第三十一話 罵ってみた。



「な、なんですかあれ? 何で序盤のフィールドにあんな化け物がいるんですか? 絶対なんか可笑しいですよっ!」


 アリンちゃんがもっともな正論を言って、巨人の視線から逃れるように私の背後に回った。

 うん、それは紛れもなく正しい反応だと思うよ。


「ま、まぁ、こんなこともあるよ。ど、ドンマイドンマイ」

「いやないですよ? なんでログインした日にあんな化け物と戦わないといけないんですか?」

「えぇ……じ、自分で言いだしたのに」


 大体アリンちゃんはまだいいと思う。私なんてログインして割と直ぐにジャイアント・マンティスに瞬殺されたんだし。

 あんなわけのわからない突発的な死に方をしてないだけきっとマシだよ。


「だ、大体なんでアンズさんはあんなのとまともに渡り合えてるんですか? 魔剣士なんですよね? 攻撃が一割減少して使えるスキルに不利があるんですよね? って、アンズさんっ! 初期装備じゃないですかっ!」

「え、あ……そうだけど?」

「いや、そうだけど、じゃなくて――」 


 巨人の姿を見て何やら動揺しちゃった感じのアリンちゃんを押し退け、一緒に地べたへと転がった。

 そしてその場所へ突き刺さる、巨人の高威力と思われるブレス――あっぶなぁ! 横薙ぎに振るわれていたら、絶対直撃してたよ。


「アリンちゃん、取りあえず私が突っ込むから、地面に伏せて待ってて。私があいつの気を逸らしているうちに、無理はせずに私の方へ近づいて。多分あのブレスは、遠くにいるより近くの方が軌道が狭まって当たりにくい」

「え、で、でも……」

「いくよ? 3、2、1、ゴーっ!」


 アリンちゃんは少し戸惑っていたけれど、ゆっくり説明してあげられる時間もないんだよ。ごめんね?


 再び口を開いた巨人のその口目掛けて、こちらも『フレイム・ストリーム』を放つ。さすがに何度か喰らって学習したのか、巨人はブレスを放つことに拘らず、一度口を閉じて回避行動に移った。

 うん、それでいい。


 どうせあのまま巨人がブレスを放っていたら、こちらの魔法なんて掻き消されていただろうから。もしかしたら私の魔法の方がブレスを放つよりも早く相手に届いたかもしれないけれど、大してダメージを入れられるわけじゃない。

 ならここは、接近する時間を稼ぐための囮に使うのが一番だ。


「はっ!」

『グガァっ?』


 近づいてから巨人の剥き出しになっている足の小指へ木の棒を打ち付けた。足の指と言うのは人間にとっての弱点だと何かの漫画で読んだことがあって、咄嗟にこんな攻撃をしてしまったのだ。

 もちろん、ゲームの世界だし相手は人型とは言えどう見ても人間とは思えないような化け物だから弱点ではないのかもしれない。

 けれど私の小指への攻撃は、それなりに効いたのか巨人は嫌がるように足を乱暴に動かしてくる。巨人のくるぶしまでの高さが大体私の頭の高さだから、そんなものを受けたらひとたまりもない。慌てて身を引いて、距離を取った。


『グググ』


 距離を取ったこちらを睨みつけるように視線を向けてくる巨人。しかし先ほどまで赤かった目が元に戻っていて、それほど怖さを感じなくなった。

 ……いやいや、なに麻痺しちゃってんの? 十分怖いでしょ、アレ。目が赤くなってないから怖くないって、私はバカかよ?


『グガァァァ』


 巨人は半歩でこちらとの距離を詰めると、覆いかぶさるように上半身を折り曲げ、開いた右掌をこちらへと振り下ろして来た。掌だけで私よりも大きい。掠っただけでも大ダメージは必至だけど、素早く振り下ろされ広げられた掌は大きく、範囲外に出るのは厳しい。


 な、南無三っ!


 私は上空から迫る掌を見ながら後方へとジャンプした。もちろんそれだけでは巨人の大きな掌からは逃れることはできても、開かれた指が直撃――する直前で身体を反転させて横にずれる。

 

 轟音とともに振り下ろされた巨人の掌。けれど人差し指と中指の隙間になんとか活路を見出した私は無傷だ。上手く行くかどうかわからなかったけれど、巨人の大きく開いていた掌が功を奏した形だ。


『グオ?』


 巨人は私が避けたのを納得いかないように首を傾げた後、開いていた人差し指と中指を閉じて私を挟み込もうとする。や、やばっ。

 咄嗟に木の棒をつっかえ棒にして事なきを得たけれど、これ、普通の武器だったら潰されてたんじゃないかな?

