第二十一話 夕陽(?)に向かって走ってみた。


「は、はち――聞き間違えか? 82とか聞こえたんだが……まさかな?」

「はい、間違いないです。82です」

「お、おいおい。お、俺は別に歳を聞いたわけじゃ……」

「喧嘩売ってます?」


 誰が傘寿さんじゅを終えたお婆ちゃんですか、こら。

 ぴちぴちの女子高生を捕まえて、82歳はひどすぎる。

 普段は小中学生に間違われるほど童顔だから、たしかに大人びて見られたいとは思うけど……さすがにあんまりすぎるよね?

 

「い、いや悪い。しかし、そうか82か……それ、あんまり誰彼だれかれ構わず言わない方がいいかもな」

「え? 何でですか?」

「俺は生産に力を注いでるから、あんまりお前さんのレベルに興味はねぇ。けど、ゲームの攻略に力を入れてるやつからしてみれば、お前さんの存在をどう思うかね」


 話している間に、私と鉄心さんはNPCの素材屋さんの玄関前まで辿り着いていた。けれど、鉄心さんの意味深長な呟きと顔つきを前に、私の足は止まってしまう。


「……どういう意味ですか?」

「簡単な想像だ。規格外に高レベルなお前さんがいれば、攻略はずっと容易に進むだろう。そう考えないプレイヤーはいないはずだ。つまり、お前さんはひっきりなしにパーティーの勧誘を受けるだろう」

「えぇ、それはいやですっ! だってあの人たちなんか目つきが嫌な感じがするんですもん」

「はは。その様子を見るに、すでに勧誘はされているようだな。まぁお前さんのその珍しい見てくれなら、レベル関係なしに誘いたくなるもんかもな」


 他人事だと思って、呑気に笑ってみせる鉄心さん。まぁ、たしかに他人事なんだけどさぁ。


「それに、だ。特殊な事情でレベルが突出したお前さんを、みんながみんな、好意的に見てくれるとも限らない。運営の贔屓 ひいきだの不公平だの不正だのとわめかれるかもしれない。お前さん、耐えられるか?」

「うーん、耐えられるかもしれないけど……嫌です。私、実際に頑張ったのに」

「だろうなぁ。だからまぁ、なるべく黙っておくほうがいいんじゃないか? パーティーを組めば嫌でもバレちまうだろうがな」

「バレますか? 別に仲間になっても相手のステータスとか表示されませんでしたよ?」


 黒羽さんとパーティーを一時的に組んだけど、たしか見れなかったはずだ。黒羽さんだって、何も言わなかった。仮に私のレベルがすごく高くて仲間のステータスが見られるのなら、何も言わないはずがないと思うんだけど……。


「いや、見られるぞ。パーティーリストに表示される名前を調べれば、詳細が表示されるんだ。スキル関係は相手から許可が下りないと見られないが、レベルやステータスなんかは自由に見られるぞ」


 な、なんだって?

 どうして黒羽さんってばそんな肝心な事を教えてくれないんだ。いや、多分、こっちのステータスも見てなかったっぽいし、忘れてたか知らなかっただけなんだろうけど。

 そうか、相手のステータスを見るには一手間加えないといけなかったのか……。


「なんにせよ、パーティーを組む相手は考えもんだな。まぁ、お前さんならパーティーなんぞ組まなくても、序盤はソロで余裕か」

「……はい」


 あれ、なんでだろう?

 私は最初からソロで戦っていくつもりだったのに。

 中の人がいるプレイヤーとなんて関わるつもりもなくて、対人戦はもちろんだし、共闘だってあんまり興味もなかったはずなのに。


 オガミさんと出会って、黒羽さんと一緒に戦って、鉄心さんと話しながらこうやってここまで歩いてきた。

 

 そんな今の自分とこれからずっと一人だけで戦っていく自分のことを考えたら、何故か急に寂しくなっちゃったなぁ。変なの、自分が良く分からないや。


「……ちっ。長々とおっさんの話に付き合わせちまったなぁ。ほれ、お前さんが探していた素材屋に到着だ。せいぜい上手いこと高値で買わせてやりな」

「はい、ありがとうございました」


 会話を打ち切るようにして、鉄心さんが素材屋さんの建物を改めて親指で示し踵を返す。

 私はその後ろ姿に頭を下げてお礼を言い、夕陽に照らされ、赤く染まりながら去って行く鉄心さんを見送る。


「あ、フレンド登録……」


 そういえば、鉄心さんとフレンド登録をしていなかった。

 今から追いかけて声を掛けるのも大変だし、あっちから言い出さなかったってことは、私とフレンドになりたいわけでもないのかもしれない。

 だから別に、無理して登録おくことも――。


「――て、鉄心さんっ!」


 フレンド登録をしない理由はたくさんあったけれど、フレンド登録をしておきたいって理由も良く分からなかったけれど――だけど私の足は鉄心さんを追いかけていたし、声も勝手に口から飛び出していた。


「お? おう、どうしたお嬢さん」

「あ、あの……良ければフレンドになってもらえませんか?」


 おそるおそる、けれど思い切ってお願いした私に対し、鉄心さんは不敵な笑みを浮かべて右手の親指を立てて見せた。


「おいおい、冷や冷やさせんなよ。これだけしてやったっていうのに、最後までお誘いが来ねぇかと思ったぜ」

「ご、ごめんなさい」

「すぐ謝んのはお嬢さんの悪い癖だな。フレンドに、そういうめんどくせぇのはなしだ」

「ごめ、……はい、ありがとうございます」


 すかさず悪い癖が出そうになって、慌ててお礼の言葉を口にして誤魔化す。けど鉄心さんの苦笑いを見れば、誤魔化すことなどできていなかったのは明白だけど。


 それからフレンド登録をして、今度こそお別れした。その際に「これからもよろしくお願いします」と言ったら、


「なーに、俺は弱いからな、どうしても倒せない敵がいたら一緒に戦ってくれや。頼りにしてるぜ」


 そんな風に応じて去って行ったのが、実に彼らしいと思った。

 

 さて、鉄心さんともフレンド登録したし、素材屋に乗り込むかな――と思ったけれど、頭の奥でビービーとアラーム音が鳴っている。どうやら現実世界で誰かが私に干渉してきたみたいだ。

 誰かって言っても、まぁ、お母さんがご飯のために呼びに来たんだろう。

 ゲーム時間でもう八時間近く経つってことは、現実でも一時間半と少し。お昼の時間がそろそろ近づいているもんね。


 素材屋さんは目の前だけれど、ここは一旦ログアウトしよう。なるべく言うことを聞いとかないと、ゲームさせてもらえなくなるしね。


 街中はセーフティエリア内だから、基本的にログアウトはどこでも可能みたい。この場所でログアウトしてからご飯を食べて、またログインしたら素材屋さんを尋ねてみよう。



 ログアウト後のキャラの表示を非表示にして、私は仮想世界から一旦おさらばすることにした。


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