第21話『アウケラスの聖紋』


 聖紋とは何だろう? 印鑑みたいなものだろうか? そもそもこの世界の文字が読めないので通行証に何が書いてあるのかよくわからない。


「なあ、ティコ。それはそんなに珍しいものなのか」

「あのな……。そっか、にーちゃん字が読めないつってたもんな。これは、通行証と言うより巡礼者としての身分証だな。アウケラス様本人がにーちゃんの身分を保証しますと書いてあるんだ」

「ふーん」


 神様が身分を保証とか何だか胡散臭い話だな。


「それで聖紋って何?」

「だから……。ふう、まあいいや。聖なる刻印のことだよ」

「ふーん」


 聖なる刻印ね……。やっぱり印鑑みたいな物で良いのだろう。押してあれば正式書類みたいな感じで……。


「それで、にーちゃんは何の目的があってこの街に来たんだよ。こんなものを持ってるって事はただの巡礼じゃ無いんだろ」

「俺か……」


 そろそろティコには話してよいだろう。別に口止めされている訳でもないし。ただ本来の目的である聖女の奪還には俺は参加をしていない……。


「……ここに来た目的は仕事の採用試験だ」

「採用試験? どういう事?」

「この街で五日間過ごして生還すれば、仕事がもらえるようになるという事だ」

「え? それだけ!」

「ああ、俺はそれだけしか言われていない」


 嘘は言っていない。他の指示は受けてない。


「そ、そうなのか……。あたいはてっきりにーちゃんは神様の御使みつかいで人々に啓示を与えに来たのかと思ったぜ」

「そんな話は聞いてない」

「そうか……それなら、まあ、そういう事でいいか」

「うむ」


 ――ふっ、チョロいな。嘘は何一つ言っていないので心も痛まない。これで妙な誤解も解けただろう。それにしても神様の使とは、言いえて妙な表現だな……。



 ティコの家が見えてきた。俺たちは鍵を開け家へと入った。


「ふう……」


 安堵感からか思わずため息が口からこぼれた。どうやら、かなり緊張していたようだ。歩き回ったせいで小腹もすいている。


「……とりあえず……。お昼は何か食べたいな」

「にーちゃん、こんな状況なんだぜ無茶言うなよ」


 ティコが呆れた感を全開にして言い放つ。


 まあ、普通に考えればティコの言うとおりだ。ここにはまだ大麦とリンゴがある。腹を満たすだけならそれで十分だろう。しかし……。


「いや、ティコ俺たちの国にはこんな言葉がある。〝腹が減っては戦が出来ぬ〟これは戦いの時こそ食事が大事という意味だ」

「おお! すげーぜ、にーちゃん。確かにその通りだ。でも流石に今日はお店はどこも閉まってると思うぞ」

「うん、そうだな……」


 やっぱりお店は駄目か。それはそうだろう。戦争が始まるというのに呑気にお店を開く人はいないだろう。となるとやっぱり食料は自分で調達するしかない。


「……ティコ、何か簡単に手に入る食材はないかな」

「うーん、昨日みたいにのんびり釣りするわけにもいかないし……。簡単にというと貝掘りかな」


 確かにこの状況下で釣りをしていたら不謹慎だと怒られてしまうだろう。でも、貝掘りか……。


「浜、大丈夫なのか」

「海竜の事なら海を見てれば波でわかるぜ。近づいてきたら逃げればいいんだよ」

「そうなのか……」


 そうなのか、本当だろうな、違ってたら多分泣くぞ!


「わかった、行ってみよう!」


 俺たちは昨日餌を掘った熊手のような道具を手に、家の裏手から浜へと出た。


「それにしても、よくこんなところで生活してるな」


 思わず口を突いて出た。


「ん? どういうこと」

「いや、家のすぐ裏手で海竜が出るんだろ怖くないのか」

「ああ、それな。いつもは港へ入った小さな海竜は漁師のおじさん達が銛で突いて追っ払ってるんだよ」

「成程……」

「それに五日前に逃げ帰ってきた人たちに怪我人が多くてさ、血が流れたせいでいつもより多くの海竜が集まっちまったんだよ」

「……」


 その話は昨日聞いたけど、本当に大丈夫なんだろうな……。


 昨日は気づかなかったがよく見てみると少し沖の方に奇妙な波が立っているのが見渡せる。四、五個の波紋が港の中を大きく円を描きながら回遊しているのがわかる。いいのかこれで……。


「にーちゃん。いつまでも見てないでとっとと掘ってしまおうぜ」

「お、おう」


 ティコは容赦なく浜を掘り始めた。


「おっ! あった」


 ティコは掘り始めてすぐに二つのハマグリらしき貝を掘り当てた。よし、これは負けてはいられない。昨日の雪辱戦だ。もし万が一海竜が近づいてきたら躊躇なくエクスカリバーを抜いてやる!

 俺も波打ち際に近づき、熊手を地面に突き立てた。


 三掘り、四掘り。二十センチくらいまで掘るとすぐに貝は出てきた。

 日本のスーパーで買うハマグリよりはやや小ぶり。殻も少し薄い様だが色や形はハマグリによく似ている。


「なあ、ティコ。この貝は何て名前なんだ」

「あー、それはラティスだな。そんでこっちはアルティス」


 そう言ってティコは今しがた掘り当てた貝を手に取って見せてくれた。

 ――違いが判らん……。柄は少し違っているがサイズも形もほぼ同じに見える。


「アルティスの方が旨いから買取価格も倍近く違うんだぜ。にししし」

「ふーん」


 まあ、いいか。別に悔しくはない。


 俺は熊手を大きく振るい夢中になって浜を掘り返し始めた。


 その時――。


「ん?」


 ――何だ? あれ。

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