1-3. 灰の絶望、もう一つの戦い。そして

 奴等が初めて現れたのは、もっとも『失色現象』に蝕まれていた国、日本の彩都市。


 空を灰色に塗りつぶしていた『失色現象』が突如渦をなしたと思うと、巨大な目の様なものが空に描き出された。

 その目の、瞳孔にあたる黒灰色のうろから、次々と人型の何かが降り立ってきたのだ。


 それらは、各々が全身を一種類の色で統一し、怪物のような鋭い爪、牙を持ち、昆虫の様な外骨格に覆われていた。

 突然のことに硬直する彩都市民達へ無造作に近づいていった彼らは、人々が逃げ出す間もなく暴虐の限りを尽くした。ある者は鋭利な角でモズのはやにえのようにされ、ある者は掴み上げられたと思った直後に灰となって崩れ去った。


 人型で、しかし人に仇なす悪意ある怪物の出現。人々は奴らを特撮番組の敵役になぞらえて『怪人』と呼び、恐れ、逃げ惑う。警察官達は逃げる人々を保護しようと率先して怪人に立ち向かったが、彼らの装備では足止めにもならなかった。


 この怪人達の襲撃は、なにも日本だけに限られなかった。

 怪人を吐き出す『目』は、その日を皮切りに世界各地で出現したのだ。

 それも、各国の警察が、軍隊がこの危機に対応するよりも、早く。



 そして、人類は未知の敵性種族に蹂躙された。



 この日を境に、残されている記録は極端に少なくなる。

 記録を残す余裕がない程に怪人との戦いは苛烈であったし、怪人達によって発電所、通信設備などのインフラを破壊されたためでもある。


 僅かな情報から察するに、怪人達は『失食現象』を利用して人類を分断し、人類戦力を各個撃破していったようだ。今はもう、通信も殆ど繋がらない。果たして、他国の情勢がどうなっているのか。


 日に日に激しさを増す戦いの中、奴等怪人達は自分達の事を『色喰いろばみ』と称し、自分達の目的を人類に宣言した。


 曰く、「この世界のあまねく色は、我ら『色喰いろばみ』のものである」と。


 それは、人類に対する宣戦布告。明確な侵略の意思表明であった。


 奴等の名は、『色』を『喰らう』と書く。

 その名が表す通り、怪人達は他者の色を食って活動しているようだった。奴等に色を喰われると、喰われたものは徐々に色彩を失い灰色に近づいていく。そして最後には灰のようになって崩れて去ってしまうのだ。その様は、過去に観測されてきた『失食現象』そのもの。


