第4話「犬神憑き2」

―どうやら犬神筋の者というのは間違いない様だな。

道摩は、朋也の反応を見てそう思った。

「少しお待ち下さい。父に聞いて参りますので」

「ありがとう。じゃあ、ここで待たせてもらうよ」

朋也が家の中に入って行くのを道摩は見送り、周辺を観察した。

家の庭先に、小さな畑が有る。

何を育てているのか分からないが、村長の言う通り枯れてはいない。

5分程で朋也が戻ってきた。


「お待たせ致しました。父がお会いするそうです」

「そうか。ありがとう」

朋也の先導で家に入る。

玄関に入り三和土を上がると、そこに朋也に面差しのよく似た男が居た。

見た目が朋也の父にしては若すぎる気もしたが、

よく見ると髪に白髪が少し混ざっている。


「初めまして。どうぞお座りください。朋也の父、清宮明です」

「私は、民俗学の研究を趣味で行っております、道摩と申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしく。何やら、についてお知りになりたい事が有るとか?」

「ええ。村で珍しいお話を聞いたものですから。何でもこちらのお宅が犬神憑きの筋だとか」

会話での駆け引きが苦手な道摩は単刀直入に切り出した。

「そうですね。確かに昔からそう言われてはいますね。お陰で謂われも無い誹謗中傷を受けてきましたよ。ああ、誹謗中傷に関しては

明はどこ吹く風と言った調子で、そう言った。


道摩は話ながら清宮親子の気を探る。

朋也は常人と多少の違いが有るが、どこがどうとは言えない微妙な感じである。

一方、父親の明は多少どころではない、常人とは全く異質の気を持っていた。

だが、悪い類の気ではない。

また、という感じでもない。

道摩が初めて経験するタイプの気の持ち主であった。


「失礼ですが、明さんおいくつで?」

「年ですか?58ですが何か?」

「58歳?随分とお若く見えますね。30代に見えますよ。朋也さんは?」

「朋也は、じき20歳になりますね。遅くに出来た子なんです」

「ほう。すいませんね、年齢など不躾に聞いて。あまりに明さんがお若く見えたのでつい。では最後に一つだけお伺いしますが、清宮家は旧いお家なのですか?」

「ええ。その様ですね。この村の創成期からずっと続いている様ですね。一時期はこの村の守り神的な役割を担っていた様ですが、いつしか忌まれる存在になってしまい、ははっ、今では村の凶事の犯人扱いですわ」


明は笑いながら言った。

道摩は明が嘘を言っている様には見えなかった。

礼を述べて清宮家を辞した道摩に、見送りに出た朋也が門の外で声を掛けてきた。


「あの、道摩さん。東京からいらしたんですよね?」

「ああ、そうだ」

「いつ頃お帰りの予定ですか?」

「決めてはいないが」

「あの、お願いです。僕も一緒に連れていっていただけませんか?お願いします!」

「観光でもしに行くのかい?それならば構わないが。だが案内はしないぞ?」

「大丈夫です。一人で何とかしますから」

「分かった。東京に行く事はお父さんには話してあるんだろうね?」

「……いえ。でも、これから話します」

「家出の手伝いなら勘弁してくれよ?面倒な事はごめんだからな」

「大丈夫です。絶対にご迷惑はおかけしませんから」

真っすぐに見つめるひたむきな朋也の眼に、道摩は珍しく気圧された。

「お父さんにきちんと話を付けるのが条件だ。それでいいか?」

「はい!分かりました。ありがとうございます!」

朋也は深々と頭を下げて道摩に礼を言った。


車に乗り込んだ道摩は自身の言動に驚いていた。

普段ならば朋也の言う様な事は絶対に受け入れない。

常に危険が付きまとう道摩には、他人の面倒など見てはいられないからである。

朋也は意志の強さと不思議な魅力を感じさせる少年だった。

だが、理由はそれだけではない。

道摩はもしかしたら自分でも知らずの内に、

自身の少年時代を朋也に重ねて見ていたのかもしれないと思った。

「バカバカしい」

道摩は珍しく声を出して、自身の思いを振り払った。

―感傷に浸るなど俺らしくもない。

道摩は強くアクセルを踏んで車のスピードを上げた。


村の中心部まで来ると道摩は車を降りて、近くの畑に入る。

大根畑だろうか、土から出ている葉が全て枯れてしまっている。

葉の一つに触れて見る。

邪悪な気の流れを微かに感じる。

道摩は畑を出て道路の向かい側に有る別の畑にも入り、同じ事を繰り返した。

結果は同じだった。

誰かが畑に呪いを掛けている。

道摩はそう結論付けた。

のだとすれば、間違いなく同一人物の仕業であろう。

道摩は車を走らせ村長の家に報告に赴いた。


「やあ、道摩さん。清宮の家のもんには会いましたかね?

「ええ。ですが、彼らのせいでは無いかと思います」

「別に原因があると?」

「そうです。恐らく誰かが呪いを掛けていますね」

「呪い?そんなバカな。いや失敬。仮にそうだとして一体誰がそんな事を」

「分かりません。しかしこのまま放っておくと、作物が永久に育たない可能性が有ります」

「それは困る。村民の死活問題になる。何とかならんのですか?」

「呪いの元を絶てば元通りになるはず。それでお聞きしたいのですが」


道摩は用水路のポンプ場に居た。

村長の案内ですぐに一緒に車で向かったのである。

現場に着くと、道摩は軽く眼を瞑り気を探り始めた。

―有った。

邪悪な気は用水路に設置されたタンクの中から発生していた。

タンクの蓋を開けてみると、底の方に何かが沈んでいるのが見える。

水を抜いてみると、出てきたのは動物の頭蓋骨であった。

重り代わりに分銅が巻き付けて有り、浮かんでこない様になっていた。


頭蓋骨をよく見てみると、額の部分に「枯」という漢字が書かれていた。

そして後頭部の部分に、「言呪」の文字が有る。

道摩はそれを確認して、村長に言った。

「原因はコレですね。枯れてしまった物は仕方ありませんが、次に出来る物は普通に育つでしょう」

「しかし、一体誰がこんな物を」

「分かりません。この用水路は清宮さんの畑には引いてないんですか?」

「ええ。村の奥に行き過ぎているので、引けないんです。じゃあ、やっぱり清宮の家が犯人ですか?」

「いえ。違うでしょう。何故清宮家だけが枯れていないのかが知りたかっただけです。本当に犯人なら、自分の所だけ枯れないなんてすぐに犯人扱いされる様な事はしないでしょう。ただでさえ清宮家は、疎まれているのでしょう?」

「まあそうですな。しかし体調不良はどうなのかね」

「骨の後ろに、文句を言った人間に呪いが掛かる様にしてありますね。それ程強い念が籠められてはいないので、いずれにしても呪殺を目的にしたわけではないでしょう」

「はあ」

村長はため息を吐いた。

「本当に誰なんだ。こんな手の込んだ事をするのは」









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