三日目午後・自由行動デス

 全身に走るかすかな痛みに、俺は目を覚ました。目の前には、昨晩と同じ、馴染みのない白い天井が広がっている。誰かが運んでくれたのか、それとも「仕掛け人」によってか、俺は例の個室に寝かされていたようだった。


「裕、也……。」


 目を覚ましてすぐに、昨晩のことを思い出す。小さくつぶやいた声は、虚空に吸い込まれて消えていった。


『はっきり言ってあげなさいよ。無能どもの為にキャプテンとして働くより、私の彼女オンナになりたくなっちゃった、って。』


 裕也の……ユウの姿と、百瀬の声とが頭の中で残響のようにこだまする。頭の奥がきしむように痛んで、視界が揺れる。訳のわからない感情で、胸の奥が無茶苦茶にかき乱されるようだった。


 頭の中を整理しようと努めても、様々な考えが浮かんでは消えて全く纏まらない。

 裕也は、ほかのプレイヤーたちは今どうしているのか。百瀬はなぜこのゲームについてこんなに早く理解したのか。

 成立しないと思っていた「」が目の前で起きた以上、ほかのプレイヤーたちと連携することはできるのだろうか。保証など、どこにもないんだ。

 どんなに気を張っていても「投票」や食事の為に部屋を開閉する時間はどうしても必要になるというのに、いったいどうやって自分の身をを護ればよいのか。

 調査だって全く進んでいない。俺一人で「仕掛け人」を出し抜くことなんてできるのか? いつも隣で支えてくれたキャプテンは、もうんだ。たった一人で、いつまでそんなことを続けられる?


 考えても考えても、とりとめのない考えには一つも答えは出てこない。

 ――それに、答えを得たとしても、今は立ち上がる気力すら湧き上がることはないだろう。次第に、全てがどうでもいいとさえ感じてしまう。


 頬に、温かな感触が伝っていく。ああ、情けないな。こんな風に情緒を乱されて。まるで、心まで――。


「起きたか、ミサキ。」


 沈んでいく思考を、少女の涼やかな声が引き戻す。軽く上体を起こせば、閉まっていたはずの扉の向こうから少女が一人、入室してくるのが見えた。


「太田、お前、なんで…… 」


だよ、ここは。」


 髪を派手な金色に染めた少女――太田 弘道オオタ ヒロミチは、閉まっていくドアを背にそういった。どこか焦りの浮かんだ表情と、冷たく据わった視線に、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「これで、もう誰も入ってこれねェ。」


 太田はそう言うと、一歩、また一歩と俺の寝ているベッドへと近づいてくる。

 元々の身長とそう変わっていないという太田は、女子としてはそれなりに身長が高い方だろう。は、歴然。

 ――それにもう一つ。ほとんど面識はなくとも、太田の名前を俺はここに来る前から知っていた。暴力沙汰を起こした、問題児の不良としてだ。


 その太田が、ドアへの道をふさいでいる。


 俺がとっさにベッドの奥へ身を引くと、太田は弾かれるように俺に覆いかぶさって、学ランへと手をかける。どうにか逃れようと身を捩れば、太田は片方の手で俺の肩を抑えるようにして、俺をベッドへと押し倒した。


「暴れんなッ! またビリビリされてェのかよ! 」


 いよいよ焦りを隠すことも無く、太田が叫ぶ。少女の細腕にぐっと力をこめた、ただそれだけの動きで、俺はほとんど動くこともできなかった。

 心臓が早鐘のように打つ。「力で太刀打ちできない」という恐怖を生まれて初めて味わって、先ほどまでとは違った意味でパニックになっているのを俺は感じていた。


「落ち、着けって! こんなゲーム、本気でやるつもりかよッ! 」


「先に放り出したのはだろォが! オレだって、勝ちにいかねぇと……ッ!」


 ボタンを引きちぎるように、太田が学ランの合わせを無理やりに開く。支えを失った俺の乳房が大きく揺れれば、太田は中のTシャツを俺の首元までめくりあげた。


 乳房が空調の風に晒されて、ふるふるとゆれる感触。男の頃には味わったことのない、不思議で、どこか甘い痺れを伴った感触と、乳房を直接見られる羞恥とで、顔が一気に熱くなる。

 太田が……つまり、目の前の金髪の少女が、俺の胸に食いつくように掴みかかる不思議な光景に、恐怖と、羞恥と、なんとも言えない感情が混ざり合って俺の胸に駆け巡った。


「女になんか、なってたまるか……ッ! やっと、やっと……ッ!」


「い、たぁ……ッ! 」


 ざり、と音を立てて、太田が俺の乳首に歯を立てる。鋭い痛みで表情カオが歪む。情緒も、テクニックも、まして愛情などどこにもない、愛撫とも呼べない行為。


 鬼気迫る表情で覆いかぶさってくる太田に、まるで余裕のないその行為に、恐怖と諦観とが俺を支配する。逃げ場もない、力でもかなわない、そんな状況が、仄暗い

 アイツだってなったんだ。俺も、ここで受け入れてしまえば……。


『できることを、やるしかないさ。』


 ――そんな風に考えていた俺の脳裏に。鈴を鳴らすように可憐な、しかしはっきりとした意思を秘めた、少女の声がこだまする。まっすぐとした瞳の、俺たちのキャプテンの声が。


