対クリスタリア専門員・イージス ⑥

 視界に飛び込んで来たのは、手足があらぬ方向に捻じ曲がった男性の死体だった。

 手の甲を見る限り年齢はそれほど高くない。恐らく四〇から五〇だろう。腹部から垂れ流された血液は白衣を真っ赤に染め上げていた。

 そんな鉄錆にも似た濃密な匂いが蔓延している空間の中心に、長身の人間が立っていた。

 身長はおよそ一九〇センチ強で驚くほど華奢な体躯。表地に深緋、裏地が黄丹おうだんの燕尾服は、赤く染め上げられた空間であってもその存在を浮き彫りにさせている。

 頭に乗せられたシルクハット、手袋越しに握られている鱗文様が描かれたワンド。まるで舞踏会に臨む紳士か、はたまた奇術師のような印象を受ける出で立ちだった。

 腰のホルダーには銀色のシングル・アクション・アーミーが収まっている。先程の銃声はこれによるものだろう。


「随分とお早い到着だ。少々計算が甘かったかな」


 男の声で発せられた流暢な日本語。首を巡らせることで見えた表情を覆い隠す仮面には覚えがあった。


「北方連合の、仮面部隊マスカレード……?」

「ほぅ、知っているのか。相も変わらず、私は運がイイらしい」


 薄ら笑いを零す仮面男。隙間から覗く双眸がぎょろりと此方を捉える。

 銃口は既に男の額にぴたりと合わせられていた。


「なんでこんなところに居やがる。日本ここはお前が来るような所じゃない」

「私としても誤算の帰郷だよ。……まぁそれはいい。ちょっとキミに聞きたいことがあるんだが」

「言っておくがお前は重要参考人だ。無駄口叩く暇があったら両手を上げろ」

「イエスかノーで済む問いだ。そこに開け放たれたジュラルミンケースが転がっているだろう。収まる形状の物品に見覚えはあるかね」


 神経を全開まで研ぎ澄ませ、何時でも引き金を引けるように構える。

 杖で指し示された先に視線をずらせば確かにケースが存在した。ぽっかりと開いた窪みの形状は四角。その形状と大きさから小箱のような物が収まるのだろうが、直近でも見た記憶は無かった。