 地球は、とうの昔に奴等によって蚕食さんしょくされていたのだ。


 人類と奴等との戦いは、常に劣勢を強いられた。

 奴等は『色』を何らかの手段で特殊なエネルギーに変換できるのか、炎や氷を飛ばしたり、体格に見合わなぬ怪力を発揮したりと特殊な力を使う。

 旧来と全く異なる奴等との戦いはそれだけでも困難であり、また、奴等の強さの個体差が大きいことも作戦立案の大きな妨げとなった。

 特に一部の怪人は、一体で一軍に匹敵するほどの力を示す。


 最悪なのが、『七彩将』と呼ばれる幹部クラスの怪人。


 『七彩将』が現れてしまうと、その戦場は最早どうしようもなかった。特に、あの赤い怪人の炎に、どれ程の人々が焼かれてしまったことか。

 加えて、奴等の首領たる怪人もいるらしい。


 奴等がこちらの世界に渡ってきたのは、その怪人の力によるものだろうか。今の所、一切が不明である。

 まさに、状況は絶望的である。しかも敵にはまだまだ未知も多い。





 だが、希望はある。決して諦めるな。




 遥か古代に”灰の災厄”に立ち向かったとされる力。さる神社に奉納されていた古文書と魔鏡に描かれた、その力の復活に成功したのだ。

 私はこの力に、世界が”灰”に侵され始めた頃に流行していた歌の名前を冠し、陸軍特殊部隊出身の彼に託した。


 奴等を特撮番組の敵役になぞらえて『怪人』と称するのならば、あの力を纏った彼は、謂わば我々人類にとっての『ヒーロー』である。


 遠からず、人類の大きな反撃が始まるだろう。これまで共に戦い抜いてきた彼ならば、誤ること無く使いこなしてくれはずだ。


 もっとも、この力にも未知な部分が多い。今後も、戦いの合間合間に検証を■い、随時追記していく予定■ある。


 だが、根幹となる部分■幾つかの理論は確立して■■■


 重要な■は■■■■■■■■■


 ■ま■仮に■■■■■■■■――――――…………。




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「父さん……っ! 父さんっ!!!!」


 灰の粉塵がまるで霧のように漂う戦場に少年の声が響く。辺りは先程まで行われていた戦闘の激しさを物語るように瓦礫で溢れ、そこここで残火が燻っている。

 崩れた建物の壁を背にもたれるようにして体を預ける白衣の男性に、十二、三歳程の少年が取りすがって必死に声を上げていた。男性の着ている白衣は戦いの煤に塗れ、そして血に染められていた。


「う……」


 何度も掛けられる声がようやく届いたのか。少年の父が薄く目を開ける。


「たたか、い、は……?」


 掠れた声で、父親が少年に問う。


「終わったよ。理由は分からないけど、怪人達が逃げるように引き上げていったんだ」


 少年は、周囲の様子を見ながら言う。瓦礫と共に転がっているのは無数の物言わぬ屍と、まるでそれを弔うかのように散り積もった色とりどりの花びら。


 この日、朝から怪人達による大規模攻勢があった。

 アルカンシエルが最後の決戦に敗れてから三年。彩都市に生き残っていた人々は、これまでも苦しいながら怪人達への抵抗を何とか続けてきた。

 だが、今回の圧倒的な物量と武力の前にはあまりに無力であった。

 バリケードはあっけなく破られ、仲間達は次々と怪人達の魔手に倒れていく。

 少年も、あの混乱の渦中では誰かは分からなかったが、その人に庇われなければ、同じくむくろを晒していたことだろう。


 もはや全滅は避けられないと誰もが覚悟した時、まるで潮が退くように怪人達の攻勢が止んだ。

 少年には、そのあまりに突然な変化に今も現実感が湧かなかった。だが、体は勝手に動いていた。父を探すために。そして、出会うことが出来た。


「そう、か……きっと……」


 少年の話を聞いて、父親がゆるく笑う。

 それから震える腕を懸命に動かして、父親は一冊の手帳を懐から取り出した。


「これ、を……」


 少年の胸元へ押し付けるようにして、父親は手帳を渡す。


「父さん、これ……」


 血に汚れ、幾つかのページが張り付いてしまったそれは、父が大切な記録を綴っているものだと少年は知っている。それを押し付けられた事の意味を幼いながらも直感した少年は、手帳を両手に持ったまま全身を強張らせて息を詰めた。


「さが、せ……」


 そんな少年の頭に血塗れてボロボロになった手を載せて、父親が呻くように言う。


「きぼう、は……ま、だ…………」


 ズルリ、と載せられていた大きな手が少年の頭から滑り落ちた。


「とう、さん……?」


 手帳を胸に抱いたまま、少年は呆然と零す。涙で父の穏やかな顔を歪む。


「探せって、どういう事っ!? 何を、探せばいいのっ!?

 答えてよ! ねえっ!! 父さんっ!」


 左手で父の肩を掴み、揺すりながら少年は叫ぶ。


「父さんっ! 父さんっ!!」


 少年は叫んだ。

 生き残りの仲間たちが駆けつけるまで、叫び続けた。




 この戦いの日を境にして、不思議なことに怪人達の襲撃がぱったりと無くなる。

 多くの出血を強いられた人々はつかの間の平穏に傷を癒やし、いつか来るであろう最期の戦いの日にそなえるのだった。



 そうして、四年の月日が流れた。

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