 諦観に支配されていた感情の奥で、何かに火が付く。恐怖が波を引くように去って、起きてからあれだけ混乱していた頭がすっきりとまとまっていく。

 そうだ。俺にもまだ、がある。乳房に吸い付いたままの太田をしっかりと見据えて、腕に力を込める。

 できる。太田を落ち着かせて、話をするんだ。


 俺は抱きしめるように後頭部から腕を回して、胸に……乳房に思いきり太田の顔面を押し付ける。柔らかな肉に鼻と口を塞がれて、もともと呼吸を荒げていた太田は息苦しそうにもがく。じたばたと暴れる手足が何度か俺の体にぶつかるが、俺はただ太田の頭をぎゅっと抱きしめて、決して話さないことだけに集中する。


 ――やがて、息苦しさに耐えかねて太田の体がぐったりと脱力する。と同時に、胸に押し付けた顔面から、すすり泣くような小さな声が聞こえてくる。


「なぁ、落ち着いたか……? 」


「いやだよ……。こんな、こんな体で帰ったら、、親父に……ッ。」


 少しだけ力を緩めると、聞こえてきた太田の声が、静かに震えて聞こえてきた。乳房の丸みをなぞる様に、温かな雫が一つ、二つと滑り落ちて、膝元へと落ちていく。

 ……意味不明な状況への不安だけではない。もっと切実で、心の奥底を抉るような、恐怖の感情が、太田が肩を震わす小さな振動となって、俺の胸へと届いてくる。


 なんとなく、わかってきた。太田がここまで女の体を拒否する、その理由。金色の髪や、不良としての虚勢で、、その理由が。

 それに、このゲームのプレイヤーに、その理由も。


「オレ、おれぇ……ッ。」


「いいよ、辛いなら、無理に話さなくていい。」


 太田の体を、今度こそは本当に抱きしめながら、ゆっくりと頭を撫でる。いつの間にか俺にしがみ付くように、縋る様に身を寄せてきた太田の姿に、胸の奥が締め付けられるような感情……誤魔化すのは、やめよう。子供のような太田の姿に、俺はを感じていた。庇護欲を掻き立てられるような、狂おしいほどのいとおしさを。


 先ほどとはまた違う、決意が俺の胸を突き動かした。

 護らねばならない。愛さねばならない。という鎧の中で、誰にも助けを求められずに、ずっと苦しんでいたこの小さな子を。


「力になるよ。ここから出れたら、太田が家を出られるように、協力する。帰りたくないなら、帰らなくてもいいんだよ。」


 俺がそう言うと、太田は……弘道は、俺の胸に顔を押し付けたまま、力なく首を振って。

 そしてまた、肩を震わせて、ぎゅっと俺にしがみついてくる。俺もまた、答えるように弘道の体を抱きしめて、あやすように頭を撫でる。


 やがて。

 ひとしきり泣いて落ち着いてきたのか、脱力していた体にほんの少し力を込めて、弘道が俺の乳房から顔を離そうとする。俺はそれを逃がさないようにしながら、頭を撫でる腕を、すっと耳から顎、首筋へ、そして控えめな弘道の胸へと滑らせる。

 百瀬がユウにそうしていたように、優しく、弘道の体を愛撫する。時折びくりと体を震わせて、また逃げようとする少女を決して話さないように捕まえながら。


「や、やめろよ、それ、なんか……っ。」


「でも、こういうコトする為に、ここに連れ込んだんだろ? 」


 体を密着させられたまま、弘道が顔を上げて抗議する。羞恥によるものか、悦楽によるものか、少女の顔は耳まで赤く上気している。

 力では弘道の方が勝っていると、先ほどの件で分かっているはずなのに。いやいやと力なく抵抗するばかりで、本気で俺の腕を振りほどこうとはしない。目じりが落ちて蕩けたまなざしは、むしろどこか期待をしているように、甘えているように感じて、俺はますますこの腕の中の少女をいとおしく感じてしまう。


「ほら、も、触っていいよ。……優しく、ね? 」


「やだ、くすぐったい……っ。」


 少女の口元に、そう言って乳房を近づける。だけ? と意地悪く微笑んで尋ねれば、少女はますます顔を赤くして、また顔を俺の乳房にうずめてしまう。

 その反応に気をよくして、俺は弘道の学ランのボタンに手をかける。一つ、また一つとボタンを外しても、弘道はやはり小さく身を捩るばかりだった。

 そのままTシャツの裾から手を潜り込ませて、柔らかなふくらみとと存在を主張する頂を優しく手のひらで包んであげれば、弘道もまた甘えるように、今度は噛みつくのではなく本当に赤ん坊のように、俺の乳房に吸い付いて、すんすんと鼻を鳴らす。


「かわいい。顔、真っ赤だね。」


「……はじめて言われた、そんなの……。」


 胸元にある頭にそっと頬を擦り付けるようにして囁くと、弘道は顔を上げてきょとんとした表情を浮かべている。その反応がなぜだか少しおかしくて、くすくすと小さく笑いが漏れてしまう。


「かわいい。かわいいよ。」


「や、だぁ……。」


 そのまま弘道の額に口づけをして、今度は俺が上になる様に、少女の四肢をごろりと押し倒す。ちらりと時計を見れば、投票時間まではだいたい3時間ほどの余裕があった。

 つまり、それだけ楽しめるわけだ。今はもう、隠すことなく艶やかな声を上げる金髪の少女に、俺はその口を塞ぐように口づけをした。

 ――少女は、もはや抵抗なく口づけを受け入れた。

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