「残念ながら見てねぇよ。さぁこっちは要望に応えたぜ。さっさと杖を置いて両手を上げろ。俺は仏様ほど寛大じゃない」

「そうか。それなら――キミはもう用済みだ」


 表情が見えずとも分かる。仮面男は、確かに嗤った。

 ――クリスタリア蔓延はびこるこのご時世。たった一人で他国に乗り込んでくる人間が、果たしているだろうか。

 ぞくり、と。脊髄に氷柱が刺し込まれるような悪寒が駆け巡ると同時、背後を見た蓮二の瞳に映ったのは小さな影。

 握られる得物が陽光に照らされる。それが刃物だと認識する時には、体は自ずと迎撃に動いていた。


「『破砕式・かい』ッ!」


 放たれるは捻りの勢いを乗せた渾身の回し蹴り。ブーツに仕込んだ板と刃が交わり、硬質な激突音を鳴らす。

 瞬間蓮二はリビングの窓をぶち破り、道路壁に背中から叩き付けられた。


「ぐッ……!?」


 咄嗟の受け身で首だけは守ることに成功するも、背中から内部にかけて鈍痛が浸透する。

 しかしそれに悶える時間は無い。蓮二は咳き込みながらも素早く起き上がり銃を構える。

 眼前に降り立った仮面男。

 その隣には一人の少女。此方をじっと見据える水晶の如き遊色の瞳。短い黒髪と同色のワンピースドレスを身に纏っている。


「父さん、コイツ強い」

「ああ、そのようだ」


 端的なやり取りでの意思疎通。それは熟練のコンビを彷彿とさせる。

 結晶刀を武器とする少女。攻撃の直前に至っても気配を悟らせない隠密性も脅威だが、特筆すべきは異常なまでの身体能力。


「ブリンガー……お前らイージスかッ」

「ご名答。いやはや見事だ、我が娘の一撃を察知するどころか迎撃してみせるとは。名前を聞いても?」

「生憎と、お前みたいな素性も知れない奴に名乗る名前なんて無いね」

「……なんだ、連れないねぇ」


 残念そうに溜息をつく仮面男。その動向を伺いながら蓮二の思考は高速で回る。

 二対一、それも相手は手練れのイージス。数的不利が重く響くが、生き残るためにはやるしかない。

 決意を固め拳銃を構えたその時、警察車両のサイレンが遠くから聞こえ始めた。音は徐々に大きくなっており、此方に近付いてきているのが分かる。


「……殺す?」

「いいや、ここは退こう。目的を忘れてはいけない」

「ん」


 頷いた少女は刀をくるりと回し鞘に納める。仮面男はシルクハットを正すと顔だけ振り向き、その双眸でもって蓮二を射抜く。


「ごきげんよう少年。その命、大切にとっておくといい」


 そう言い残して二人は瞬く間に路地の中へと消えていく。慌てて追いかけるも、直ぐ先の十字路にその姿は無かった。


「……くそ、面倒なことになっちまった」


 脅威が去れど安堵は無い。銃をホルスターに入れると入れ替えるように端末を取り出す。数少ない電話帳登録者の中から呼び起こすのは自分のパートナーのもの。

 コールは一度目の途中で切れ、『蓮二、今どこにいるの!』という声が耳をつんざく。本来なら迎えに来る時間にもかかわらず姿を見せないことが心配だったらしい。

 そんな一海には申し訳ないが、事実をそのまま話すしかないだろう。「悪い、これから事情聴取受けるわ」と告げれば電話口で困惑の様子が伝わってくる。通話を切るのと、赤いランプを点灯させた警察車両がやってきたのは同時だった。

 恐らくは三〇代後半だろうか。真っ先に駆け寄ってきた細目の男性警官に敬礼し、ライセンスを提示することで身分を明かす。その警官は怪訝そうな目を向けてくるも、直ぐに手元の端末で照会を済ませた。


「イージス、それもあの献咲ですか……。申し遅れましたが、自分は森中もりなかといいます。聴取に協力願います」

「勿論です」


 現場の保存が行われている中、蓮二は先程まで起こっていた出来事を説明する。その他にも、今日一日の行動など求められるがまま詳細を話していく。


「――なるほど、経緯は分かりました。周辺住民の証言とも一致します。改めて確認させていただきますが、死体の身元に心当たりは無いんですよね?」

「はい、それは間違いないです」


 生まれ育った環境が影響して、気付けば他者の顔をいち早く覚えるようになっていた。そのお陰もあって蓮二は基本的に顔を合わせた人物を忘れたことは無い。

 だが、民家の中で殺されていた研究者は見たことが無い。顔つきで日本人ということは分かるのだが、やはり面識は無かった。

 この時点で二つの予測が建てられる。

 一つは、この研究者が立場的に下位の存在だった場合。流石に蓮二も駆け回る研究者や研究補佐員の顔などは意識して見ていない。必然、その顔も記憶には残らない。

 そしてもう一つ。あまり考えたくはないが――表には出ない、裏の住人である可能性だ。


「ッ、そうだ。あの仮面男は?」

「その件なのですが、確かに仮面を着けた長身と小学生ほどの少女がいたと周辺住民からの目撃情報がありました。ですが、それも交差点付近を最後にぱったりと無くなってしまっていたんです」


