たとえハーレムな状況にあろうとも、俺は貴女に好きと伝えたい。

香珠樹

第0話 桜が舞い散る中で

「秀悟!部屋に籠ってばかりいないで偶には外に出なさい!」


 部屋の扉がドンドンと叩かれる。

 

「……はーい」


 俺はベッドの上から起き上がり、読んでいたページのところにしおりを挟む。

 ふと窓の外を見上げると、空は快晴だった。

 ここ最近はずっと天気がいい。雨も最後に降ってから二週間近く経っている。この感じなら、まだ桜は残っているだろうな。


 パジャマ姿で外に出るわけにはいかないので、適当に服を選んで着る。春とはいえまだ少し肌寒い時があるので、長袖のシャツとジーンズを身に着けることにした。


「紗希、兄ちゃん散歩に行くけど付いてくるか?」


 部屋を出た俺は、隣の部屋にいる妹の紗希に呼び掛けた。……まあ、答えはわかってるんだけどな。


「……いい。一人でどうぞ」

「そうか。じゃあ行ってくるぞ」


 するとその部屋の扉が開き、ひょこっと顔が出てきた。


「いってらっしゃい」


 俺はそれに手をひらひらと振って応え、そのまま玄関から外に出る。

 外に出ると、爽やかな風が吹いてきた。……やっぱりまだ寒いな。

 久しぶりの外の空気で深呼吸すると、なんだか体の中が現れたように清々しい気分になった。

 深呼吸ですっきりした俺は、目的の場所へと向かう。この時期だと、俺はその場所が一番のお気に入りのスポットになる。

 ここからそこまで距離が離れておらず、散歩にはもってこいの場所だ。最近はずっと本ばかり読んでいて行っていないが、恐らくまだ大丈夫だろうな。



 それから数分歩くと、目的の場所に着いた。

 そこは細い緑道である。

 色々な植物が左右に植えられているこの緑道は、春になると薄いピンク色で色づく。低木の中に一本だけしっかりとした幹を備えた、大きな桜の木があるのだ。

 春になって桜が咲き、風によって散っていく。俺はその光景が好きだ。


 予想は外れず、今日も桜は満開と言えるほど咲き誇っていた。

 俺はその木の下に行き、近くから桜を眺める。


 ―――そんな時だった。俺が彼女と出会ったのは。


「ねえ、そこの君。写真撮ってもいいかな?」


 突然後ろから呼ぶ声が聞こえ、思わず振り向く。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 俺は声を出そうとして―――出せなかった。

 何故なら、彼女の美しさに息を呑んでしまったからだ。


 その時丁度、風が吹いた。

 風は花弁を引き連れて、彼女の黒い髪の毛を揺らす。花弁とともに映る姿は、一種の芸術を思わせた。


 後から気付くことだが、これが俺―――武井秀悟の初恋の瞬間だったのだ。





「おーい、聞こえてる?」


 その声で、俺は目を覚ました。

 マズい。見惚れていて、さっきの問いに答えるのを忘れていた。


「すみません、ぼーっとしちゃって。……それで、俺の写真ですか?なんでそんなものを……。お世辞にも俺はイケメンとは程遠いと思いますよ……」

「あ、いや、そういうことじゃなくてね……。普通に『桜を見上げる少年の図』って感じがしたから、絵になるなぁ~って思ったんだ。どうかな?写真一枚だけだから」

「はぁ……」


 「貴女の方が絵になりますよ」とは思ったものの、何となく口に出すのが恥ずかしくて言えなかった。

 写真を撮られることは、俺としては構わないのだが、「自分なんかが……」と心の奥で思っているからか、即答できなかった。

 それでも、彼女の期待に満ちた目を見ると断ろうにも断れない。


「……別に減るものでもないですし、一枚だけなら」

「えっ、ほんと?ありがと!」


 そう言って笑う彼女の姿は、途轍もなく美しかった。

 正直、その笑顔が見れただけで了承してよかったと思えるくらい、魅力的な笑みだった。


「それじゃあ、さっきみたいな感じで桜を見てて。風が吹いてきたらシャッター押すから、それまで我慢しててね」

「……わかりました」


 そして準備ができてから三十秒ほどすると、再び風が吹いてくる。

 カシャッ!