 初期装備で、耐久値が存在しないこの木の棒だったからこそ、なんとかつっかえ棒として機能してるんだと思う。


『グウっ!』


 木の棒で閉じられない指に激怒したのか、空いていた左手で右掌ごと私を殴りつけてくる。当然、予想していたので左の握り拳に集中した巨人の人差し指と中指の力が弱まった隙に、木の棒を無理やり外してバッグステップ。


『グガァアっ?』


 結局、自分の指を思いっきり拳で殴りつけただけになった巨人は、痛そうに絶叫を上げた。

 よーし、ここから一気に畳みかけるぞー。


「はぁ、はぁ……あの、アンズさん」

「え? うええ? ちょ、ちょっとこっちまで来ちゃったの?」


 突然声を掛けられて驚き振り向くと、顔を強張らせて疲れたような風情を漂わせるアリンちゃんがいた。そこまで距離はなかったけれど、多分精神的に疲れちゃったんだと思う。ていうか、なんで君はここにいるの?


「あ、アンズさんが「私の方へ近づいてきて」って言ったんじゃないですか」


 え? 私そんな事――あ、多分言っちゃった。そういう意味じゃなかったんだけどなぁ。


「いや、そ、そうだけど。あの、ブレスが当たらないように近づいて欲しかっただけで、別にここまで接近とかしなくて――」

「後ろっ!」


 『気配感知』に反応があったのと、私の背後を見ていたアリンちゃんが叫んだのは同時だった。

 私は咄嗟にアリンちゃんを押し倒しながら体を伏せる。そしてその直ぐ上を、巨人の腕が通過し風切り音が追いかけていく。


 あ、あぶなかった……。


「『フレイム・ストリーム』」


 巨人が態勢を整える前に魔法を発動し、隙を作り出して距離を取る。もちろん、アリンちゃんも一緒だ。

 

 この辺は草原と言うだけあって身を隠せる場所が全然ない。多分あんまり意味はないと思うけれど、背の高い草にアリンちゃんを俯せに伏せさせ待機させる。きっと、まだ大した行動はしてないから巨人からも狙われにくいはずだ。


『グオオォっ!』

「ひいぃ?」


 と思っていたら、前に出て構えを取った私を見ることなく、さっそくアリンちゃんがいる場所に視線を向けて突っ込もうとする巨人。こやつ、さてはフラグブレイカーか? どうしよう、魔法だけじゃあんまり興味引けないだろうし……。


 仕方なく、迫る巨人へ牽制のための『ファイア・ボール』を打ち出すけれど、『フレイム・ストリーム』よりも威力が明らかに落ちるその魔法を、巨人は避けようともしなかった。

 直撃、けれど一向に構わず突っ込んでくる。精々こちらに視線を少し向けた程度だ。だけど、それでいい。


「や、やーい馬鹿! 木偶でくの棒っ!」


 ちらっと視線を向けた巨人に、目立つように精一杯飛びあがって挑発する。たしかこうやって相手を挑発して、ターゲットを移したりすることができるって聞いたことがあるような、ないような……。

 私の悪口に巨人は気にした風もなくアリンちゃんを目指して駆ける。あら、やっぱりこれって意味ないのかな?

 いや、まだわからないぞ。もうちょっと馬鹿にしてみよう。


「たーこ。おたんこなす! このとんちんかん! お前のかあさんでーべそ!」

「い、いや、子どもの喧嘩じゃないんですからっ! そんなので興味が引けるわけないでしょうっ」


 私の意図を察したのか、巨人に狙われているアリンちゃんが慌てたように注意してくる。

え? 子供みたいだったかな? じゃ、じゃあもうちょっと大人っぽい悪口で……。


「こ、この童貞野郎っ! お前の駄目な●●●を××して豚の餌にしてやるっ!」

『グオオォっ!』


 よしっ! 私の方に興味を引くことができたのか、巨人がこっちへ向かって来たぞっ!

 さぁ、来い!


 こちらへターゲットを移すことができたようなので、伏せたままのアリンちゃんから距離を取った。


「……助けてもらってあれですけど……意外とああいうことも言うんだ」


 顔を赤くしたアリンちゃんの小さく呟いた言葉が、距離を取ろうとしていた私の耳にゲームの風に乗って届いた。

 あ、どうしよう。

 ちょっと恥ずかしくなっちゃった……。

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