 その交差点こそ、蓮二が件のイージスを見逃した場所だった。


「ちなみに、監視カメラの方は?」

「現在確認を依頼中ですが、今直ぐにとはいきません。どうしても時間はかかるでしょう」

「くそ、手詰まりか……」


 その後目新しい情報も出ず、無実が証明されたため無事に解放されることになった。

 ――なぜあんな奴が東都に。そもそもどうやって入り込んだ。目的はなんだ。

 止めどなく湧き出す疑問。ジープを停めている大通りに出たその時、ポケットがやたらと振動していることに気が付く。


「……あ、忘れてたッ!」


 慌てつつも端末を取り出しロックを解除する。その間にも通知を知らせる振動は止まない。

 起動を済ませれば、画面には一目見ただけで一歩引いてしまうような量の通知。あと少しで表示数が超えるところまできていた。

 そこで新たな振動。見れば通話がかかってきており、名前の欄には『神藤一海』と表示されていた。

 恐る恐る、通話開始のボタンをタップする。


「も、もしも――」

「『――私、一海。今、あなたの後ろにいるの』」


 全身の肌が総栗立つ。自分はここまで恐怖することができるのか、そんな逃避思考をしてしまうほどに今の蓮二は追い詰められていた。

 ゆっくり、ゆっくりと顔だけ動かす。横にずれていく視線はやがて、自身の背後を捉える。

 ――視界いっぱいに映る冷酷な黄金の瞳。そして幽霊の如く温度を感じさせない一海の真顔が、逆さに浮かんでいた。





「――うわぁぁぁぁぁああああああッッ!!!???」


 叫び声と共に蓮二は飛び起きる。

 乱れた呼吸を繰り返す中、ふと窓を見る。差し込む陽光は淡く、木に止まる二羽の雀がチュンチュンと鳴きながら戯れていた。

 どうやら朝、それも日が昇ってからかなり早い時間帯らしい。

 状況を把握している内に思考が落ち着いたせいだろうか。蓮二は掛け布団がやけに膨らんでいることに気付く。その正体は言わずもがなだ。


「はぁ……おはよう、一海」

「おはよっ!」


 ひょこっと顔だけ出した一海と挨拶を交わす。ベッドを抜け出し朝食を素早く済ませ、服を着替えていく。


「それにしても、昨日はびっくりしたよ。蓮二ってば気絶しちゃうんだもん」

「いや、アレは誰でも怖いだろ……」


 改めて思い出すとそれだけで鳥肌が立つ。恨みがましく一海を見ても返ってくるのは笑顔だけだった。

 そもそも、驚かせるためだけに街路樹に脚をかけて逆さになるというのが悪戯にしては手が込みすぎている。まさか自分より背丈の小さい少女の顔が自分の視線と同じ高さに、ましてや逆さに浮いているなど思いもしないだろう。無表情さも相まって下手なホラー映画よりもよっぽど恐怖を味わった気分だ。

 「見てみて!」と一海が端末を掲げる。画面を見れば白目を剥いて顔を青ざめながら気絶する自身の姿がキッチリと記録されていた。即座に消させようとするも端末は一海の懐へ。一生の恥を握られた気分だ。

 心機一転。蓮二は自身の頬を軽く叩き喝を入れると端末を取り出し、盾のアイコンが特徴のアプリをタップする。次いで表示された空欄にIDと二二文字のパスワードを素早く入力すれば、イージス東都支部が運営するクリスタリア総合情報サイト――通称『掲示板』が表示された。

 開いたのはクリスタリアに関する情報。『速報』と強調されていたのは以前対処した新たな星団級、天蝎宮スコーピオンの情報だ。外相の写真と共に『新種故に情報が少ない。成体討伐時には報酬上乗せ』という公式声明が添えられていた。どうやらこれは他区域でも共有されているようで、同じように声明文が出されている。


