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 あたえは確かにぼくに似ている気がするが、目の印象のせいか、彼のほうが可愛らしい顔をしているし、表情が尖っていない。ぼくのじぶんに持つコンプレックスが解消した存在が彼だ。


 通常授業が始まると昼食を持参するように担任の立野先生から指示があった。学生食堂は全校生徒の人数に対し、席数が少ないため一年生のうちはあまり使用しないでほしいとのことだった。


ぼくとあたえは机をくっつけることなく、決められた机の間隔を保ちながら、持ってきたものを机の上に出した。ぼくは、行きに駅前のコンビニエンスストアで買ったサンドイッチの封を開けた。あたえは几帳面に包まれた弁当をほどいていた。


「つくってくれるんだ?」


「うん。祖母が」


 祖母ということばに正直違和感を覚えた。ももいろの唇を見ていると、あたえがこちらを見て笑った。


「親いないんだ。おれ」


 親がいないと言ったことも、あたえが急におれと言ったこともなんだかぼくの胸を刺した。


 ぼくの表情を察したあたえがことばを続けた。


「きみはおじいさんとおばあさんと一緒に住んでる?」


「いや、住んでない」


「きょうだいは?」


「いない」


「じゃあ、同じことだよ」


 あたえが何でもないふうに笑ってくれると申し訳なさが打ち消された。親がいなくても、あたえは祖父母と一緒に住み、愛されている。ぼくはその愛を知らない。あたえの弁当は色とりどりで、野菜と肉のバランスがよく、栄養のことが考えられている。サンドイッチを噛むと、好物のトマトの味で口の中が潤った。


「あたえはふだん何してるの? 休みの日とか」


 話題を変えようと頭を捻り出てきたのが凡庸な質問だった。


「歩くのが好きかな。目的なく歩くの」


「いいな、それ、ぼくは趣味とかないから」


 へぇと、ご飯を器用に箸でつまみあげながらあたえが言った。


「宝良ならいいよ」


「え?」


「ほかのひとはだめだけど、宝良ならいい。一緒に歩いても」


 ぼくが想うように彼もぼくを想うようになってくれたような気がして、胸の中が熱くなった。


 その日の放課後から、目的もなく学校の外を歩いた。学校の裏側は住宅街になっていて、迷路のようだった。ほとんどが改築されていたのに中には嵐が来たら吹き飛ばされてしまいそうな家があって、その横の空き地で白猫の親子を見つけた。ぼくらを訝しげに見て猫たちは逃げてしまった。


「猫好き?」


 去っていく猫たちの背中を見ながらぼくはあたえに訊ねた。


「わかんない」


 あたえは無垢でありながらほんとうに関心のない目をしていた。


「でも、たくさん生まれるのは恐いね」


 猫に対しそういう表現をするひとは初めてだった。風が吹いてあたえの髪が揺れる。知らないシャンプーの匂いがした。


「行こう」


 その空地を通り過ぎ、広い公園があって、グランドの周りに小さい道があるのを見つけた。


「いつからこういうことしてたの? 誰かに教えてもらったの?」


「誰にも。ひとりで。いつからだろ」


 知らない道を歩くという趣味は非常に興味深いものがあって、なぜぼくはこういうことをしてこなかったのかと不思議に思った。ぼくはもっとあたえのことを知りたくなったし、一緒にいろんなところに行きたかった。

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