第45話『終焉の結末』


 近づいてきた地竜は距離十メートルを残して立ち止まった。やはりこいつ等には知能がある。そして、意図的に人間を狩っている。恐らく上空に居る飛竜もそうなのだろう。いや、海の中に居る海竜も最初からユニットとして配置されていたのかもしれない。


 三匹の地竜がこっちを真正面からしっかり見据え、ゴロゴロと喉を鳴らしながら警戒している。高さはどれも六メートル程度。見上げるほど大きいが地竜にしては小柄なのかもしれない。


 ――本当に話し合いに来たという訳ではないよな……。


 後ろの二匹が前に立つ地竜に向けてクゥクゥと鼻を鳴らす。良かった、何か会話しているようだが翻訳はされ無いようだ。無駄な情を抱かなくてすむ。しかし、ここで襲ってこないのは一体何のつもりなのだろう?


 いや、いつの間にか、上空の飛竜の数が増えている。さらに壁の上に次々と地竜が上がってきている。海岸線にも地竜が現れた。


 ――成る程、物量作戦か……。普段から、こうやって集団で狩りを行っているのだろう。皆の動きに連携があるのが見て取れる。それにしても、ものすごい数だな……。地竜だけでも五十近くの数が居る。飛竜の方は数えるのが馬鹿らしい。


 鈿女うずめはこの世界には魂が足りないと言っていたが、それはきっと人間用の魂の事を言っていたのだろう。恐らく人間になる魂には何らかの熟成度が必要なのだ。だからこの世界を若いと表現したのだ。


 海岸線に集まった地竜たちが一斉にクワクワと騒ぎ出した。何だ、こいつらは観戦のつもりか。

 目の前の三匹が頭を下げて身構えた。一気に突進してくるつもりのようだ。


 しまった! どうやらこのエクスカリバーの欠点をすでに見抜かれている……。この剣には物を断ち切る能力はあるが塞き止めたり押し返す能力は無い。大質量で体当たりされると防ぎようがないのだ。流石に地竜にそこまでの知能は無いと思いたい。だとすると、誰かがこいつ等に指示を出しているのだろう。アンラマンユもしくはアウケラス本人か……。


「畜生め……」


 俺はエクスカリバーを構えたまま歯噛みした。


「に、にーちゃん……」


 背後から心細そうなティコの声が聞こえた。


 ティコだけでも逃がしてやりたかった。それだけが心残りだ……。せめて最期の瞬間だけはこいつと一緒に居てやりたい……。


 俺はしっかりと目を見開き、地竜たちの前へ進み出た。聖剣を持った手に力を籠める。



 その時、俺の耳に微かに歓喜に満ちた歌声が響いてきた。


 悲しき英雄たちよー、歴史は綴るー、そのー詩をー――。

 悲しき英雄たちよー、私は歌うー、そのー身をささげー、帰ーらぬ思いー――。


 その歌声は風に乗ってルクリヤー王城の方角から聞こえて来る。


 悲しき英雄たちよー、私は思うー、夢ー見し希望ー、そのー果てをー――。

 悲しき英雄たちよー、私は願うー、そのー身が朽ちてもー、安らかなることをー ククク……。


 王城の半壊した塔の上。この距離では見えるはずも無いのに人が立っているのが感覚で分かる。間違いなくこちらを見ている。

 風にたなびく白い髪。白磁のような白い肌。白い衣に身を包んだ漆黒の存在。


 アンラマンユ! これは、お前の仕業か!


 〝さあ、私に破壊を、私に破滅を、そして……死を!〟聞こえるはずもない声が感覚で分かる。


  同時に目の前の三匹の地竜が床を蹴った!


 ――おのれ! 邪神め!


 俺の心臓の鼓動が早くなる。死が目の前に迫って来る……。

 海からの風が頬を優しくなでた。



 〝おっ! れっ君。面白そうな事してんじゃねーか。俺っちも混ぜてくれよ〟どこからか建比良鳥とけひらとりの嬉しそうな声が聞こえてきた。


「神意に沿わぬ荒魂あらだまよ、種種くさぐさの罪事に我が威光を示さん。天羽々矢あまのはばや


 その声は胸元の通信機・リベレーションから響いたものだった。



 その瞬間、迫って来ていた地竜が立ち止まった。集まっていた地竜たちがうろたえ始める。忙しなげに辺りを見回し、クークーと寂しげな声を上げ始めた。一体、何が起こったのだろう?


 そして、空から一本の光る矢が落ちてきた。


 光の矢は地面に届かなかった。空を飛ぶ一際大きな飛竜の個体に当たった……。

 そこに、眩い光の玉が生まれる。


 それは、間違いない! 今朝、王城で見たあの光の玉だった……。


「朝のアレはお前の所為か建比良鳥ー!」


 俺は慌てて後ろを振り向きティコの体の上に覆い被さった。


 光の玉は膨張し周囲の全てを飲み込んでいく。空気が震える。次第にこちらに近づいて来る。地面も揺れ始めた。そして、光に包まれ……無音だった。


 全ての音が聞こえなくなった。その光の中で地竜たちが吹き飛ばされていく。飛竜たちがバタバタと落ちていく。壁から吹き飛ばされた地竜が地面と海へと叩き落とされた。空を飛ぶ飛竜たちは地面に落ちて穴を穿った。

 視界の中で起きている光景はすでに埒外だ。体の大きな地竜が吹き飛ばされて俺たちは無事だった。


 ただ、その光る矢は次々と飛来し街のいたるところに落下した。建比良の大きな笑い声が通信機から響いた。



「何なんだよ、これは……」


 俺はティコにしがみついたまま呟いた。


「にーちゃん、あれ」


 ティコは海を見つめてそう言った。


「ん?」


 俺はティコの示す海を見た。そこには午後の日差しを浴びて煌めく穏やかな海原があった。いつもと違うのは雲が多い事だろうか。


「違うよ、にーちゃん。上だよ、上」


 俺は空を見上げた。


「ん、なっ……!」


 そこには、巨大な岩があった……。岩? 空に岩?


「あたいも初めて見たぜ。アウケラス様の空中神殿」

「……」


 はるか上空にあるので距離感はつかめないが、恐らく大きさはこの王都とそんなに大差は無いだろう。そんな大きな岩の塊が空に浮いている……。ん? 今、アウケラスの空中神殿と言ったか? 神殿跡地と言うのはそういう事か……。矢は空中神殿から放たれたのだろう。


 空中神殿はドンドンこちらに近づき降りてくるようだ。次第にサイズが大きくなっている。


「ハハハ、あんま、遅えーからよ。迎えに来てやったぜ」


 リベレーションから聞こえる建比良の声がそう言った。


 そんな、どこかのハイヤーみたいなことを言われても困惑する……。

 どうやら空中神殿は俺たちの頭上に移動している様だ。サイズが大きすぎてよくわからない。


 岩の中心から一条の光が放たれた。上空からまっすぐに伸びる光に俺の体は包まれた。これは……。


「ティコ! 俺の体にしっかりとしがみつけ!」

「お、おう」


 そう言い放ちながら俺はティコの体をしっかりと抱きしめた。


「手を離すなよ!」

「わかった」


 そして、俺は気を失った……。

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