「蓮二、何見てるの?」

「掲示板。この前戦った天蝎宮スコーピオンいるだろ? あれを倒せば報酬上乗せだとさ」

「マジで!? それなら私たちで倒しに行こうよ!」

「アホか。相手は新種だぞ。そう易々と突っ込めるかよ」


 未だ謎多きクリスタリア。その新種が現れたとなればイージスが取る行動は情報収集だ。特に体組織は研究価値から高値で売り捌ける。

 それ故に戦闘に慣れ始めてきた新人などがこういった情報から危険地域に踏み込むことが多い。そして、それによって命を落とすことも。

 どのような方法で攻撃してくるのか。行動に規則性はあるのか。斬撃、打撃、どのような攻撃なら効率よく効くのか。そういった情報が不足している中で討伐に向かわなければいけない。

 そのため、大抵は各支部に所属するトップクラスの実力を持った一部イージスに討伐任務が出される。そして彼ら彼女らが倒した後の遺骸などから情報を収集し、その情報が他のイージスたちにも知れ渡るというのがセオリーだ。

 本来の武器も戻ってきていない自分たちには不確定要素が多い中、そういった危険を伴う任務はリスクが高すぎる。

 具体的な理由を話せば一海も納得してくれたようで、渋々ながらも了承してくれた。


「それで、一緒に来て欲しいんだって? どこ行くんだよ」

「それは着いてからのお楽しみ!」


 アニメの主題歌を口遊みながら歩く一海。時刻は九時手前、ちらほらと出歩く人が見られるがそれでも少ない。

 そうして後をついて行くこと五分ほど、やってきたのは近場の公園だった。

 一海はベンチに腰掛ける三人の少女を見るや否や、蓮二の手を引っ張りながら駆け寄る。


「おはよーみんな!」

「おはよう一海ちゃん。もしかしてその人が?」

「うんっ! みんなに紹介します! 私のパートナー兼お婿様予定の蓮二ですっ!」


 「おお~!」と色めき立つ少女たち。しかし蓮二としては突っ込みどころしかなかった。


「誰が婿だよ! まさかとは思うが、こんなことの為に呼んだんじゃないだろうな」

「? そうだよ?」

「そうかそうか――帰る」


 今日は一年に三度あるかないかの完全非番なのだ。忙しくてやれていなかった家隅々の掃除をするに限る。

 だが、一海はそれを許さない。蓮二が踵を返した瞬間、力強く腕が掴まれ関節が締め上げられる。何やら人体から発してはいけない音が聞こえているのは決して気のせいでは無い。


