の移動にも膨大な魔力がかかるから全て魔法陣で補うの」


 ネージュは淡々と話ながら足元の魔法陣を顎でしゃくった。


「これ、すごく古い転送の魔法陣だよ。それも相当魔力を使うやつ。昔の魔法と今の魔法は相性が悪くて昔の魔法陣とか魔法道具とかを使おうとすると倍の魔力がいるんだよね」


 全て初耳だった……。

 ゲームで魔法の基礎は分かってるつもりだったけど奥が深すぎる。あれは本当に初歩的な知識に過ぎなかったのか。


「で、多分アシェルはこの魔法陣を見つけて、これで移動してるんだと思う。使いやすいように上書きされてるしね……。ほんと、アシェルは底が知れないわぁ……」


 ネージュが感嘆しながらも悔しそうに魔法陣を睨んだ。ネージュは魔法に関してアシェルを敵視してる部分がある。

 アシェルは相当すごい魔法使いなんだと思う。


「あーあ、魔法陣を使われたのなら尾行も出来ないね」

「いや? いけると思うよ」


 ネージュは魔法陣を撫でながら再び口を開いた。


「ほぼ毎日魔法陣を使うアシェルは例外として、幸い私もティナも魔力は持ってる方だからギリギリいけると思う」

「本当!?」

「うん。ここまできて諦めるわけにはいかないし、昔の魔法陣を使ってみたい」


 絶対魔法陣を使いたいだけだと思いながらも私は何も言わず頷いた。

 ネージュがやる気ならそれでいい。


「よし、じゃあ、魔力をこめてね」

「ねぇ、これって転送の魔法陣なんだよね? 変なところに行ったりしない?」

「多分、大丈夫! 気にしない、気にしない」

「めっちゃ不安なんだけど!」


 一応貯金箱からお金は沢山持ってきたけど不安なものは不安だ。二人別々に違う場所に転送されたりしないだろうか。


 渋い顔をしているとネージュが私の右手を握ってきた。思わず振り向くとにっこり微笑まれる。


「大丈夫。私も沢山勉強してるし、アシェルが使えるのを私が使えないわけがないもの」


 すごい自信だな、と思いつつも安心してほっと息をはいた。ネージュには何もかもお見通しみたいだ。


「『我に宿りし民の血を、今汝に与えよう。フィアノールへの行路を開けよ』」


 ネージュの言葉とともに足元の魔法陣に魔力を注ぐ。青白い光が私たちを包み込み、眩しさから目を瞑る。


 右手にネージュの温もりを感じて安堵していたらふわっと不思議な浮遊感が私を襲った。

 前世で乗ったフリーフォール系のアトラクションを思い出す。


 あれ、私めっちゃ苦手なんだよね……。


 私の絶叫は魔法陣に吸い込まれて消えていった。


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