 そんな音がして、分かってはいるのにその音の先を見てしまう。


「おお!いい感じにできたよ!」


 そう言ってはしゃぎながら俺に写真を見せてくる彼女。

 その写真は、我ながら「ちょっといいかも」と思わせた。果たしてそれは、モデルがいいのか、カメラマンがいいのか―――考えるまでもなく後者だろう。


「……写真撮るの上手いんですね」

「いやぁ、それほどでも~。……まあ今回は被写体が良かったんだと思うけどね」

「……ありがとうございます」


 思わず否定しかけたが、ここで否定するのはなんだか無粋な気がして、素直に受け取っておくことにした。


「あ、君もこの写真欲しかったりする?良ければ送るよ」

「……それじゃあ、折角なんで貰います」

「おっけー。……君ってRANEはやってる?」

「やってますよ」


 俺は彼女に向けてスマホの画面表示されているQRコードを見せる。

 彼女はそれに自分のスマホをかざした。

 暫くすると俺の方に友達申請が来るので、追加する。

 名前を見ると、そこにはシンプルに「晴音」とあった。


「……晴音……」

「あ、それ私の名前ね。ちなみに苗字は天野宮だよ」


 天野宮晴音。心の中で何度もその名前が反響した。


「……いい名前ですね」

「ふふっ、ありがと。……それで、君の名前は?」

「俺は武井秀悟です」

「ああ、君もアカウント名そのままなんだね」


 俺のアカウント名は「Shugo」だ。確かにそのままである。

 どうせ連絡するような人なんてほとんどいないし、凝ったものを考える必要もない。本人と分かればそれでいいのだから。

 そんなことを考えていると、「晴音」から写真が送られてきた。さっきの写真だ。

 改めて見ると、なんだか結構いい感じに撮れている気がして、思わず保存する。


 会話に一区切りついたところで、突然彼女は話を切り出してきた。


「私、今日引っ越しするんだ。さっき君の写真を撮ったのも、この街のことを忘れない為に撮ったんだよね……。まあ、絵になるって思ったのは本当だけど」

「……そうなんですか……」


 まだ出会って数分だというのに、引っ越しすると聞いて少し寂しくなった。

 ―――でも、引っ越し先とここを繋ぐ思い出の一部になれたことが、正直に言って嬉しかった。


「……ごめんね、出会ってすぐの人に言うことじゃ無かったよね」


 そして彼女は俺の方に背を向けて、手を振ってきた。


「じゃあ、またどこかでね!」

「……はい。またいつか、どこかで」


 相手には見えていないと知りながらも、俺もつられて手を振る。

 

 その後、暫く俺は去っていく彼女の背中を見続けたのであった。




 これが、俺と彼女の出会い。

 俺の初恋相手で、二年経って高校二年生になった今でも思いを寄せている人だ。

 本当に大切なものは、失ってから気付くとはよく言ったものだ。実際、一目惚れしたと気付くのは彼女が引越しした後だったのだから。

 いつ再び会うことができるかわからない。

 けれど、いつかまた会うことができたのならば―――


 ―――俺は貴女に好きと伝えたい。





☆あとがき

新しく連載始めました。

シリアスな雰囲気で始まった今作ですが、僕はシリアスな場面を描くのが苦手なので、多分シリアス要素は減ると思います。

面白かったと思った方は是非、星やハートをお願いします!

感想を頂けるとなお嬉しいです。


※僕が同時並行で連載している「定期を拾ったら後輩との同棲生活が始まりました」も読んでくれたら幸いです。

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