「まぁまぁそんなこと言わずに、ね? 私の顔を立てるって意味でもさ」

「分かった! 分かったからその手を放せ!」

「はーい♪」


 開放された腕を擦る。最近はこんな理不尽なことばかりだ。

 沈みかけた気を取り直して少女たちに向き直る。


「それで、この子たちはどこの誰だよ」

「ようこそ言ってくれました、こちら私の同級生! みんなそれぞれ自己紹介お願いできる?」

「はいはい! それじゃあ私から!」


 我先にと勢いよく手を上げるのは、若葉色短髪で瞳が深緑色の少女。


「初めましてお兄さんっ! 柏崎かしわざき繚那りょうなです! 一年後には一海ちゃんと結婚するって本当ですか?」

「事実無根だ。頼むから真に受けないでくれ」


 次に名乗りを上げるのは緩い空気を纏う、桃色髪で茶眼の少女。


千葉ちば瓜子うりこです~。毎日夜に一海ちゃんとえっちなことしてるんですよね~?」

「風評被害だ。一緒のベッドで寝てるだけで他には何も無い」

「わぁ~、『せいはんざいしゃ』じゃなくて『ろりこん』だったんですね~」

「やかましいわ! 俺は断じてロリコンじゃないッ」


 最後に黒髪の少女が名乗りを上げる。彼女だけは見覚えがあると思えば、昨日一海と一緒に登校していた少女だった。


「初めまして、東郷とうごう美桜みおと申します。蓮二さんのご武勇はかねがね伺っております」

「お、おう、初めまして」


 軍人顔負けのキッチリとした敬礼に思わずたじろぐ。言葉遣いといい、ピシッと伸ばされた背筋といい、前二人と比べても随分と大人びていると感じた。

 だが、そんな美桜も一転して目を輝かせながらズイッと詰め寄って来る。


「なんでも、この前の大襲撃で積み上げた獣の屍は一万にまで及ぶのだとか! 繰り出す攻撃は敵の甲殻を砕き、身のこなしは空を翔ける鳥のよう! 自らの血潮を散らしながらも防壁を背に奮迅する……ああ、なんて素晴らしい護国精神! この美桜、感服すると共に尊敬の念をひょうします!」

「……あぁ、うん。まぁ、さんきゅー」


 繰り広げられるのは途轍もない熱量の語り。内容には尾ひれがつきまくっているが、いい加減否定するのも疲れてきたため、この位ならいいかと考えてしまう。

 眩い憧憬の視線から逃れるように瞳が宙を泳ぐ。壁外の遥か先では高さ八〇〇メートルにも及ぶ無人観測塔『彼岸ひがん』が相も変わらず天に向けてそびえ立っていた。

 だが、いつまでも現実から目を背けてはいられない。


「それで一海さんよ。正直俺は今直ぐにでも家に帰りたいわけなんだが、結局何がしたいんだ?」

「みんながね、私たちがどんな風に戦ってるのか見たいんだって! 一応今日は非番だけど、身体が鈍るのもダメでしょ?」

「……なんだ、要するに組手しろってことか?」

「うんっ! 前はよくしてたじゃん。いいでしょ?」


 ちらり、と三人組を見やる。

 少女たちの瞳に宿るのは期待。どうやら既に逃げ場は無いらしい。

 重い溜息を吐く蓮二。だがそのお陰か、少しばかり体が軽くなったような気がした。


「まぁ、一合二合くらいならいいか」

「よしっ! それじゃあみんな、しっかり見ててね!」


 公園の中心で互いに三歩離れた場所に位置取る。向かい合って数秒後、号令を任せた美桜から「始めっ!」と合図が発せられた。

 徒手空拳で戦うため、まずは近付かなければ始まらない。そう考えて一歩目を踏み出そうとした蓮二。

 ――しかし、その時既に一海は蹴りを繰り出す態勢で眼下に潜り込んでいた。

 電光石火の一撃は見事に蓮二の腹部を直撃。その身を大きく後退させる。

 だが、一海の脚に伝わる手応えは驚くほど軽い。まるで風船を蹴ったような感触だ。

 蓮二は何事も無かったかのように立ち直す。左腕を軽く伸ばして標準器のように、利き腕の右腕は畳んで拳を顔の傍に置く。破砕式の中でも一点突破に重点を置いた『緋衣ひごろもの構え』だ。


「……いくぞ」


 宣告と同時、脱力から一気に地を蹴って肉薄する。重心を落とす勢いが乗った移動は一海と比べて一段遅いものの、素人目からは見分けがつかないほどに速い。

 地面を衝く震脚。骨、筋肉、血管。自らの肉体を導線とし、放たれた拳が接触する瞬間に合わせて全力を開放する。


「『破砕式・穿うがち』ッ!」

「――ッ!」


 身を捩った一海。その顔の直ぐ傍を雷光の如き拳が突き抜け、結んだ髪が風に躍る。

 そこから空かさず蓮二は転身。身の捻りと重心移動で生じた勢いを余すことなく注ぎ込む。


「『破砕式・廻』ッ!」


 弾かれるように放たれたのは大気を割かんばかりに強烈な回転蹴り。

 これに対し一海は素早く腕を交差させ防御。公園の砂に二条の靴跡を残しながら後退する。

 訪れた静寂の中、蓮二と一海は互いに構えを解く。三人組を見れば三葉の表情を浮かべていた。


「とまぁ、こんな感じ。みんなどうだったー?」

「いや、どうだったって……凄すぎてよく分からなかったとしか……」


 目を丸くして困惑する繚那。隣の瓜子も「はやかった~」と口にするだけだ。

 ただ、美桜だけは反応が違った。蒼き瞳を爛々と輝かせ、羨望の眼差しでこちらを見つめてくる。


「蓮二さん、さっきの一海ちゃんの蹴りを受けても平気だったのはどうしてなんですか?」

「あれは攻撃のインパクトの瞬間に自分から後ろに跳んだんだよ。流石にエンフォーサーとはいえ、ブリンガーの蹴りをまともに喰らったらひとたまりもないからな」

「なるほど……! では、攻撃の方は? とても強力だったように見えたのですが、必殺技か何かなのですか!?」


 興味津々といった様子の美桜。どうしてこんなに気に入られているのかは分からないが、話して特に減るものでもない。素直に応じることにした。


「まぁ、一応名前はある。最初の正拳突きの方が『穿うがち』、回し蹴りの方が『かい』。『破砕式』っていう武術の中では基礎の技だな」

「『破砕式』……ですか? 聞いたことのない武術……」


 むむむ、と唸る美桜。丁度良いと思い、蓮二は先ほどから抱いていた疑問を投げかける。


「もしかして武術とかに詳しかったりするのか?」

「は、はい。家の方針で武術を習っているんです。その先生が色んな武術に詳しい方で、世界各国の様々な武術を知識として教えてくださるんです。自分で調べたりもするんですけど、蓮二さんが修める破砕式というものは聞いたことが無くて……」


 「勉強不足ですみません」と肩を落とす美桜。しかし、それは至極真っ当な反応だ。


「いや、知らなくて当然だ。破砕式ってのは、ウチの爺さんが作った武術だからな」

「えっ……そうなのですか?」

「正確には爺さんとその友人が『どんな生物に対しても通用する武術』っていうんで編み出したんだと。中国武術の発勁はっけいが組み込まれてるんだが、敵の装甲を破壊したり、そのまた装甲を透過させて体内に直接ダメージを与えたりするんだ。まぁ俺のはだいぶ自己流も入ってるけど、理念はそのままだよ」

「武術の創出……そして恐ろしい程なまでに合理的なのですね! この東郷、改めて感服いたしました!」


 花が咲くような笑顔とはこのことを言うのだろう。それほどまでに彼女の笑顔には影一つ無かった。

 ――そういえば、破砕式には別の呼び名も存在するのだったか。記憶が間違っていなければ、かつて麟五郎から聞かされたのは『地轟ちごう流』という名称。『大地の轟きの如く打つべし』という理念から名付けられ、そちらの名称は麟五郎の友人の方が使っているのだとか。

 この少女たちにとって特に必要のない情報だろう。蓮二は少年期の思い出をそっと胸に仕舞った。

 物思いに耽るのも終え、蓮二は視線をずらす。

 先ほどの試合について感想を投げ合うなどして雑談に興じている一海たち。特にそれを受け取る側一海は恥ずかしいのか、随分と落ち着かない様子だった。

 気心知れた相手と笑いながら楽しかったことを話す。そこには人々が揶揄する穢れなど無く、普通の人間と何ら変わりない純真無垢な子供たちの姿があった。

 この子たちの笑顔を、日常を守っている。その事実だけで、イージスになった甲斐があるというものだ。

 ――だが、そんな平和な日常に亀裂を生むが如く、通知音が断続的に鳴り響く。

 発生源は蓮二と一海の端末から。イージスが利用する総合情報掲示板アプリが持つ機能の一つであるアラート。種類は色々あるが、今回の音色が表すのは『招集命令』だ。


「一海、行くぞ!」

「うん! ごめんみんな、行ってくる!」


 「頑張ってください!」と声援を受けながら公園から飛び出る。

 向かう先は第五区、イージス東都支部だ。

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